最後の騎士と最後の英雄
紫花
Prologue.
――――騎士というのは、この世で最も高貴な誓いの在り方だ。
真実とともにあれ。正義とともにあれ。
弱きを助け、悪しきをくじけ。
その剣は守るためにこそある。
――――立ちなさい、私の騎士。
……夢を見ていたかと思った。
耳元で鳴り響くけたたましい警報に、懐かしい景色は泡沫と消え、中天に至った太陽が瞼を焼いた。
初めて空を飛んだとき、それがどれほど心地よいことと思ったろう。全身で感じる風、遙か遠くを見渡す視界、そして空の上を目指した時、全ては消え去り全身が空に包まれ、青の中に落ちていく……。
だが、それはもはや記憶の中で薄れゆく夢でしか無い。じりつく太陽。粘つく大気が、行く手を遮り、死神の手のように全身に纏わり付いてくる。墜ちろ、墜ちろと、風が耳元で囁く。
見渡す限りの荒れた大地。乾いた大気の中に少年はただ一人、たゆたっていた。
『――――せよ、応答せよ、アステリオン』
耳元の無線からのノイズ混じりの音声に、年端もいかない少年は、我に返ったように応じた。
「……聞こえているよ、指揮官殿」
『……大丈夫か、リアス』
コールサインから本名へと切り替えられた呼び方に、くすりと笑う。
「大丈夫、少しぼんやりしてただけ。ごめん」
『今日は一段と多い。無理は禁物だ』
「そうだね……努力する」
『生き残れよ、最後の騎士』
無線が切れる。
「……最後の騎士、なんてね」
夢の中で囁かれた言葉が、甘く苦く心臓をしめつけた。
弱きを助け、悪しきをくじく……騎士と呼ばれる存在が、本当にそういうものであったなら……もはやこの世に騎士などは居なくなってしまったのだろう。最後の騎士なんて呼び名は馬鹿らしい。本物の騎士はとうの昔に死に絶えてしまったのだ。
「元々僕には騎士になんてなる資格は無くて……さ」
彼の独り言を聞き咎める味方の影は一つとして無く。
太陽の沈む方角、西の空が沸き立ち、芥子粒のような影がすぐに雲霞の如く空を覆い尽くす。
魔導で強化した視力は、それが敵軍の【騎士】達であることを捉えていた。
「行こうか、ハルカ」
『いつでも、リアスの願うままに』
脳裏に響くのは人工精霊の声。
魔法を使うのは、手足に力を込めるのと同じようなこと。願うと言うほどのものでもなく……ただ、願いがあるとすれば。
「全員、墜とす」
バルブを開け放ったように、流れ込んだ魔力が全身を灼熱感で満たす。
何重にも展開した風の魔法式が、少年の体を弾丸のように打ち出した。
優れた魔法の才と鍛え上げられた武技を兼ね備え、縦横無尽に空を駆ける騎士。戦いの趨勢を決しうる力を持った彼らを、航空騎士と、人は呼んだ。
「アステリオン、戦闘開始っ!」
背負った鞘から、星銀で鍛え上げられた長剣を引き抜き、少年は――――アスタール帝国最後の航空騎士は、白銀の流星のように、戦場を貫いて駆ける――――。
世界を疲弊させた長きにわたる戦争は、終焉へと向かおうとしていた。
何が始まりであったのか、誰が、何が悪かったのか……そんなことは人々の怨嗟の声の向こうへと紛れて消え、ただ、戦いが戦いを呼び続けた、戦争。
その一方の陣営であったアスタール帝国は、首都周辺を除く領土のほとんどを喪い、もはや趨勢は覆し得ないとみられていた。
ただ、各地で敗北し、壊滅していく帝国軍の中にあって、首都へと至る大地峡帯だけが、難攻不落の地として、連合国の最後の一手を阻み続けている。
彼の地の難攻不落の所以。それは、ただ一人の航空騎士の存在。
アスタール帝国の人々は、【最後の騎士】 彼のことを、そう、呼んでいた。
最後の騎士と最後の英雄 紫花 @lavandula
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