13:死んでたまるかあぁっ!!!

 朝が来た。


 焚き火が朝までくすぶっていたのと、母ちゃんが荷物の中に毛布を入れておいてくれたおかげで、なんとか寒さを凌ぐことが出来た俺は、ぐっすりと眠りこけてしまっていた。

 初めての野宿でこれほど熟睡できる奴なんざ、そうそういないだろう。

 全く、能天気な奴だぜ俺ってばよ!


 洞穴の外に出て、大きく伸びをする。

 空は快晴、良い天気。

 なんとか午前中に山を下りて、午後からは頑張って森を歩こう!!


 魔獣に出会うかも!? とか、出会ったらどうしよう!?? とか、いろいろ不安はあるけれど、次に神様が降りてくるまでの一週間を、この洞穴でじっと隠れて過ごすのは嫌だ、退屈すぎるもの。

 眼下に延々と続く下り坂を前に、俺はフンッ! と鼻から息を吐き、力強く歩き出した。








 トコトコトコと軽快に、景色を楽しみながら、山道を下る俺。

 視界の先には、どこまでも続く緑の森と、青い空。

 村では決して見ることのなかった、広大で美しい風景に、俺は自然と上機嫌になる。


 しかし、少々気になる事が一つ。

 この山には、何故か生き物がいない。

 動物も、草も木も、花もなければ虫もいない。

 目撃する事はおろか、気配すら全く感じられないのだ。

 いったい何故……?


 でもまぁ、助かるっちゃ助かるけどね。

 余計な心配をしなくていいし、逃げたり隠れたりせずに済むから。

 そんなわけで、特に身構えることなく、俺は山を下って行く。

 

 それにしても、昨日は不思議な一日だった。

 風の精霊シルフのリーシェ、神様、炎の精霊サラマンダーのバルン。

 全くもって、今までの平凡な生活からは考えられないような、摩訶不思議な者たちに次々出会ったのだから。

 運が良かったのか、悪かったのかはわからないが、今こうして生きていられるのだから、結果オーライとしよう!


 そんなことを考えつつ、山を下ること数時間。

 地面の白い岩肌に土が被り、それに伴って少しずつ、草や花といった小さな植物がチラホラ見え始めて……

 それらはだんだんと増えていき、なんだか景色が変わったな~なんて思っていると、知らぬ間に下山は完了していた。

 前方には見た事のあるような……、しかし知らない森が広がっている。


 おぉ……、森だ。

 今のところ、クンクン……、うん、危険な生物の香りはしないな。

 鳥のような匂いが少し混じっているけれど、鳥ぐらいなら平気だろう。

 山には全く生物がいなかったけど、ここからは恐らく、何らかの生き物がいるはずだ。

 兎とか、狸とか、猿とか熊とか……?

 恐ろしい魔獣とかも、いるのかなぁ……??


 ブルブルブル


 うぅ〜、怖いっ!

 怖いけど、行かなくちゃっ!!

 気を引き締めて行こうっ!!!


 そう思った矢先だった。


「……ん?」


 妙な音が、よく聞こえる俺の耳に届いた。

 バッサバッサという、何かの羽音だ。

 しかも、音の大きさから考えて、その生き物は相当に大きいらしい。

 おそるおそる上を見ると……


「ゲギャアァァッ!!」


「あぁああぁぁっ!?」


 夜にも恐ろしい巨鳥が、先の曲がった大きなくちばしをめいっぱい広げて、上空からこちらに向かって急降下してきているではないかっ!?

 あんな大きな嘴に捕まったら、俺の柔らかくて美味しそうな体なんかひとたまりもなく引き裂かれるに違いないっ!!?


「いぃ~~~やあぁぁぁぁっ!!!」


 俺は全速力で走り出す。

 短い足を必死で動かして、勝手に揺れる尻尾を縮ませて、走るっ!


「ゲギャギャギャギャア!!」


 しかし、相手の方が何枚も上手だった。

 上空でスピードを上げた巨鳥は、俺の前方に回り込み、行く手を阻んだのだ。


「ひゃっ!? 嫌だぁあぁっ!!!」


 断末魔のような叫び声を上げながら、クルリと方向転換する俺。

 しかし、またすぐさま追いつかれ、行く手を阻まれる。

 何度も、何度も、何度も何度も……

 それの繰り返しだっ!


 先に疲れたのは俺の方だった。

 足がもつれ、地面に豪快に倒れ込む。


「ゲギャギャギャッ!」


 背後に迫る巨鳥の鳴き声が、まるで笑い声のように聞こえる。


 うぅ……、こんなところで死ぬなんてぇ……

 鳥に食われて死ぬなんてぇえぇ……

 まだまだやりたい事とかあったのに。

 新たに甦った前世の知識で、家を改築して、畑も作り直して、そんでもって、母ちゃんに美味しいごはんを作ってもらいたかったのにぃ!


 何とか立ち上がったものの、走り疲れた足はもう動きそうにない。

 全身がガタガタと震え、涙が零れそうになる。

 頭に母ちゃんの優しい笑顔がいくつもいくつも思い浮かんで……、そして……


「うぅ……、くっそぉ……。死んでたまるかあぁっ!!!」


 叫びながら俺は、腰にぶらさげていた木の棒を手にとり、巨鳥に向かって構えた。

 旅立ちの前夜、長老から受け取った、その名も自由の剣、……実際はただの木の棒。

 けれど、今武器となりそうなものはこれしかない。


 最弱の種族ピグモルだとか、筋トレしても意味ないとか、そんなの関係ないっ!

 俺はまだまだ生きたいんだぁっ!!


「うおらあぁぁぁあぁっ!!!」


 自分よりも何倍も大きい巨鳥に向かって、めちゃくちゃに木の棒を振り回す俺。

 怖いから、目はギュッと閉じている。


 当たりっこないって思うけど、みすみす死にたくはないんだよっ!

 最後くらい、カッコ悪くても、足掻きたいんだよぅっ!!

 鳥なんて、鳥なんて……、羽が全部抜けちゃえっ!!!


「うららららららあぁっ!!!!!」


 しばらくそういしていると、次は腕が疲れてしまった。

 両膝、両手を地面について、項垂れる俺。


「はぁはぁはぁ……、もう、駄目だぁ~」


 そう呟いて、死を覚悟するも、何やら辺りは静かである。

 不思議に思って前を見ると……


「ん? あれ?? 鳥……、はぁはぁ、鳥どこ行った???」


 目の前にいたはずの、今の今まで俺に襲いかかろうとしていたはずの巨鳥は、忽然と姿を消していた。

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