12:また寝てたうぉ

 

 背の高さが俺の半分ほどしかない、小さな小さなトカゲ。

 ツルンとした質感の体表は、尻尾に灯る炎と同じく赤色で、テラテラとその揺らめきを写している。

 二本の足で立っているからして、二足歩行の出来る獣人型の生き物のようだが……


 と……、トカゲ、なの……、か?

 でも、尻尾に火が……??

 火と、トカゲ……、ヒトカゲ!?

 ……いやっ、ポケモンかよっ!??

 (作者の奴め、最大手のキャラをパクるんじゃねぇよっ!)

 

 またしても、ドキドキと鼓動を早める俺の小っちゃなマイハート。

 ザリザリと音を立てながら、此方に近付いてくるトカゲ。

 しかしながら、俺との距離はなかなか縮まらない。

 何故って……、その歩みののろさがもう、亀以上なもんで……


 のろのろ、ザリザリ、のろのろのろ、ザリザリザリ


 姿形は異質だが、なんとも緊張感の無い動きである。

 のろまなトカゲの様子に、俺の心臓は徐々に落ち着きを取り戻していく。


 な……、なんだ、こいつ?

 魔獣、とか??

 いや、魔獣にしてはなんていうかこう、小さいし、のろいし……


『ふあぁ~あ。……で、どこに火が欲しいうぉ?』


 語尾が変だ。

 うぉって何さ、うぉって……

 欠伸しているけど、眠いのだろうか?

 表情がなんていうかこう、ぬぼ~ん、としている。

 ……てか今、火が欲しいのかって、言った?? 

 もしかして、その尻尾の火を、貸してくれるとか……???


「あ……、あ、えと……。じゃ、じゃあここに」


 急いで近くにあった落ち葉をかき集めて、小さな山を作る俺。

 するとトカゲは……


『あ~い』


 ブンッ! と尻尾を振って、尻尾の先にある赤い炎を落ち葉の小山に引火させた。

 ボワァッ! と、勢いよく燃え上がる落ち葉たち。


「うぉおっ!?」


 その火力の強さに驚いて、俺は数歩後退る。

 図らずも、トカゲも同じ口調で驚いてしまい、少し恥ずかしくなった。

 けれど……、せっかくの炎は、集めた落ち葉の量が少なくて、すぐに消えてしまった。


『……帰っていい?』


 眠たそうに目をこすりながら、トカゲが尋ねる。


「えっ!? ちょっ! ちょっと待ってて!!」


 そう言って俺は慌てて立ち上がり、洞穴の外へと駆け出した。


 なんだかよく分かんないけど、あのトカゲは火を分けてくれるようだ!

 ならば、もっとちゃんとした焚き火を作って、小魚の干物を炙って食べたいっ!!


 忙しなく辺りを見回して、もっと燃え続けそうなものはないかと必死で探す俺。

 持ち前の視力の良さを生かして、なんとか五本、燃え続けそうな太めの木の枝を発見した。

 あと、干物を刺すのに良さそうな細い木の枝も、数本拾った。

 急いでそれらを持って洞穴に戻ると、トカゲは地面の上で丸くなって、すやすやと眠っていた。


 良かった、まだいてくれた!

 決して食にこだわりがある方ではないのだが、干物は炙った方が断然美味い!!

 炙る手段があるのなら、炙って食べたほうがいいに決まっている!!!


 拾ってきた五本の太めの木の枝をイイ感じに組み立て、隙間に落ち葉をぎっしり詰め込む。

 干物を細い木の枝に刺し込んで、準備は万端だ。


 トカゲは、あまりに気持ちよさそうに、半開きの口から長い舌と涎を垂らしながら眠っている。

 起こしてもいいものか悩むが、待っててくれたということは、きっと火をつけてくれるはず……

 その体にそっと触れて、優し~く左右に揺らす。

 トカゲの体を覆う鱗は、思いの外、妙に熱を持っていて熱いくらいだった。


『うぉ? んおぉ……、また寝てたうぉ』


 やっぱり、語尾が変だな。


「あ、ごめんね、寝てるところ。あの、ここに火が欲しいんだけど……」


 ちょっと遠慮がちにお願いする俺。

 なんせ相手は得体が知れない。

 体は小さくとも、トカゲは一応肉食の部類に入る生き物だから、パクッ! と食べられてしまう可能性も無きにしも非ずなのだ。

 だけどもやはり、炙った干物を美味しく食べたい俺は、静かにトカゲの動向を見守る。


『あ~い』


 先ほどと同じく間抜けな返事をして、トカゲは尻尾の炎を木の枝に移してくれた。

 ボォオッ! と勢いよく燃え上がる炎。

 無事に、立派な焚き火の出来上がりだ。


「おぉ! 良い感じ!!」


 すかさず俺は、細い枝に刺しておいた干物を炙りにかかる。

 火力は思っているよりも随分と強く、すぐに干物はいい塩梅に焼き上がった。

 とても香ばしく、美味しそうな匂いが、狭い洞穴全体に広がる。


『ふんふんふん……、んん? 良い匂いうぉ~』


 振り返ると、トカゲが小さな鼻の穴をヒクヒク動かしながら、先程よりも大量の涎を口からダラダラと垂らしているではないか。

 

 お、俺の事ではないよね……? 

 干物のことだよね??


「……食べる?」


 変な汗をかきながらも、トカゲに向かって、俺は干物を差し出す。

 トカゲは小さな手で、ゆっくりとした動きで干物を受け取り、パクリと一口……


 むしゃむしゃむしゃ


『うぉっ!? 美味い、うぉ……』


 先ほどまでの、ぬぼ~ん、とした雰囲気ではなく、どことなくシャキッ! とした表情になるトカゲ。

 むしゃむしゃと口を動かして、トカゲは干物を夢中で食べ始めた。


 うん、まぁ……、とにかく良かった。

 俺は食われなくて済みそうだ。









 俺とトカゲは、焚き火の前に仲良く並んで座り、干物を五つずつ食して、二人して食後のお茶をずずっとすする。

 母ちゃんが石造りのコップ二個と、ローレの茶葉を荷物に入れておいてくれたおかげで、皮袋の水と焚き火の熱を利用して、それなりにお茶っぽいものができたのだ。


 トカゲは、干物に大変満足したのか、俺の隣にちょこんと座って、とても幸せそうな顔をして微笑んでいる。

 うん、ほんと良かったよ、いろいろとね。


「ところで……。君は何者?」


 結構大事な質問を、今更する俺。

 相手が何者かも分からないというのに、呑気に食事をしていた自分の肝の座り具合には少々驚いた。


『うおは、火の精霊サラマンダー。名はバルン』


 え? あれ?? 君も精霊なの???

 今日はやたら精霊に会うなぁ……

 ここは、実は精霊の多い森だったのだろうか????


「そうなんだ。えと……、ば、バルンは、どうしてここに来たの? こんな……、何も無い、小さな洞穴に……??」


 俺の問い掛けに、バルンと名乗ったトカゲは、小さな二つの目をパチパチさせて答える。


『うぬが呼んだから。火が欲しいって、言ったから』


 ん? うぬが呼んだ??

 うぬって誰だ???

 この場合……、うぬは、俺の事か????

 確かに、火が欲しいな~って、独り言で呟いたような気はするけれど……

 え、そんなんで精霊って現れてくれるの?????


『もう用は無い? 帰っていいうぉ??』


 お腹がいっぱいになって眠くなったのか、バルンは目を擦る。


「あ、うん。あり……、ありがとう!」


 俺が御礼を言うと、バルンはニッコリと笑って、ブワァッ! と燃え上がった。


「うおおぉっ!?」


 余りの火力に驚いて、後ろに飛び退いた俺。

 何が起きたのかわからず辺りに目を凝らすが、そこにはもう、バルンの姿はなかった。

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