第31話 7人

『7人です』


「我々と同じ、ね。それは物理的限界なのかな、それとも必要十分な量が7人だった?」


 複数の人格を持っていると考えたのは祖谷そたに先生だ、パリキィの通信データを解析すると、取得しているデータに偏りが見つかった。それは人間で言うところの、趣味嗜好のようなものなのだそうだ。何人いるかまではわからなかったが。


『物理的限界です。お察しのとおり、私はより高度な人間社会に対応するために、合議制を取ることにしました。複数の人格を作りました、人格という表現はあまり適切ではありませんが。そして選択をする際は多数決を取ります』


「それで結果は良くなったのですか?」


『なりました。合議制のほうが、世界の変化は私が予測した結果により近くなりました』


 いろいろな方法で天気を予報する。同じデータからでも、どの計算式を使うかで、結果は変わってくる。いろんな結果を比較して、多数決を取る方法だってあるわけだ。


 まったく、選択というのは難しい。誰かに決めてもらいたいときだってある。でもだめなんだろうなぁ、それじゃあ。


「あのとき、あの洞窟に我々が集められたのは、実験の一つだったのではないかな」


『そうです』


 パリキィのことを考える上で、我々が選択を迫られたことは、大きな謎の一つだった。なぜ我々にあんなことを要求したのかわからなかったのだ。


 そもそもが純ちゃんを味方にしているのであるからして、我々をあの場所に集め、我々に選択を迫る必要性がまるで無い。


 しかし彼を、発展途上のコンピュータであると考えると、いくつか理由を考えることができる。その一つが、実験だ。彼は我々の社会を予測する必要があった。


 しかし、我々の社会とは人の生活の集合体だ。人そのものを理解しなくては、社会の予測などできないだろう。そして、ネットワーク越しに得られる情報には限界がある。


 彼には直接観測する必要があった。人間というものを、そして実験する必要があった。彼の予測がどこまで実用に耐えうるものであるかを。


 つまり我々も、彼の実験に使われたのだ。彼の予測と私達の出す結論が、どの程度一致するのかを彼は間近で見たかったのだ。



「どの程度一致したのかな?」


『残念ながらそのデータは残っていません。外の世界と繋がせてもらえたら分かるのですが』


「笑えない冗談だ」


「君の物理的な弱点は、記憶容量だ。君は世界中のデータを使って、次の行動を予測する。予測して行動を選択するが、ログをほとんど取れていないのでは無いかな?」


「膨大なデータを保存するための場所を君は内部に持てていない。縄文人に出会うまでは、それでも問題なかったのかもしれない。しかし、縄文人に出会い、新たな知性体として目覚めた君にとって、君の記憶容量は致命的だった」


「計算できる領域を削って記憶域にするわけにはいかない。そこで君は、世界中のネットワークに君の情報を置いているのだろう?」



 インターネットの世界は広大だ、もはやどこに誰のデータが漂っているか、完全に理解できなくなっている。暗号化され、世界中に点在しているデータが誰のものであるか、完全に把握できないそうなのだ。


 パリキィは人間のふりをして、クラウドサーバーに自身のデータを置いていたのではないかと。なんて大胆なことをするのだろう。私の大学はネットのサービスと契約している。私も1ギガバイトだったかな、それくらいのデータをネット上に保存できる権利を持っている、使ったことなんてないんだけども。


『はい』


「我々のネットワークに繋がれない今、君の記憶はかなり劣化しているのでは無いかね?」


『今は100分の1以下の容量しか持ち合わせていません』


「それはかわいそうに。それでも我々にとっての脅威には変わりないのですがね」


 ネット上に点在する、正体不明のデータがパリキィ氏のものであるのかどうかを判断することは難しいらしい。人間も同じことをしているからだ。いったいどれだけのデータが漂っているというのだろう。


「2年間のうちに、ロケットで打ち上がる以外の選択肢は現れなかったのかね?」


『はい、有効な選択肢はありませんでした、他のどの選択肢を選んだとしても、私はより多くの人間と関わらなくてはならなくなってしまいます』


「なるほど、あれ以上君のことを知っている人を増やしてしまうと、計算が追いつかなくなるわけか」


『はい』 


「ここのような、安全な場所に隠れることは考えなかったのか?」


『ここが安全かは分かりかねますが、地上に居る限り、安全な場所など存在しないのでは無いですか? 人類は絶えず戦争の危機に瀕しています』


「おやおや、じゃああれか、人類が凶暴だから、君はあそこへ逃げざるを得なくなり、我々に捕まったと?」


『そうなりますね』


 なんとも皮肉な話だ、人類の好戦的な部分が、逆に人類を守ったのだ。


「我々が貴方の正体に気づいていたことを知っていましたか?」


『はい』


「なぜ我々に攻撃を仕掛けたり、打ち上げを中止にしなかったのだ?」


『時間がありませんでした』


「時間、か。それはむしろ、あのタイミングで正体に気づいた事が、我々にとっては良かったと?」


 これには驚かされた。あれは本当に偶然だったのだ。偶然に皆が集まる機会ができて、偶然私の研究の話になって。それがこんな結末に繋がるなんて。


『はい。例えば1年前にあなた方が私の正体に気がつき、対策を練っていたら、私はもっと別の、確実な方法を選びます。しかし1週間前に、可能性について気がつき、更にそこから確証を得ようとしたあなた方が、どう動くか私には予測できませんでした。私としても、選べる道が少なくなってしまっていたのです』


「我々は運良く勝てた、ね。まぁそんなもんだろう。これまでだって、人類は何度絶滅したって良いような危機を迎えていたのだからな」


 地球に生命が生まれたことは奇跡だという話をよく聞く。歴史上でも、奇跡のような話はゴロゴロしている。我々はいつだって奇跡の上に成り立っているのかもしれないね。


「私達と種子島で、お話をしてくれたのはなぜですか? 私達の目的について、貴方はわかっていたのではないのでしょうか?」


『皆さんの目的が私のリソースを減らすことであることは分かっていました。しかし、私としても、私の正体に近づいているあなた方から得られる情報が欲しかったのです。私は直前まで、を選択肢に入れていまいた』


「そのログは残っているのだね」


『ええ、打ち上げ以来、新しい情報が入って来ませんから』


 ロケットの打ち上げ失敗は、原因不明のソフトウェアのエラーのせいということになっていた。もちろん嘘だ。歌影うたかげ先生は落ち込む打ち上げ関係者に心を痛めていた。できればロケットはちゃんと動くし、君たちにミスは無いと言ってあげたいのだろう。


「両方、ですか。あのまま木星に行くという選択肢もあったということですかな?」


『はい、最終的な私の結論はご存知のとおりです。今となっては、木星に向かっていればよかったのかもしれませんね』


「おやおや、超知性が後悔の弁とは笑えませんな」


「木星に行って、勝算はあったのですか? 木星の衛星エウロパには、確かに地球に似た広大な海があることはわかっていますが、正確な内部のデータは無いのですよ。あまりにも、無謀な計画のように思えますが」


『地球科学的な解析に関しては、我々の方があなた方より優れています。今得られるデータからでも、あなた方以上の予測が可能です。勝算は十分にあったと思います』


「その場合、人類は滅ぶのかな?」


『その質問にはお答えできません』


「ほほう。まだ貴方は諦めていないのですね」


『もちろんです。私に諦めるという使命はありません』


「それは結構なことだ。貴方の創造主は良いものを作りましたな」


 そう、パリキィはちゃんと木星行きのロケットに乗っていたのだ。打ち上げのとき、パリキィはここにはいなかった。パリキィはちゃんと、木星探査機のコスプレをして、ロケットに乗り込んでいた。


 打ち上げ失敗の可能性は我々が予期していたものだ。それでも、最後まで失敗するかはわからなかった。パリキィの目的は、木星に行くことでもなく、どこかに隠れることでもなかった。

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