141:プリンッ! としたフワフワの大きなお尻

「六十九、七十、七十一、七十二、七十三!」


「おぉ~、凄いね、七十三匹も?」


「うむ! なかなかに好調であるなっ!!」


プラト・ジャコールの亡骸を、手に持った俺の神さま鞄に入れながら数を数えていたギンロは、かなりの手応えにニンマリと笑う。

ギンロにしてはいやらし目なその笑い方が、金の話をするテッチャのようだと思った。


俺はと言うと、もはや体力の限界である。

疲れ切ってしまって、林の中では珍しい大きな木の根元、地面からボコっと顔を出している巨大な根に腰掛けたまま動けずにいる。

かれこれ十数分はこうしているのだが、未だに立つ気が起きない。


……まぁ、疲れて当たり前だよ。

だって、俺の体力はたったの50Pしかないんだぞ?

フニフニのプヨプヨなんだぞ俺は??

確かギンロは、体力が900P以上もあったはず……

そんな化け物じみた奴と一緒にしてもらっては困るのだ!

むしろ、ギンロの戦いについて行けていただけでも褒めて欲しいくらいだ!!

たとえその戦い方が、餌と言う名のおとりであってもだ!!!


港町ジャネスコの東門を出たのが午後二時をちょっと過ぎたくらいで、今現在が午後の四時半。

今いるこの林を探していた時間を引いたとしても、二時間近くぶっ続けで、あの獰猛なプラト・ジャコールと戦っていた計算になる。

そりゃまぁ、疲れて当たり前だよ、ほんとにもぉ……


「大丈夫かモッモ? しばし休戦としようぞ」


「あ、うん……」


休戦ってことは……、やっぱりこの後も狩を続ける気なのね、ギンロさん。

でも……、もう、体力がゼロなんですけど俺。


今いるこの林の広さがどれほどなのかはわからないけど、東門を出て一番近くの林の中に、少なくともギンロが倒した七十三匹ものプラト・ジャコールが潜んでいたというわけなのだが……

だとすれば、これより更に東にある、元々のプラト・ジャコールの生息地である高原により近い場所の林に移動するとなると、もっと沢山のプラト・ジャコールがいる可能性が高いわけである。

仮にそうだとして、果たして俺は、先ほどのように戦える(盾で死体を受け流して呪いをかけるだけだが……)事ができるのだろうか?


……いや、無理だろうな、どう考えても無理だ。

疲労感が半端ないし、盾を持つ腕も既に筋肉痛だ。

この状態で戦えば、確実にやられてしまう。

今度こそ、本当の意味で、美味しい美味しい餌になってしまう事だろう。


隣に腰掛けたギンロの横顔をチラリと覗き見ると、鼻歌でも歌い出しそうな、かなり上機嫌な表情である。

そりゃ上機嫌だろうよ、新しい剣は使い易いし、プラト・ジャコールを一気に七十三匹も倒せたんだからね。


こりゃもう、何を言っても止められそうにないなぁ……

ここで俺が、充分狩れたから帰ろう、と提案したところで、ギンロは首を縦には振ってくれないだろう。

おそらく、もっと沢山狩らないとユティナに負けてしまうぞ? それでもいいのかっ!? とか、言われてしまいそうだ。

しかし、これ以上、俺が戦闘に加わるのは危険この上ない。

俺はまだ生きていたいぞ!

あんな奴らの胃を満たす為に俺は産まれたわけじゃないんだっ!!

どうしたものか、むむむむむ……


「さすがはカービィだ。町の東側の林にこれほどのジャコールが潜んでいると見抜くとはな」


「あ~、うん、そうだね~」


「しかし、七十三匹では心許ない。あのエルフの小娘はもっと狩っているやも知れぬ。我らは更に東へと向かおうぞ」


「……やっぱりそうなるよね、うん、オッケー」


全然オッケーじゃないけどねっ!!!


「うむ。では参ろうか?」


「え、もう? もうちょっと休んじゃダメ??」


「……もう充分休んだではないか?」


自分を基準にするなよギンロこの野郎!!!


しかし、逆らう元気もない俺は、恨めしげな目をギンロに向けつつも、よいしょと立ち上がろうとした、その時だった。

何やら、妙な羽音を下方に聞き、中腰のままピタリと止まった。


んん? なんだ?? この音は???


そぉろっと、お尻の方を振り返ってみると……


「え……、うげっ!?」


何やら俺は、知らない間に何かを踏んづけていたらしい。

隠れ身のローブのお尻部分にベッチャリと、茶色と黄色のベタベタが引っ付いている。

疲れ過ぎていて、本来なら敏感なはずの触覚が、まるで機能していなかったのだ。


てか、何これ?

見た感じ、めっちゃネバネバしてて、ドロドロしてて、気持ち悪すぎるんですけどっ!?

やだぁ~、俺のキュートなお尻が汚れちゃったよぅっ!!?


……でもなんだろう、甘くて良い匂いがするぅ~。


「なっ!? モッモ! 離れるのだっ!!」


俺のお尻の下を覗き込んだギンロが、途端に叫んだ。

恐る恐る、お尻の下を確認する俺。

そこにあったものは……

なんと! 巨大な蜂の巣だ!!


大きな木の根の間に作られたその蜂の巣には、無数の蜂が群がっており、威嚇のように羽音を立てている。

しかも、ただの蜂ではなさそうだ。

推定3センチほどと思われる蜂にしては大きな体は、見たことのない鮮やかな青色をしており、更にその臀部には白い縞模様を有している。

その臀部にある一本の針は、それはもう鋭く尖っており、蜂達は今まさに、その針を刺そうと俺に向けているではないかっ!?


やべぇ! 巣を壊したから怒っているのかっ!?


しかし、それだけではなさそうだ。

蜂達の顔にある、虫特有のあのレンズ目が、俺のお尻についている何かを凝視しているのだ。


これは……、まさかぁ……?


事もあろうに俺は、プリンッ! としたフワフワの大きなお尻で、巣の一部を破壊するだけでは飽き足らず、何やら周りの蜂より更に一回り大きな蜂を踏んづけて、なんと殺してしまっていたのだ。

茶色と黄色のベタベタに混じって、そいつは俺のローブにペッタリと引っ付いている。


お腹が大きいその蜂は、間違いない……、女王蜂だ!

蜂の生態といえば、一匹の女王蜂が卵を産んで、そのおかげでコロニーが成り立っているはず……

つまり、女王蜂が死んじゃったということは、もうこのコロニーの蜂達は繁栄していけないわけで……

うん、そりゃあ~、怒りますよね?


ブンブンと羽音を立てている周りの蜂達の怒りが、俺には痛いほどひしひしと伝わってくる。

ご、ごめんなさい、本当に……、などと、心で思ったとしても蜂には伝わるまい。


そぅっと膝を伸ばしながらお尻を上げて、何事もなかったかのようにその場をゆっくりと離れる俺。

ギンロも、静かにその場を立ち去ろうと、ゆっくりと後ずさる。

しかし、時すでに遅し。

女王蜂を殺された働き蜂達の怒りはピークである。


ブブーン!!!


「ぎゃあぁあっ!!?」


「逃げろモッモ!!!」


働き蜂達が一斉にこちらに向かって来るのと同時に、俺とギンロは声を上げて走り出した。

しかし、蜂達は隊列を成しながら執拗に追ってくる。


ブブン、ブブン、ブブブンッ!


「いやぁあぁぁ~!!???」


「走れっ! 走るのだモッモ!!」


プラト・ジャコールも怖いけど、蜂もめっちゃ怖いぃ~!!

このままだと、蜂の巣を壊したせいで、自分が蜂の巣になっちゃうよぉおぉぉ~!??


「たっ!? 助けてぇえぇ~!??」

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