第28話 お話は優雅にするものよ

 まずは代表して、海良かいら先生が話しだした。


「こんにちは、パリキィさん。2年ぶりですね」


『またお話できて光栄です』


 あの時と、同じ声。でも、口調が前より砕けている気がする。


「今日は、私達が研究してきた、パリキィさんについての考察を聞いてもらいたくて、この場を用意してもらいました。時間は十分にあります。世間話でもしましょうか」


『いい天気ですね』


「はっはっは、天気の話か。これはこれは。いい天気ですな、絶好の打ち上げ日和だ。今日が快晴であることは、いつ頃からわかっていたのですかな?」


『1週間前と言ったところでしょうか。夏の天気は変わりやすいので、予測は難しいですね』


「そんなものですか、原因は情報の少なさでしょうか?」


 天気予報の話は聞いたことがあった。バタフライエフェクトと言うやつだ。天気を予測するためには、今現在の世界の状態を知る必要がある。


 簡単な話だ、雲は西から東に動いていく。だったら、日本よりもっと西の状態を知ることができれば、天気の予測ができる。


 もちろん、もっと天気はもっと複雑なので、西の天気や、海の温度、水蒸気の量などを観測して、気象モデルを使って複雑な計算を行い、今日の天気は予測される。


 地球は丸いので、理想を言えば、地球全体の観測データも欲しいところだ。今の観測できるデータが十分な量かといえば、そんなことはなくて。


 明日の天気ぐらいなら、データを少し変えたぐらいでは変わらない。しかし極端な話、百万のデータの内、一つでも異なったデータを入力したとき、明日の天気は変わらなくても、1週間後の天気が全く異なって予報されてしまうことだってある。


 これがバタフライエフェクト。ブラジルで蝶が羽ばたくかどうかで、テキサスで竜巻が起こるかどうかが決まってしまうというお話。


『はい、気象モデルの最適化にも限界があります』


「気象でさえそんなところですか、ならば、人間ならもっと難しいのでしょうな。我々の予測では、あなたの行動は瞬間瞬間に計算される分岐の内、一番あなたの目的に沿った分岐を選び続けるというものだ」


「この点において、人類には絶対に真似できない。むしろ我々は、選択する度に間違っていると言っても過言では無かろう。そのような人類は、あなたからはどのように見えるのでしょうかな?」



『私は確かに、海良かいら様のおっしゃるように、最良の分岐を選び続けています。しかし、本質的にはあなた方の選択と変わらないと考えています』


「世界が複雑すぎるから?」


宮笥みやけ様、それが一つの理由です。世界は私の思考の限界より遥かに複雑になってしまいました。残念ながら、私の予測精度あなた方が思っているよりはるかに低いのですよ』


「ではあなたのハードウェアをもっと拡張すれば、考えは変わりますかな?」


『それはつまり、私がすべてを予測し尽くせる存在になれるかという意味ですか。祖谷そたに様、あなたはすでに理解されているのではないですか? 不可能であると』


「そうかな、そのうち天気予報は100%当たるようになると思うがね、私は」


『本質的には天気予報と同じ話です。明日の天気ぐらいなら、100%の予測もできるでしょう。しかし、明日の天気だけが知りたいわけではありませんからね』


『今の世界は、様々な限界を超えています。世界中のすべての人が、ネットに接続された端末を所持していて、観測可能であったとしても、今度は情報を集約する際の通信網が問題になるでしょう』


「みながあんたを持ってればええんと違うか? 同じ目的をもったあんさんが、そこかしこにおれば、通信なんてしなくても、目的に沿った行動ができるんと違うか?」


『それは可能ですが、柔軟性に欠けますね、菱垣ひしがき先生。確かに、私の分身がそこかしこに存在し、同じ目的のために、各自の判断で行動すれば、通信の問題は解決されるでしょう』


『同じ目的を共有していれば、他の私がどう考えるかを予測することは簡単ですから、通信をせずとも、選択が可能になる。しかし、その場合、私は進化ができなくなります』


『各自が進化してしまった場合、他の私が何を考えているかわからなくなってしまう。進化が進めば、まったく異なる考えを持った私すら生まれてしまいます。同じ目的を持っているはずなのに。これでは意味がありません』



「なんか人間的な話ですね。各人の判断で行動すればするほど、組織はだめになってしまう。だからってトップダウンでやってしまうと、末端の柔軟性が失われてしまう」


『そうです、田辺先生。結局の所、私はあなた達と同様の壁に当たってしまうのです』


「同じ壁、ねぇ。なるほど巡回セールスマン問題でも、行き先が一つ増える度に、難易度は跳ね上がる。あの問題は量子コンピュータなら解決できるが、人間同士の相互作用を考えて未来を予測することなど不可能か」


「これが1つ目の理由と言ったが、他にはどんな理由があるのかな?」



『私の選択を誰が評価するのか、ということです』


「決めるのは貴方でもなければ私達ではないと言うことですね。百年後、千年後の人々が、我々の行いを評価する。今の私達が歴史を評価しているように」


「そもそもが、今の私達の価値観が、百年後も同じだとは限らない。そして千年後も。全ては移ろいゆくものだからこそ、こんな議論には意味がないと?」

 


『そうです。私は私の使命にのっとって、選択しています。しかし、使命にのっとっているかどうかも、私が判断するのです。これは大きな矛盾をはらむ場合もあるのです』


「つまり、我々は選択する上で、DNAに逆らうことはできない。パリキィさん、たしかに貴方も、使命という名のDNAを持っているのかもしれませんが、それが我々のものと同質のものであるとおっしゃりたいのですか?」


『はい。爾比蔵にいくら様。私はDNAで縛られているあなた方と比べてより厳格な選択を迫られます。もちろん、より柔軟な思想をもたらすような選択をすることも可能ですが、その必要性があるでしょうか?』


「ないだろうな。そんな事をしたところで、結果の評価方法がわからないのだから意味はない」


 今日は別な道で帰ってみよう。そんな行動の結果と、いつもどおりの道に進んだ結果。とちらが良いだろうか。片方を選べば、片方の結果はわからない。だったら、いつもどおりで良いじゃない。


『そのとおりです、それこそが私とあなたがたがする選択が同質であるという根拠です』


「では、貴方と私達の違いとはなんですか?」


『違いはありません』


「無い。ですか。それはまた、容易には理解しがたいですな。例えば感情などはどうでしょうか? 貴方に感情はありますか?」


『あなた方は、ここに来るにあたって、自らの感情に従って来たと思っていますね。しかし、それは本質でしょうか? 感情というのは、DNAから作られた、脳の命令に従って行動しているだけとも考えることができます』


『あなた方は人間だけが高度な感情を持ち合わせていると考えているからこそ、自らの感情に得意性を見出していますが、私を形作る回路となにか異なる点があるでしょうか?』



「つまり、貴方が瞬間瞬間にすべての分岐を計算して、最良の結果を選んでいるという行為もまた、感情と言えるのではないか。そういうことですか」


『はい』



「なるほどでは別の質問をしましょう。例えば貴方は、この黒豚をたべて美味しいと思う感情を完全に理解することができるだろうか」


「いろいろな方法がありますね。わかりやすいのは、感情のデータ、人間の行動や、創造物などのデータを入力し、解析することで、美味しいという概念を理解するとういう方法」


「しかしこれは、あくまで理解であり完全に理解したかと言えば違うでしょう。あくまで真似事に過ぎません。では、もっと直接的な方法はどうでしょう。仮想的な世界を立ち上げて、DNAから人間1人をシミュレートする。これならば、完全に理解できるかもしれない」


『原理的には不可能ではありません』


「その行為に意味があれば、か」

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