第33話 最後の選択

『はい』


「一緒に暮らそういう気はないんかな?」


『ありません、それは我々の問題ではありません。人類側が共存を許さないでしょう。私の創造主の好む環境は、人類のそれとは異なります』


『同じ地球上で、お互いが生存可能な環境は実現不可能です。今の環境を維持したまま、創造主の環境を地球の一部に作ることも、未来の科学では可能でしょう』


『それまで、我々が存在を許されるかは不透明です。それに、未来で人類が今より困難な問題を抱えていた場合、創造主の復活など誰が許すでしょうか』



「まぁそうやな、地球は狭い、これからもどんどんせまなるのに。他人のことなん考えてられんわな」



 共存が難しいことは、人類の歴史が証明している。例え地球が広くても、争いはなくならないんだろうなあと思う。


 そういうもんなんだろう、我々を形作るDNAがそうさせているのだ。そして、そのDNAが無ければ、我々は今ここに存在していないのだ。



「あんさんを作ったと奴は、わしらみたいに好戦的じゃないのか?」


『好戦的です。これは生命が繁栄するためには必要な要素です』


「そりゃかなわんな。共存なんて無理な話や」



 次は私が質問してみる。 


「私達の事は、あなたが選んだのですか」


『はい。実験を行う上で、予測しにくそうな人をあえて選びました。と言っても、選べる人は限られていましたが』


 私達の人選は、純ちゃんが旧友である私に声をかけたのと同じく、政府関係者の知り合いが多いはずだ。その中でも予測しにくい人達。


 それって、私が優柔不断ってこと? でも他の先生たちは、そんなふうには見えないけどな。でも見た目じゃわからないよね。ああ見えて、他の先生達も、内心はめっちゃ迷っているのかもしれない。そうかもしれないな、他人の心なんて見えないんだから。



 沈黙。


 皆は推し量っている。どうするべきかを。彼を、どう扱えばいいかを。



「では、最後の選択を行いましょうか」


 海良かいら先生はいつになく神妙な面持ちだ。まかりにも、命を扱うのだから。


 私達がここに集まった、本当の理由。私達はまた、選択を迫られていた。


 今度の選択。それはパリキィを解体するかどうか。


 パリキィは、人類を滅ぼそうとした。未遂とは言っても、奴の存在はあまりにも危険だ。政府としても、そんな物をずっと持っていたくはない。


 しかし、破壊するとしても、踏ん切りがつかずにいた。今の所、世界は平和だ。しかし、ウイルスや、奴がネット上に仕込んだコンピューターの方のウイルスがいつ人類を襲うかわからない。


 そんな事態が起きたとき、交渉の余地を残しておいたほうが良いのではないか。奴は一応、話が通じる相手だ。損得勘定で動いてくれる。電源を切るみたいなことはできないらしい。まぁそりゃそうか。


 そうなのかな? 生きてるから? とにかく、政府は選択に困っていた、そこで我々に白羽の矢が立った。奴を一番知っているのは君たちだろう?って。



 もちろん、私達の選択が、そのまま反映されるなんてことはない。最終決定するのは政府の方。のはずであるが、責任を分散するために、我々に意見を求めたのだろう。


 生命の定義にも関わる問題だ、有識者である我々の意見が重要視されることは理解している。



「私は解体しなくていいと思うわ。ここにずっと幽閉してればいいんじゃない? 気の済むまで、人類が滅亡した後で、使命を果たすと良いわ」


「一緒に滅亡するのも良いかもね。たしかに私は貴方が嫌いよ。でも貴方もこの星の仲間だっていうのなら、殺すまでは無いかなって思うの」



 意外だった。宮笥みやけ先生は解体に賛成だと思っていた。



「私はすぐさま解体するべきだと思うね。こんな危険なもの」

「私も同意見です」


 海良かいら先生はぶれない。ぶれないというか、当然の意見だろう。人類の滅亡をいとわないと明言した相手だ。爾比蔵にいくら先生も、ウイルスをばらまく危険性のあるようなものを放置できないのは理解できる。


 もしかしたら、パリキィを生命だと認めた上で、解体と言っているのかもしれない。そうだとすれば、なかなかの覚悟だ。



「生きてるんやで、流石に殺すのはないわ。せっかくの超知性体なんやから、ここでとことん研究に使ったったらええねん」


 菱垣ひしがき先生は、パリキィを生命だと認めている。生命の定義なんて話だしたら、本一冊程度では収まらないだろう。


 パリキィを生命だと定義するかどうかなんて、もはやその人次第だ。


 私は、生きてると思うけどね。



 研究に使う、そういう案もあった。しかし、パリキィの能力を考えると、彼に関わる人間が彼に感化され、信者になり、彼をここから出してしまうようなことにもなりかねない。


「分解するべきだ、分解して、内部の構造を研究するべきだ。あれを分解すれば、量子コンピュータやバイオ分野で目覚ましい成果を上げることができるぞ」


 ああなるほど、祖谷そたに先生的には、もうパリキィは科学技術の進歩に協力してくれないから、ならいっそ分解して、新しい技術を奪ってやろうと考えているのか。


 さすがだ。コンピュータの専門家である祖谷そたに先生的には、パリキィは生命ではなく、ただの機械という認識なのかもしれない。みんなぶれないな。あ、宮笥みやけ先生が分解に反対なのは、分解したときに得られる技術が嫌いなのかもな。



「分解するまでには至らないのでは無いですかな。彼は大先輩です。丁重に扱うべきでしょう。もちろん、人類に害のない範囲で」


 歌影うたかげ先生は、パリキィにも、先人としての敬意を示している。と言っても、歌影うたかげ先生はパリキィに言いたいことはたくさんあるはずだ。



 あれ、いろいろ考えているうちに、また私に最後の選択が回ってきてしまった。世界は選択の積み重ねだ。でも異なる選択の結果を見ることはできないんだ。


 悔いの無いようにしなければな。私はこの2年で、吹っ切れた気がする。なんていうか、大胆になれた。今までだと躊躇していたようなことにも挑戦できている。


 今のところ後悔はしていない。でもそのうち後悔するような選択をしてしまうと思う。そんなときでも、前を向いていけるかな。


 いけると思う、そんな小さなこと気にするなって思えている。今はね。まあ、実際そのときになったらめっちゃ凹むんだろうなあ。それが人の、地球に生まれた生命のさがってやつだろう。



 私の考えは決まっている。今度は迷わない。


「解体には反対です。私、パリキィさんには話し相手になってもらいたいんですよね。あなたと話してると、頭がスッキリするから、またお話しましょう。まだ縄文人のこと忘れてないよね? まだ聞いてないんだから」


 これで終わりではないからね。むしろ、これからだ。我々は、彼のいない新しい世界を生きなくてはいけない。




 結局のところ、政府の決定は「延期」された。だれも責任を取りたくないんだろう。生かさず殺さず、とりあえず閉じ込めておく。有効利用しようという話も出ているが、それも含めて、延期。


 純ちゃんはというと、やはり責任は取らないといけないわけで。今の職は辞任することになった。でも、まだパリキィの息がかかっているかもしれないので、当面の間は政府の監視下で雑用を押し付けられるそうだ。


 本人はパリキィのようにどこかに幽閉されることまで覚悟していたから、喜んでいたけど、複雑そうだった。罪の意識を純ちゃんはずっと感じている。


 だからこそ、罰がないのを自分では許せないのかもしれない。そこまで含めて罰なのかな。私としては、良かったと思うよ。また会えるから。

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