11:よぉ〜し、行くぞうっ!!!

「おーいっ! 神様~!! かっ、みっ、さっ、まぁあ~!!!」


 空に向かって、大声で叫び続ける俺。

 しかし、応答はなし。


「かぁ~……」


 何度も叫んだせいで、喉がカラカラだ。


 やっぱり無理かぁ~。

 なんか最後に、一週間後に~とか、言ってたしなぁ~。


 力なく座り込む俺。

 太陽は西の空に向かい、辺りは少しずつ薄暗くなってきている。

 同時に、気温はぐーんと下がって、全身モフモフの俺でもちょっと寒い。

 それに、山特有のものだろうか、冷たい風がピューっと吹き付けてくる。


 ブルブルブル


 参ったなぁ~。

 このままここで夜を過ごすのは無理だろうし……

 どこか、野宿できる場所でも探すか~。


 よいしょと鞄を背負って立ち上がり、辺りをキョロキョロと見回す。

 さっきまではあまり注視していなかったので分からなかったが、よく見てみるとここは、周りをぐるっと背の高い白い岩に囲まれた、円形の場所だ。

 地面は綺麗に平にならせており、自然とこういう地形になる事は考えにくいから、誰かが作ったのか、神様が作ったのか……

 とにかくまぁ、神様と会えたって事は、ここが長老が言っていた北の山々の聖地には違いないだろう。

 となると、村に戻るには、山々を下って、更には歩いたことのない森を行かなければならないという事になる。


 長老は、五日間ほどの距離と言っていたが……、本当にそれくらいの距離なんだろうなあ?

 もっと長かったらどうしよう……??

 というか、そもそも、どうしてここまで来られたんだっけ???

  ……あっ! そうだよそうだった!!

 あの、風の精霊シルフのリーシェとかいう奴のせいだ!!!


 あの空の旅は、間違いなく、俺のこれまでのピグモル生で一番の恐怖だった。

 思い出したくもない記憶を呼び起こしてしまった俺は、ブルリと身震いをする。


 それにしてもあいつ、どうして俺をここに運んだんだ?

 俺が、神様に選ばれた者と知っていたんだろうか??

 ……それにしては雑な運び方だったけども。

 あいつがまた現れてくれれば、村までいっきに帰れるだろうが、もうあんな怖い思いをするのは嫌だ!

 他の方法を考えようっ!!


 聖地に導きの石碑が設置されていることを今一度確認し、俺はその場を後にした。


 聖地の外は、すぐさま急な下り坂となっていた。

 白い岩肌が剥き出しの、凸凹とした、とっても危険そうな山道が、下へ下へと続いている。


 うはぁ~、怖い……、めっちゃ怖いぞこれ〜。

 足を滑らせれば、間違いなく下まで真っ逆さまだな。

 しかしながら、出来るだけ早く山を降りないと、寒くて死にそう。


 ガクブルガクブル


 おもむろに世界地図を取り出して、現在地と村の位置を確認する。

 銅板の上に描かれた世界地図には、大きな大陸が東西に二つ、その周りにいくつかの、大小様々な島が存在している。

 聖地を指す青い光は、東の大陸の南端にほど近い場所にあり、そこには《聖地》と文字が書かれている。

 その文字を読めてしまう自分には正直驚いたが、おそらくこれも神様のおかげだろうと簡単に解釈する事にした。

 俺の村は……、石碑が存在しないから、どこだか分からないけれど、たぶんここから南のはず……

 だとすると、この辺りだろうか?

 う〜ん……、分からんな。


 ふ〜っと溜息を一つつき、世界地図を折り畳んで、鞄の中へと戻す俺。


 地図は宛にならん!

 目的地がどこにあるのか分かんないんだもん!!

 なんてこった!!!


 そもそもがだ……、何故神様は、わざわざ俺をここに呼び寄せたんだ?

 神様なんだし、やろうと思えば何でも出来るだろうに……、自分が俺の所に来ればいいじゃないか。

 なのに、やわやわで体力の無い俺を、こんな場所に呼び寄せて、放置してさ。

 なかなかにスパルタだよね。

 それに、よくよく考えてみると、俺の置かれた立場って、かなり酷じゃないか??

 神様の都合で勝手に転生させられて、世界で最弱とされるピグモルに生まれて……

 異世界転生ってさ、本来ならばもっとボーナス的な何かがあるもんなんじゃないの???

 魔法が使えたり、スーパーマンみたいな超人的な力があったりとか……

 少なくとも、俺の中にある前世の知識では、俗に言う異世界転生ってやつはそういうもんだった。

 まぁでも、それは小説やゲームなど、創作物での話であって、現実では無かった。

 つまり……、現実の異世界転生は、もっとハードモードですよ! って事だ。


 ……うん、話を戻そう。


 さてさて、世界地図を見た限りでは、テトーンの樹の村は、思っていたよりも赤道に近い場所にあった。

 だから毎年、冬でも雪がほとんど降らないし、さほど寒くなかったのか〜と納得する俺。

 だけども、世界地図では、村の正確な位置は分からなかった。

 となると、次は……


 ゴソゴソゴソ


 俺は、首からぶら下げて、服の中に隠していた望みの羅針盤、通称:コンパスを取り出した。

 銀色の針は真っ直ぐに俺の後方を指し、金色の針は真っ直ぐに俺の前方を指している。

 神様曰く、銀色の針は北を、金色の針は俺の望むものを指し示すという。

 という事は即ち、金色の針が指す方向に、テトーンの樹の村が存在しているという事だ。


 俺は試しに、体をクルッと回してみる。

 すると、二つの針は静かに盤の上を移動したものの、銀色の針も金色の針も、変わらず互いの正反対を指し示している。

 更に試しとして、聖地はどこ? と心の中で思ってみる俺。

 すると今度は金色の針だけが、ススス~っと盤の上を移動して、北を指す銀色の針とほぼ重なった。

 そして次は、テトーンの樹の村はどこ? と心の中で思ってみると……

 金色の針はススス~っと盤の上を移動して、銀色の針とは正反対の方角、即ち南を再び指し示した。


 すごいなこれっ!

 本当に、俺の望みを汲み取ってる!!

 これならきっと、この金色の針に従って歩いて行けば、テトーンの樹の村に帰れるはずだ!!!

 よぉ~し……、行くぞうっ!!!!


 俺は意を決して、急な山道を下って行った。








 トコトコトコッと、軽快に山を下る俺。

 なかなかこう、小回りが利く体なので、さほど苦ではない。

 地味に筋トレしていたおかげか、今のところ疲れもない。

 しかし、辺りは徐々に暗くなっていき、山を半分ほど下った頃には、もう真っ暗になってしまっていた。


 まだまだ道は続いているし、ピグモルは暗闇でも目が効くので、進む事は可能だけれども……

 この辺りで一度、歩みを止めた方が良さそうだ。

 何故ならば、先程からずっと、よく聞こえる俺の耳に、何やら生き物の息遣いのような音が届いているのだ。

 匂いはまだ全然感じないから、相手は相当遠い場所にいるのだろうが……

 夜行性の生き物は、大抵が肉食で獰猛だと相場で決まっている。

 彼方が此方に気付いているのかどうかは分からないが、用心に越したことはないだろう。


 キョロキョロと辺りを見渡す俺。

 すると、少し道を逸れた場所に、身を隠せそうな小さな洞穴を見つけた。


 よし……、今晩はあそこで休むとしよう。


 穴の前までやって来た俺は、クンクンと匂いを嗅ぐ。

 中に何者かが潜んでいないか、安全確認だ。

 岩と土の匂い、そして少しばかりの落ち葉の匂い。

 どうやら大丈夫そうだと判断した俺は、そっと穴の中に潜り込んだ。


 穴の中は暗く、ピグモルでも三匹ほどしか入れないような狭さだ。

 しかし、ここなら風も避けられるし、身を隠して夜を過ごすにはちょうど良さそうだ。

 

 よいしょっと腰を下ろし、ふ~っと一息つく俺。

 小腹が空いてきていたので、背負っていた鞄を降ろし、中を漁って、小魚の干物を取り出した。


「炙れば美味しいんだけど……。火があればな~」


 村の掟によって、村の外での火気は厳禁なので、母ちゃんの持たせてくれた荷物の中には火を起こせる道具は一切ない。

 周りを見回すも、火を起こせそうな物は何もなさそうだ。

 風で飛ばされてきた枯葉はいくらかあるが、肝心の火打ち石がないのでどうにもならない。


 仕方ない、このままで我慢するか〜。


 小さく溜息をつき、そのままの小魚の干物をかじろうとした、その時だった。

 暗闇の中で、妙に焦げ臭い匂いを、よく効く俺の鼻が感じ取ったのだ。

 それと同時に、ザリザリと、何かを引きずるような音が聞こえてきた。


 え?

 な……、何か、いる……??


 ドキドキ


『火なら、ここにあるうぉ』


 ひぃいっ!?

 こっ、声がっ!!?

 聞こえたぁあぁぁっ!!??


 ドキドキドキドキ


 心臓が、激しく鼓動する。

 聞き慣れない声は、俺の背後から聞こえてきたようだ。

 

 ドキドキドキドキドキドキ


 ふ、振り返る?

 振り返らなきゃ駄目??

 振り返ったら……、どうなる???


『うぉ〜い。こっちうぉ〜』


 またっ!?

 また聞こえたっ!!?

 絶対後ろだっ!!??


 ドキドキドキドキドキドキドキドキ


 爆発しそうな胸に手を当てて、フーフーと呼吸を整える俺。


 だだっ……、大丈夫っ!

 言葉を話しているから、きっと……、きっと、知能の高い生物のはず!!

 大丈夫、いきなり襲われたりなんかしない……、はずっ!!!


 そして、意を決して、俺は振り返った。


「だ……、誰っ!?」


 暗闇の中で、ぼんやりと光る赤。

 ゆらゆらと揺れるそれは、蝋燭のような小さな火で……

 だけども、そこにいる何者かの姿を顕にするには、充分過ぎる明かりであった。


 なっ!?

 ななななっ!!?

 なんだこいつぅうっ!!??


 俺の真後ろにいたのは、尻尾の先に赤い炎を灯した、小さな小さなトカゲだった。

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