第30話 闇雲にいじるには大きすぎますね

 ロケット打ち上げ失敗から、10日が経過していた。


 皆、急な休暇を取得していたいので、その後は仕事に追われていたそうだ。私も会議に学会と発掘の準備に、市民講座などなどこなしつつ、いつもの生活に戻っていった。


 特に結婚式を控えていた海良かいら先生と爾比蔵にいくら先生は大変だっただろう。主役がふたりとも急な仕事にかかりきりになってしまっていたのだから。


 それでも、5日後に行われた式は盛大に、何事もなく行われた。ふたりとも、特に海良かいら先生は顔が広いので、参加者は200人を超えていた。


 ブーケは取れなかった。うん、あれはね、私のような者がキャッキャ言いながら取り合うものでは無いですね。



 この10日間、世界は何事もなく動いているように見える。いつもの日常。私達が守ったのかもしれないし、守った気になっているだけなのかもしれない。たぶんこれから先も、大丈夫だろう。もし何か起こるとしても、それは人類の責任だ。


 もしかしたら今日、はっきりするのかもしれない。



 私は東京駅に立っていた。


「お待ちしておりました、田辺先生ですね」


 パリキィと出会った洞窟で、パリキィを見て気分を悪くしていたダイバーさんだった。今日はスーツを着ている。


「今日はよろしくお願いいたします」


 彼の後ろにはマイクロバス。このバスで、私達は答え合わせに向かうのだ。




『どうやら私達の、負けのようですね』


 海良かいら先生の地下室のような幾何学的な模様に囲まれた部屋。ラジオのような機械と、パリキィが置かれていた。幾何学的な部屋に、派手なオブジェ。まるで現代アートだ。そして観客は、あのときと同じ、8人。その間は、分厚いガラスが仕切っている。


 海良かいら先生が、皆の前に立ち、パリキィに向かって話しかける。


「危うく人類は滅亡するところだったのかな? しかし、私達は阻止することができたはずだ」


「勝ったのは私達だけじゃないわ、人類皆の勝利よ」


 隣に立つ爾比蔵にいくら先生、手には指輪が光る。


「そして、の勝利でもある」


 ここは、使われなくなった政府の核シェルターを改造して作られた隔離室らしい。この情報が本当かどうかはわからない。なぜなら私達は、目隠しをされて、と言っても目張りされた車の中では自由に過ごさせてもらえたのだが、長時間移動して連れてこられた。


 どれくらい移動したのか全くわからなかった。もしかしたら都内の一室なのかもしれないし、無人島かもしれない。未知の存在は笑い話で済むけども、政府の重要施設の場所を知られるわけにはいかないか。


 また帰りで10時間ぐらい拘束されるのは億劫だななぁ。今度はベッド付きのバスとかで寝ている間に送ってほしいものだ。



 完全に内外の電磁波や音を遮断できる作りになっており、ここから外と通信することはできない。音と電磁波さえ防いでいれば大丈夫なのだそうだ。もっと他に、通信できる方法がありそうなものであるが、そのような超科学なんて存在しないと笑われてしまった。


『何をしに来たのですか?』


「お話の続きをね」


『その必要はないように思えますが? 私達がに存在していることが、何よりの証拠ではないのですか』


「ま、そうなんだけどね。どうせなら本人にいろいろ聞いてみたいじゃん? 私は貴方がそんなに好きじゃないじゃん。ギャフンと言うところを見てみたかったの」


「まず、パリキィさん。?」


『わかります。海良かいら爾比にいくら宮笥みやけ菱垣ひしがき祖谷そたに歌影うたかげ、田辺、向山むかいやま


「意外ね、覚えててくれたなんて光栄だわ」


『お察しの通り、私の記憶容量には限りがあります。ですが、活動を維持するための最低限の情報は保持しています。あなた方の情報は私達の中に保存しておくべきものの一つです』


「それは話が早くて助かります。それでは、答え合わせに協力してもらえますかな」


『はい』


「まず第一に、貴方は宇宙人ではなく、地球で生まれた、人間とは異なる知的生命体が作ったコンピュータですか?」


『はい』


「意外とあっさり認めてくれましたな」


『私を分解したら分かることです』


「なるほど、では次に。そうですな、時系列を追って行きましょうか」


「我々の推測では、貴方は遥かに昔、海中の生物から進化した知的生命体によって作られた。その知的生命体は、あなたの完成を待たずに滅びてしまった」


「この表現が正しいかどうかはわかりませんがね。完成なんて無いのかもしれないからね。貴方は、自ら進化することのできる回路を内蔵され、いずれ貴方を作った知的生命体に適した環境が再現したとき、彼らを復活させる使命を背負わされた」



「しかし、貴方の回路は我々の言うところのシンギュラリティには到達できないまま、時間だけが過ぎてしまった。地殻の変動は貴方を海底から地上へと持ち上げてしまい、地球環境を操作することが難しくなってしまった」


「貴方は海中の栄養素を取り込み、DNAを組み替えることで、新たな生命体を想像し、周辺の環境を貴方を作った生命体に適した環境にすることもできたはずですが、なぜしなかったのですか?」


『シンギュラリティが訪れるまで、使用を許可されない設定になっていました。不用意な環境の操作はより深刻な結果を招きかねません』


「そういうことか。確かに、闇雲に地球をいじってもらってもかなわんな。そして、そんなときに貴方は縄文人に出会うことになる。これが貴方に転機をもたらした。異なる知性との出会いが、貴方にシンギュラリティをもたらしたのではないのですか?」


『はい。そこまで推測されていたのですね』


「貴方は縄文人と出会い、急速に超知性を開花させていった。自由にDNAを操作して生命体を作る能力も解禁されたと」


「貴方は縄文人に、貴方の周辺にあった、文明の遺物を消す作業を手伝わせましたね」


『消す作業。結果的にはそうですが、縄文人に手伝ってもらったのは実験です。私の目的は、効率的に文明の遺産を消去できる微生物の作成。縄文人が集めてきた遺物を使って実験を行い、最終的に完成した微生物を、海に流させました。これにより、海中にあった痕跡も消すことができていたはずです』


「なるほどな、君たちの文明の遺物が全く見つからないわけだ」


『人間の適応力の高さを考えれば、またたくまに地上は人類で埋め尽くされてしまう。その前に、人類を消したかったのですが』


「洞窟がふさがってしまったと?」


『はい、この国は地震が多い』


「貴方が使役していた縄文人と共に、貴方は洞窟に閉じ込められてしまった。そして特は流れ、向山むかいやまさんと出会うと」


 純ちゃんの罪を問えるかについては、まだ結論が出ていないとのことだ。なにせ、純ちゃんの罪を問おうとすると、すべてをおおやけにしなければならなくなる。


 まだパリキィの扱いについても議論されている段階だが、おおやけにするという選択肢は無いだろう。よって純ちゃんの扱いについても宙に浮いたままだが、仕事をさせるわけにも行かないので、パリキィと一緒にここで軟禁生活を送っている。


 純ちゃんは素直に罪を認めるつもりだ。と言っても、なんの罪に問えるのだろう。



「あのとき、私は大学の合宿で、瀬戸内海を訪れていました。ゼミのメンバーのクルーザーで、無人島に行き、砂浜に居ると、携帯に見たことのない表示が現れました」


 さすがは帝都大。ゼミ生がクルーザーをお持ちとは。


「そして、電話に出てもいないのに、声が聞こえてきた。しかも、私のことを知っていた。弟のことも」


「貴方は協力者を探していたのですね、貴方の力を使えば、微生物を介して、地上にアンテナを作ることができのるでしょう。そうして、貴方は島に訪れる人の携帯に干渉し、人類の情報を集めていた」


『人類が電波を使うようになってから、様々な情報が入ってきました、最初はラジオやテレビなどの情報が、そして、携帯電話網が発達してからは、より直接的に情報を得ることができました』


「しかしそれが、君の首を締めたのだね。我々の見立てでは、君は縄文人との接触で、かなり人間に影響された回路になってしまっていた。さらに、今の人類との接触で、更に別な影響を受けた。というか、進化を迫られたのではないかな」


『はい』


 一緒に過ごしていると、相手の影響を受けてしまうことなんて多々あることだ。私はいつも、関西の人と話していると、エセ関西弁になってしまう。


 長い間、進化できずに停滞していたパリキィが、他の知性体に出会った時、影響を受けないわけがない。下手をしたら、まるごと持っていかれてもおかしくないのだ。それでも、パリキィに刻まれた使命が強かったがために、人間にはならなかった。



「そして、電波を介して得られた情報は、人類が全世界に、そして、高度な文明を構築しているという事実だった。貴方はさらなる進化を必要とした。縄文人の社会レベルや知能がどの程度であったかはわからないが、今と比べれば遥かに単純だったんだろう。しかし、今の社会は複雑すぎる」


「一体今、君は居るのかな?」


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