95:変態毛玉っ!!!!

 広大な高原ベリーの畑の中にポツンと建つ、赤い屋根の一軒家。

 煉瓦造りのこの家は、少々荒っぽい造りながらも、しっかりとした二階建てである。

 その玄関扉を、ドンドンッ! と荒っぽく叩く、ド派手ピンクなマーゲイ族が一匹。


「お~い! デルグ~!! いるかぁ~?」


 白いローブを身に纏う、自称白魔導師のカービィだ。

 ヘラヘラとした表情は先ほどのままに、髭の生えたその頬は痛々しく赤く腫れ上がっていた。

 

 さて、何故彼の頬が腫れ上がっているのか……、その理由を説明せねばなるまい。

 時は少々遡り、お昼を食べた料理店でのお会計時の事だ。


「おいら今、手持ちがねぇ~んだ」


 カービィは平然とそう言い放った。


 は? なんだと??

 あれだけの料理を注文しておきながら、手持ちがないだとぉ~???

 ……いや、厳密には、カービィは一切注文などしておらず、店側が勝手に出していたな。

 でもあれは、カービィがそこにいたからこそ出された料理であって、俺たちだけならあんな事にはならなかったはずだ。

 それだというのに……


「手持ちがないってどういう事よっ!?」


 すぐさまおキレになるグレコ様。

 まさに瞬間湯沸かし機である。


 カービィ曰く、故郷であるこの村での飲食はいつもタダ食らいらしく、寝泊りはデルグの家を借りる予定だった為、さほどお金を持ってきていないらしい。

 で、今回もお代は無料だと思い込み、出されるままに料理を食べていたらしいが……


「今回は払ってもらおうかね」


 なんと、料理屋のおばさんは、旅の人も一緒に食べたのだからと、お代を請求してきたのだ。


「まさか、払わずに逃げる気かい?」


 と、料理屋のおばさんは怖い顔になって……

 本当にお金がないのかと再度カービィに尋ねるも、これが今の手持ちだと言って見せてくれたお洒落な革財布の中には、銅貨が数枚しか入っていなかった。

 銅貨は、俺の認識が正しければ、おそらくその価値は一枚1センス。

 そして、料理のお代は2100センス……


「全然足りないじゃないっ!??」


 本日二回目の、ガチギレグレコ様。

 さすがにビビったらしいカービィは、ヘラヘラと笑うのをやめて、港町ジャネスコに着いたら銀行でお金を下ろして必ず返す! と言った。

 仕方が無いので、怒るグレコを俺とギンロで押さえつつ、なんとかお会計は済ませたのだが……

 その後がいけなかった。


「いやぁ~、すまねぇなぁ~。まさかお代を取られるとは……、助かったよ! ありがとうっ!!」


 店の外に出ると、カービィは俺たちに向かって深々と頭を下げて、謝罪と感謝の意を口にした。

 案外まともなところもあるんだなと感心した……、次の瞬間だった。


「ところでグレコさん。是非、お聞きしたい事があるのですが?」


「何よ、改まって……?」


 キリリとした顔付きでグレコを見つめ、カービィはこう言ったのだ。


「おほんっ! お胸のサイズはいかほどですか? 見た所、さほど大きくは無いようですが??」


 …………は?

 何を言っているんだ、こいつは??


 と、俺が思ったのと同時に、グレコの必殺平手打ちが炸裂した。

 

 バッチーーーンッ!!!


 避ける事も出来ず、その頬に平手打ちをまともに喰らい、勢いよく斜め後ろへと吹っ飛ぶカービィ。

 怒りのあまり、ふーふーと鼻息が荒いグレコ。

 とばっちりを喰らわぬようにと、その場から一歩も動けない俺と、息を押し殺すギンロ。  

 道行くマーゲイ族達は何事かと立ち止まるも、地べたにへばりつくカービィの姿を見て、何とも言えない表情で去って行くのだった。


 ……そして今。

 痛々しく腫れた頬を冷やす間も与えられないままに、カービィは俺達をここへと案内し、デルグの家だという小さな煉瓦の家の扉を叩いている、というところである。


 まぁ……、打たれて当然だ、失礼にも程がある。

 初対面の女性に対し、胸の小ささを指摘するなんて……、全くもって、その思考回路が理解出来ない。

 それに、カービィの発言には重大な間違いがある。

 俺が見る限りでは、グレコは別に貧乳ではない。

 爆乳でも無いが……、ちょうどいい感じのサイズに見えるのだ。

 だというのにカービィの奴、何をもって、さほど大きく無い、などと言えたのか……?

 理解に苦しむ発言である。

 そして、それを平然と言ってのけてしまう無神経さと、ある意味強靭な精神力。

 こいつはきっと、只者じゃ~ない……

 筋金入りの変態だっ!


 ……さて、話を戻そう。

 デルグの家は、村の東端にあった。

 高原ベリーの広大な畑を抜けた先にある大きな倉庫。

 村に建つ煉瓦造りの家が二軒は入るだろうと思われるその巨大な倉庫の隣に、赤い屋根が特徴的な、小さなデルグの家が建っていた。


 どうやら、槍が盗まれたとかいう倉庫は、ここで間違いなさそうだ。

 倉庫には、中に入る為の大きな観音開きの扉があって、その扉の地面にほど近い部分に、何者かによって最近空けられたのであろう、歪な形の穴が空いているのだ。

 穴の大きさからして、その生物は俺と同じくらいの体格か、もしかしたらもう少し小さいかも知れない。

 そして地面には、至る所に、俺のものとは程遠い、何やら奇妙な足跡が沢山残っている。

 一見すると、爬虫類のものに見えるのだが……

 推測するに、犯人は靴を履いていなかったのだろう。

 大きく開かれた五本指の足跡が、あちこちに散らばっていた。


 ドンドンドンドンドンッ!

 ドンドンドンドンドンドンッ!!

 ドドドドドドドドドドドドドドッ!!!


 某太鼓ゲームのように、容赦なく扉を連打するカービィ。

 いくら知り合いとはいえ、こんな不躾な事をする奴なんざ、普通は家には入れたくない。

 だからデルグも、出て来ないのだろう。


「デルグ~! デッ!! ルッ!!! グゥウゥゥゥ~~~!!!!」


 執拗に扉を叩き、何度も何度もデルグの名を大声で叫ぶカービィ。

 さすがにもうやめておけば? って、俺が言いそうになった、次の瞬間……

 カチャッという鍵の開く音がして、ゆっくりと扉が開き、中から先ほどのデルグが現れた。


「しつこいなぁ……。いったい誰……? え? えぇっ!? えぇえぇぇっ!??」


 目を見開いて、驚くデルグ。


「おぉ~! デルグ!! 久しぶりぃっ!!!」


 キラーン☆ とキメ顔スマイルを向けて、目元ピースでポーズをとるカービィ。

 しかしながら、何やらデルグは驚き過ぎているらしく、何も言葉を発せずに、見開いた大きな目が今にも飛び出そうな顔で、口をあんぐり開けたまま固まっている。


 どうやら、二人は久々の再会であるようだ。

 お互いに見つめ合い(カービィはそのままのポーズでね)、にっこりと笑い合って抱き合う……、のかと、思ったのだが……


「ば…………、っかやろぉおっ!!!!!」


 パーンチッ!!!


「おふぅっ!?!?」


 えぇえっ!? なんでぇっ!??


 腫れていない方の頬に、カービィはデルグの猫パンチをもろに喰らった。

 ポーン! と、後ろにふっ飛ばされて、ズザザザザ~っと地面に倒れるカービィ。

 何が何だか分からず、驚く俺とグレコ、そしてギンロ。

 ハーハーと、肩で息をするデルグ。

 そして……


「な、何が……? 何がっ! 久しぶりだぁっ!? 何年経ったと思ってんだよっ!?? 何の連絡もよこさないまま、何年も何年も……。僕がどれだけ心配したと思ってんだっ!!?? それに、なんだそのピンクの体はぁっ!!??? 不良にでもなったのかぁっ!?!?!?」


 おおお……、本性はなかなかの乱暴者だったのですね、デルグ君。

 さっきまでとえらい別人(別猫)ですなぁ。

 やはり、人(猫)は見た目によらないものだ。


 ……にしても、その言葉から察するに、カービィはもともとピンクではなかったらしい。

 そりゃそうだよね、こんなド派手ピンクなマーゲイ族、村には誰一人として居なかったもの。

 若気の至りとかで、染めてしまったのかしら……?


「わ、悪かったよ。でもおいら、本当に、白魔導師になったんだぞ? おまいとの約束、守ったんだ!」


 両頬が腫れ上がった、たいそう痛そうな顔で、二ッと笑ってグッと親指を立てるカービィ。

 しかし……


「それとこれとは話が別だぁっ! 僕がこの十五年間、どんな思いで過ごしてきたかわかるかっ!? デルグはカービィを見捨てた、デルグはカービィについて行ってやらなかったと、散々村の者たちに言われてきたんだぞっ!??」


「そ、そりゃ……、可哀想に……」


「可哀想? 可哀想だけで済ませる気かぁっ!? おまいが手紙の一つでも寄越していれば、みんなに釈明出来たのに……。それすらしないとは何事だぁあっ!!? しまいには、あのマッサが、反乱軍の武器庫として僕の倉庫を使う~とか勝手に決めて……。おまいが出て行ってから、こっちは散々だったんだぞっ! 今じゃ倉庫の中はおっかない武器だらけ!! いったい、どうしてくれるんだよぉっ!???」


 あ~……、なんかよく分からないけど、めっちゃ怒ってるな、デルグ君。

 話の内容はいまいち分からないけれど、マッサっていうのは恐らく、あの宿屋の一件で、一番偉そうにしていたリーダーっぽい奴の事かな?


「えっとぉ~……、それはぁ~……。おいらとは関係なくねぇか? おまいがマッサに断ればいいんじゃ……??」


 冷静に、まともな事を言うカービィ。

 するとデルグは、すっごく悔しそうな表情で歯をくいしばり、わなわなと震えて……


「くぅ……、そうだよ。そうだけどっ! それができたら苦労しないぃ~!! あいつの腕っぷしの強さは、おまいも知っているだろぉっ!?? 僕一人じゃどうにもできないんだよぉおぉぉっ!!!」


 キーッ! て感じで、ヒステリックに叫ぶデルグ君。

 なんだかこう、話が完全に逸れているというか……

 日常生活での鬱憤がそうとう溜まっていたらしいデルグが、久しぶりに会えた友達であるカービィに、理不尽に八つ当たりしているようにも見えるな、うん。


「ま、まぁとりあえずだな……、イテテ……、よっこいしょ。おいらはこいつらと一緒に、その盗まれた槍を探そうと思うんだ。槍さえ見つかれば、もうマッサにどやられる事もねぇだろ? で、とりあえず、犯人を捜す為に、目撃者であるおまいに話を聞こうかと思って……、へぶぅうっ!?!?」


 追い打ちのようなデルグの片手チョップが、ようやく立ち上がったカービィの頭に落ちてきた。

 その衝撃で、またも後ろへと倒れるカービィ。

 するとデルグは、顔を真っ赤にしながら、尚もヒステリックにこう叫んだ。


「都合のいい事ばっかり言うなっ! 僕の気持ちなんて全然知らないくせにっ!! なんだその毛色は!? なんでそんな色してんだよっ!?? この……、このっ!!! 変態毛玉っ!!!!」


 怒るデルグ、ぶっ倒れたまま目を回しているカービィ、そして何も出来ずに沈黙する俺たち三人。

 

 う~ん……、なんだかカービィ君、今日は厄日のようですね。

 変態毛玉って……、ぶふっ!

 当たっているような気もするけれどっ!!

 ぶふふふっ!!!

 

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