第3章 白か黒か

第19話 鬼の居ぬ島

「機械を作る機械やと、生物を作るためには生物を作る機械を作らなあかんのやろ。せやったら、最初っから生物を作れる機械を埋めたらええ」


「確かに理にかなってますが、パリキィは生物を作れるようには見えませんが」


「そりゃあ人間レベルの生物を作れる機械なんて数万年も埋めてて動きますかいな」


「つまり、微生物を作れる機械ではないかと?」


「そや、わてらが見た光る苔も、奴が作ったんと違うんか?」


「確かに……。しかしそうだとすると、かなりやばくない?」


「人類に有害な微生物を作れる可能性があるってことでしょ?」


「奴が地球圏を抜けた途端に人類がパンデミックに襲われたら、洒落になりませんな。自由に作れるのだとしたら、極めて効果的に人類を滅亡に追い込めるウイルスだって作れるかもしれない。そんなことされたら、宇宙に逃げた奴を追いかけるなんてこともできなくなるだろう」


「すでにウイルスがばらまかれている可能性は?」


「ありますが、どうでしょう。パリキィとしては確実に宇宙に上がった後で人類を滅亡させる必要がありますが、ロケットの打ち上げに関しては不測の事態もありますから、下手なことはできないと思いますよ。例えば、打ち上げ予定日の一週間後にパンデミックが起こるようなウイルスをばら撒くなんてことはしないはずです」


「しかし宇宙からウイルスをばら撒くことはできませんから、宇宙から何らかの指示を出してウイルスをばらまかせるしかありませんね」


「その線は良いかもしれないね、ウイルスの証拠が上がれば奴が黒だって証明できる」 


 時計の針は午前2時を回っていた。流石に皆にも疲労の表情が見える。


 最後に、今後の方針が議論された。残された時間は後7日。その間に、パリキィ氏が白か黒かを結論付ける。黒である場合は、計画を阻止する。


 私達だけで。できるだろうか? 相手はあまりにも強大だ。だが我々にだって研究者としての、人間としての意地がある。

 


 3つの班に分かれて活動することになった。遺跡班の私、祖谷そたに氏、宮笥みやけ先生はパリキィが発見された遺跡の再調査に向かう。


ウイルス班の爾比蔵にいくら先生、菱垣ひしがき先生は光る苔の研究結果の詳細を調べ、パリキィの能力について調べる。さらに、どうすればウイルスが効率的に広げられるかを考える。


 ロケット班の歌影うたかげ先生と海良かいら先生は、ロケット打ち上げ前後のパリキィの状態をシミュレートして、発射妨害や発射後の破壊について検討する。

 



 今日はもう遅いので、明日岡山へ向けて出発する事になった。ホテルで仮眠を取り、翌朝の新幹線にのった。パリキィ氏搬出のため、島は国に買い取られ、地上から横穴をパリキィのあるところまで掘る作業が行われた。その際には、別段目を引くようなものは見つからなかった。

 


 硬い岩盤に覆われていたらしく、どうやってパリキィをそこに持っていったのかは分からなかった。もしかしたら、あの場所で組み立てられたのだろうか。


 パリキィ氏は1ヶ月前に搬出されており、今はなにもないはずだ。事前に遺跡に入れるか確認することも考えたが、パリキィ氏が察知することを恐れてやめることにした。しかし、私達3人が岡山に向かているという事実から簡単に目的がわかりそうなものである。

 


 今回のメンバーは私と祖谷そたに氏と宮笥みやけ先生。契約を決める時、この二人の意見は真っ向から対立していた。二人の目指す方向は似ているようで全く異なる。


人類だけでは到達できないような技術を見てみたいという祖谷そたに氏と、人類だけが作れるものに価値を見出す宮笥みやけ先生。


 どちらが正しいかなんて誰にも決めれないわけだけど。私としては、どっちも見てみたいな。それが不可能であるから二人は対立しているのだけれども。



 どちらにしろ、人類が滅亡してもらってはお話にならない。新幹線で食事を済ませた我々はタクシーで岡山港に向かう。ここには自衛隊の臨時駐屯地が開設されていた。


 海良かいら先生によると、事前に話はつけてあると言っていた。事前とはいつだろうか、海良かいら先生は最初からパリキィ氏について疑っていた。だからこそ、様々な裏工作をしてきたのだという。


 ここの隊長に言えば、調査はフリーパスでさせてもらえるそうだ。といっても、もともと私と爾比蔵にいくら先生には調査する権利が与えられている。私としても、パリキィが鎮座していた部屋の調査の計画を立てていたところだ。と言っても事前の調整が必要なので、飛び込みでは不可能なのだが。



 「鬼ヶ島クルージング」これが駐屯地の名称だ。自衛隊の基地と堂々と書くわけにもいかないので、富裕層向けのクルージング業者として事務所を構えているらしい。屈強な男たちが次々と乗り込んでいく豪華クルーザーはさぞかし不気味だろう。

 

 幸運にも隊長さんは在室で、我々が調査の旨を伝えると、承っていると言って、手配してくれた。午後イチの便で隊員とともに連れて行ってくれるそうだ。パリキィ氏の搬出後も島は自衛隊の管理下に置かれている。


 パリキィ氏以外に島にパリキィと関連するものが存在しているかとの問に「お答えできません」と言われてしまっては、島をそのままにしておくわけにもいかなかったのだそうだ。よって島ではまだ三交代で監視が行われている。

 


 クルーザーで島に向けて出発する。鬼ヶ島に。鬼の居ない鬼ヶ島。正直言って、ここに何があるかはわからない。しかし、パリキィ氏が地球由来であると考え直したからこそ見いだせるものもあるかもしれない。我々には情報が少なすぎる。ここ以外にパリキィ氏の由来に迫れるものなど無いのだ。


 「水着を着なくていいっていうのは素敵ね」


 宮笥みやけ先生は楽しそうだ。楽しんでいるように振る舞っているのか、本当に楽しんでいるのかはわからない。


 二年前、我々が水中へ潜ったところの反対側、島に作られた港に到着した。ここから少しのところから横穴が掘ってあり、その先がパリキィ氏の置かれていた部屋へとつながっている。

 


 久しぶりだ、いつも二年前のことを思い出しては、一人反省会をしていた。今度こそ、私は役に立てるだろうか。


 パリキィ氏を搬出するための大きなトンネルを抜けて、パリキィ氏の鎮座していた部屋に到着した。もうここに光る苔の姿はなかった。光る苔は、二年前に我々が去った後、すぐに死滅してしまったっらしい。


 ほとんどサンプルが取れなかったとのことだ、なぜ死滅したかもわからないままだった。それでも遺伝子情報だけは残せたので、解析を行うとのことだった。そっちは爾比蔵にいくら先生たちが調べてくれているはずだ。



 光る苔の代わりに、LEDライトが煌々とあたりを照らしていた。

 

「さてと、どこから探しますかな?」

「もちろんここを掘るんですよ」

「わんわん」


 一体何が出てくれば正解なのか、それすらわからないが、兎にも角にも掘らないことには始まらない。遺跡調発掘用の用具は三人分用意してきた、二人共要領がいいので、すぐに戦力になってくれた。


 パリキィ氏の移設の記録によると、パリキィ氏は70cmほど土に埋まっていたそうだ。さらにパリキィ氏の下にも泥があったとのことだ。つまりこの部屋は雨水で上から染み出してきた泥で埋まっており、その中になにか隠れている可能性があるということだ。


 隣の部屋、縄文人の骨と土器のあった部屋は私が発掘作業を行ったが、縄文人の遺物以外の物体は見つかっていない。祖谷そたに氏と宮笥みやけ先生が調べた物体以外には、未知の技術で作られたものは見つかっていないのだ。



 もしかしたら、ここに埋まっているかもしれないわけだ。そこに、パリキィ氏が地球由来かどうかを知るヒントがあるかもしれない。正直、無策な話だと思う。それでも我々にはこれぐらいしかできることが無いのだ。あまりに情報が少なすぎる。

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