96:魔法

「すみませんでした、僕が適当な事言ったばっかりに、皆さんにご迷惑をかけてしまって……」


 申し訳さなそうに謝罪をし、反省するデルグ。


「謝ってくれるのならいいのよ。それに、もとはと言えば、あなたの倉庫を勝手に武器庫として使い始めたあいつが悪いんでしょ? なんだっけ?? バッサ??? ボッサ????」


 惜しいグレコ。


「マッサだ、グレコよ」


 意外にも、ちゃんと名前を覚えているギンロ。


「そうそのマッサ? あいつ、本当に私が嫌いなタイプだわ。見るからに頭悪そうだし」


 人を見た目で判断しちゃうグレコ。


「しかし、少々奇妙ではあるな。あれほど沢山の武器があるというのに、盗まれたのが槍のみとは……?」


 意外にも、状況を冷静に分析出来るギンロ。


「そうですね。他の物は何も……、短剣も長剣も、火付け弓矢も、盾も鎧も全部残っていて……。何がどうなっているのか、僕にもさっぱり……」


 おぉおぉ、あの倉庫には、そんなにも沢山の物騒な物が仕舞われているのね。

 こわやこわや……


「ふむ、奇怪な……。何故犯人は、槍のみを盗んだのであろう? 戦う事が目的ならば、他の物も盗まれてもいいものを……??」


「確かにそうね、変だわ。槍だけが必要な何かなんて、全然思い浮かばないけれど……。この辺りで、槍だけを盗みそうな奴っていないの?」


「それもさすがに……、僕には分かり兼ねます……」


「う~ん、困ったわねぇ……。何か手掛かりがないと、探しようも無いし……。ねぇ、もう充分でしょ? 二人も早く話に入りなさいよっ!」


 こちらに向かって顎をしゃくるグレコの言葉に、俺は少しだけ口を尖らせた。


 いや、俺だってね、そっちの話に参加したいですよ?

 けどグレコさん、あんたが指示したんでしょ??

 俺に、カービィの世話をしてやれって……

 あんたが指示したんでしょうが???


 現在俺たちは、デルグの家の中に招かれている。

 小さなキッチンダイニングのテーブルに着いて、槍を盗んだ犯人について話し込む、グレコとギンロとデルグの三人。

 そんな中、俺はというと、テーブルから少し離れた場所で、長椅子に横になったカービィの腫れ上がった顔に、冷たいタオルを当てながら看病しているのです。

 

 グレコに叩かれ、デルグに殴られて、両頬が真っ赤になってしまったカービィは、さすがにこのままだと良くないと思ったのだろう、デルグに木桶を借りると、当たり前かのように、その中に氷水を生成した。

 何の呪文も動作もなく、いきなりこう、ブワッ! と、一瞬で木桶の中に氷水を出現させたのだ。

 俺が驚いたのなんのってもう……、目玉が飛び出そうなほど驚いたわっ!


 生まれて初めて、正真正銘の魔法を目の当たりにした俺は、その場に固まって、木桶の氷水をガン見していた。

 その様子に、何を勘違いしたのか、グレコが俺にカービィの顔を冷やす手伝いをしろと指示してきたのだ。

 仕方が無いから、言われるままに看病を始めたわけだけども……

 生まれて初めての氷水は、思った以上に冷たくて、それに浸したタオルも冷たくて冷たくて……

 今にも、かじかんだ指と手と、心が折れそうです、はい。


「あ~、モッモさんよ、もういいぞ? だいぶんマシになった」


 そう言って、起き上がったカービィの顔は……


「ひぃっ!? さっきよりも酷いよっ!??」


 俺は思わず叫んだ。

 カービィの両頬は紫色に変色して腫れ上がり、冷やしていた顔全体が霜焼けのように赤くなっているのだ。

 あまりに悲惨なその顔に、俺はカタカタと前歯を震わせた。


「あ~、まぁ~、大丈夫っ! おいらは白魔導師だぞ?」


 チッチッチ、と、短い人差指を立てて横に振り、傍に置かれていた魔導書を手に取り、おもむろに開くカービィ。

 そっと中を覗き見てみると、何やら見知らぬ文字がぎっしりと書き込まれている。

 読めやしないかと凝視してみるも、文字自体を読む事は出来るのだが、専門用語だらけなのか、書かれている内容はちんぷんかんぷんだ。

 次にカービィは、ローブの内ポケットから、先っちょに真ん丸な白い石のようなものがついたスティックを取り出した。


 おぉ~……、片手に魔導書、片手に杖……

 めっちゃ魔導師っぽぉ~い。


 ちょっぴりドキドキしながら、カービィを見つめる俺。

 カービィは、杖の先端を自らの顔に向けて、短くこう言った。


治療セラピア


 すると、ピカー! っと杖の先が光を放ったかと思うと、カービィの顔全体を白い光が覆い始めたでは無いか。

 白い光はそのままスーッとカービィの顔に吸収されていき、光が収まる頃には、紫色に腫れていたカービィの両頬は、もとのピンク色に戻っていた。


 なん……? えっ??

 もう、治ったの……???


 杖を下ろし、自分の頬に手を当てて、痛みが無いかを確かめるカービィ。


「んっ! 冷やしたから上手く治ったなっ!!」


 そんな事を言いながら、ニッと笑い、杖と魔導書をローブの内側へと仕舞い込んだ。


 目の前で起きた事が信じられない俺は、目を真ん丸にして驚く事しかできず……


「す……、すっげぇ~」


 思わず心の声が漏れた。


 一瞬で木桶に氷水を作り出したり、顔の腫れをすぐさま治したり……

 凄いっ、凄過ぎるぞっ!

 魔法って……、魔法って、本当にあるんだっ!!

 そして、この目の前にいるカービィは、正真正銘の魔法使いなんだっ!!!

 すげぇ……、すげぇ、すげぇ、すげぇっ!!!!


「お? ふふふ♪ そうかね?? なっはっはっはっはっ! 大魔導師カービィ様と、呼んでもいいぞよ??? なっはっはっはっはっ!!」


「だっ!? 大魔導師っ!??」


 何それ、かっけぇっ!!!


「さぁっ! 我が名を呼ぶのだっ!! モッモくんっ!!!」


「だっ! 大魔導師っ!! カービィ様っ!!!」


「もっとだっ! もっと呼びたまえっ!! モッモくんっ!!!」


「大魔導師カービィ様っ! 大魔導師カービィ様っ!! 大魔導師カービィ様っ!!!」


 ドヤ顔でふんぞり返るカービィと、完全に我を忘れて、目をキラキラさせながら叫ぶ俺。

 すると……


「ほらっ! 治ったならこっち来なさいっ!!」


「おわぉっ!?」


「のんっ!??」


 俺とカービィの首根っこをむんずと掴んで、テーブルへと運んでいくグレコ。

 ギンロとデルグが、呆れた目を、俺とカービィに向けていた。










「これが、そいつの足跡ってわけかぁ……」


 地面に残された小さな足跡を前に、カービィが呟く。


 デルグの家にて、いろいろと話し合った俺たちだったが、一向に話が前に進まず……

 カービィの提案で、一度事件現場を見直そう、という事となった。

 だから今、俺たちは、デルグの家の隣にある、木製の大きな倉庫の前に来ている。

 扉には歪な穴が空けられており、地面には犯人のものらしき足跡が沢山残っていた。


「思っていたより小さいわね。この足跡から推測するに、体長はモッモと変わらないくらいかしら? ……ねぇ、槍って、どれくらいの長さのものだったの??」


 グレコが尋ねる。


「えと、確か……、オウル・パイクという名前の長槍で、およそ3トール弱の長さがあったと思います」


 デルグが答えた。


「3トール!? かなり長いわね……」


 探偵のように顎に手を当てて、むむむと考えるグレコ。

 その横で俺は、別の意味で首を傾げていて……


 その【トール】というのは、いったい何なのでしょう?

 長さという事は、つまり……、単位か何かなのかしらね??

 

 すると、俺の思考を汲み取ったのであろう、ギンロが……


「おおよそだが、我がモッモを頭に乗せるより長い」


 と、言ってくれた。

 

 おおうっ!? なんとっ!!?

 それはそれは……、めちゃめちゃ長いじゃないかっ!?!?


 つまり、トールは長さの単位であって、メートルとほぼ同じ感じ、と考えて良さそうだな。

 ギンロの身長はおそらく2メートル近くあるから、俺を頭に乗せるとなると……、うん、大きく見積もって、3メートルくらいだ。


 しっかしなんだ、結構な長さの槍だなおい。

 グレコが言った様に、残っている足跡の大きさから見て、犯人はそこまで大きな体格では無いと推測出来る。

 だとすると、何故そんなにも長い槍を、沢山の武器の中から選んだのだろう?

 いったい何が目的で……??


「確かに、長さはありますが、重さはあまりなかったと思います。マッサたちは、一人で十本ずつ抱えて持ってきていたので」


 なるほど、長いけど軽いのか……

 だとすると、結構いい武器じゃないのかそれ?

 お高いのでは??


「う~ん……。あっ! そうだわっ!! モッモ、ギンロ、何か匂いは残っていないの?」

  

 おいグレコ、俺とギンロは警察犬じゃないぞ!


「ここは高原ベリーの匂いがきつずぎるゆえ、他の匂いはあまりわからぬな」


 役に立たない警察犬……、いや、ギンロ。


「そっかぁ……、モッモは?」


 グレコの問い掛けに、俺は鼻をスンスンと動かす。

 俺は犬じゃ無いけど、何故かギンロより鼻は良いのだ。


「なんか……、生臭い匂いがする」


 俺は、感じたままを伝えた。


「何それ? 魚ってこと??」


「いやぁ、魚のもとは違うんだけどぉ……、なんかこう、ヌメッとした感じの匂いっていうかぁ……」


 魚の生臭さとは少し違う、湿った生き物の匂いが、ここには残っている。

 その正体がなんなのかまでは、さすがの俺にも分からないけど。

 

「はぁ……、もういいよ、わかった」


 ああああんっ! 見放さないでよグレコぉっ!!


 役に立たない俺とギンロに背を向けて、グレコは地面の足跡を凝視し続ける。


「デルグ、おまい、見たんだよな? 犯人を」


 カービィがそう問い掛けると、


「あ、うん……。でも、暗くてよく見えなかったから……」


 デルグは歯切れ悪くそう答えた。


 マーゲイ族は見るからに猫科の種族なのに、夜目が効かないなんて意外だ。

 だけどもデルグの場合、眼鏡をかけているからして、個人的に視力に問題があるのかも知れない。


「うし! ほんじゃあ、いっちょカービィ様の素晴らしい魔法をお見せしましょうかねっ!!」


 お? おおぉっ!?

 くるのか、魔法っ!!?


 ドキドキドキ


 すると、カービィはデルグに近付いて行って……


「ほい、胸出してくれ」


 ……は? 胸??


「えっ!? やだよっ! ここでっ!??」


 拒否するデルグ。

 当たり前だ、いきなり過ぎるもの。


「いいから早く。なにも全部脱げって言ってんじゃねぇよ。ボタンを外して、胸の真ん中を見せてくださいな〜?」


 語尾が変なカービィの言葉に、しぶしぶ上の服のボタンを外して、首から下の胸をはだけさせるデルグ。


「届かないから、しゃがんでくださいな〜??」


 カービィに言われるまま、姿勢を低くするデルグ。

 テクテクテクと近づいて、デルグの胸にそっと手を当てるカービィ。


 ……なんだろう? 

 カービィさんはそっち系だったんですか??


 しかし、俺の阿呆な予想は外れた。

 デルグの胸に当てたカービィの掌が、ピカー! っと青く光り始めたかと思うと、今度はデルグの目に同じ青い光が宿ったでらないか。


「あ、何これ……? あぁっ!? あいつだっ! あいつが犯人だよっ!!」


 そう言って、倉庫の扉付近を指さすデルグ。

 けれど、そこには勿論、何者もいない。

 デルグの謎行動に、首を傾げる俺とグレコとギンロの三人。

 しかしながら、カービィは……


「そうか、あいつか。う〜っし……、犯人がわかったぞ!」


 そう言ってゆっくりと、デルグの胸から手を離した。

 すると、青い光を宿していたデルグの瞳は、スッともとに戻った。


「あれ? あ……?? カービィ??? 今、いったい僕に何してたんだ????」


 不安気な表情で尋ねるデルグに対し、カービィはこう返した。


「おまいの心の中にある昨晩の記憶を蘇らせて、おいらも一緒に見させてもらったんだ。おまいも見ただろ? 槍を盗んだ犯人、それは……。【迷いの森】の住人だ」

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