第17話 決意の由来

 歌影うたかげ先生は今日も紳士だ。シルクハットとステッキこそ持っていないが。この紳士的な格好を続けているのは、人類が長い時間をかけて洗練させてきた結晶だからだそうだ。


 彼の信念は人類が積み上げてきたものに対する敬意と期待なのかもしれない。結局彼がJAXAを離れなかったのは、最後まで見届けたかったのかもしれない、例え外部の手が入ったとしても。


 そして彼は、パリキィ氏が地球由来の生物の作ったものであるかもしれないと聞いた時、どう思ったのだろうか。人類とは違うけども、地球で生まれた知的生物。兄弟だと思って受け入れられるのだろうか、他人だと思って受け入れられないのだろうか。



「私は前にも同じ話をしたかと思いますが、この広い宇宙で、異星人と遭遇する確率なんてほとんどありません。しかし、これが同じ地球上で発生した、人間とは別の知的生命体だと確率はぐんと上がります。なにせ人間がそれを証明しているのですから。人類が地球上に現れてからまだ数十万年と言われています。地球に生命が誕生してからの38億年と比べると微々たるものですよ。他に知的生命体が発生していても全く不思議ではありません」


「しかしそうすると、彼女もあちら側ということなのですかな」


 彼女、彼女とは誰のことだ。


「彼女、向山むかいやまはんはパリキィはんの仲間ということでっか?」


 このおっちゃんは何を言い出すのだ。


「純ちゃんが敵? そんなわけ無いでしょ!」


 ついつい感情的になってしまう。でも、でも純ちゃんが敵認定されようとしているのだ。


「そう言えばあんさんは向山むかいやまはんのお友達やったんですな?」


「そうですけど」


「なにか、変わったところとかありまへんでしたか?」


「あるわけ無いでしょ! 純ちゃんは純ちゃんだよ!」


「彼女は、帝都大の医学部から防衛庁に入っているみたいだけど、なぜかは知っている?」


「え」


 それは私も気になっていたことだった。

 だって彼女が医学部に行った理由は。


 私の考えを見越したかのように、海良かいら先生は私を見ている。


「なにか思い当たるフシがあるのかね?」


 彼女が医学部を先行した理由、それは――。


「純ちゃんには、病気の弟がいました。当時の医学ではどうしようもない病気で、このままだと一生ベッドから起き上がれないと言っていました。だから純ちゃんは、弟をどうにかしてあげたいと言って、医学部を志したと」


「でも純ちゃんは帝都大学に入ったあと、医師の道に進まず、防衛庁に入りました。弟さんのことを聞いたとき、画期的な治療法が考案されたために、完治に向かっていると。今度は弟が安心して暮らせるように国を守りたいと、防衛庁に来たと言っていました」


「弟さんの病名とか、詳しい話は聞いていません」


「なんとも言えないね。怪しいような気もするし、無関係な気もする。でも向山むかいやまさんのとった行動は、パリキィ氏が黒だとすると、怪しいんだよね。彼女はパリキィ氏が宇宙人だと何度も明言していた気がする」


「待って、そもそもパリキィ氏が本当に地球を侵略しようとしてるかまだわからないんだから、純ちゃんを責めないで」


 いたたまれなくなった。みんなで寄ってたかって、純ちゃんが悪者だなんて。そもそも、パリキィ氏が本当に地球を侵略しようとしているかもわからないのに。


「そうじゃのう、ほんまにパリキィ氏は敵なんか? いまのところ、可能性があるってところやろ」


「そうですね、とりあえずこれまでの話をまとめてみましょう」


 そこからみんなで議論して、現状を確認した。


 一つ目は、パリキィ氏が地球由来の生物が作成した物体である可能性。いまのところ、それを判断できる確定的な証拠は見つかっていない。


 まず宇宙人である可能性と、地球由来である可能性を比較した場合、地球由来である可能性が高いということだ。さらに、パリキィ氏が自らのことを宇宙人と名乗っていないことも不可解だ。


 これはパリキィ氏が嘘のつけない設定になっていると仮定すると説明できる。彼の言動を見る限り、宇宙人だった場合に宇宙人であることを名乗らない合理的な説明ができないのだ。



 二つ目に、彼が地球由来であった場合、本当に人類と敵対するのか。これについては、「帰還」と「木星」という言葉がキーになる。


 単純に帰還するだけならば、木星に行く必要などない。帰還という言葉が、パリキィ氏を生み出した生命が再び誕生することのみを指す可能性もある。


 その場合、彼の目的地は木星ではなく、木星の衛星の一つ、エウロパだろう。エウロパには地球と似たような環境があると指摘されている。


 彼がエウロパに新たな生物圏を作ることを「帰還」と呼んでいるのであれば、近々の地球人に対する影響は少ないのかもしれない。何百年後かに地球を巡って争うことになるかもしれないが。


 一方で、帰還が地球を対象としたものであった場合、敵対することになる。ここは難しいところだ、パリキィ氏のアルゴリズムが地球とエウロパでどちらの方が種の敵性が高いと判断するかによる。


 エウロパが彼らにとって理想的な環境であるならばあちらに定住してくれる可能性もあるが、エウロパが知的生命体を維持するに足る安定度を持っているかは微妙なところらしい。


 木星の影響下にあるエウロパは絶えず地殻変動が起きているような状態なのだそうだ。そんなところで安定的に知的生命体を維持することは困難に思える。つまり、地球を狙ったほうが目的を達成できる可能性が高い。



 三つ目に、純ちゃんが彼の支配下に置かれていると考えた場合、パリキィ氏は10年前から活動していることになる。なぜ彼は今になって動き出したのだろうか。


 その答えに関しては、人類が近いうちにシンギュラリティを迎える可能性があるからだろうと結論付けられた。パリキィ氏はすでに人間を遥かに超える知性を持っているが、人間もそれに対抗できる知性を手に入れてしまっては、パリキィ氏に勝ち目が完全になくなってしまう。



 彼の手の内など簡単にわかってしまうだろう。そうなってからではパリキィ氏は自由に行動できなくなる。だから彼は急いで木星に行こうとした。しかしそうなると、なぜいまなのか、なぜ10年前ではなくいまなのか。これには純ちゃんが関係しているのかもしれない。


 彼の手下である純ちゃんが政府の要職に就いた今だからこそ実行できる計画であったからだ。彼の手下が他の職であったなら、人知れず宇宙に行く計画など不可能だったはずだ。


 考えれば考える程、周到に計画が練られているように感じてしまう。しかし証拠はまったくない。我々の想像の中だけに存在する危機。嘘であってほしい。



 つまるところ、怪しいのであるが、証拠がないのでどうしようもない。という結論だった。しかし、この件に関わった、あの結論を出した私達にはパリキィ氏が無害であるということを証明する義務があるのではないか。


 みんははどう思っているのだろうか、いや、そんなことはどうでもいいことだ。これは私が決めることだ。



「私は、パリキィ氏が黒か白か、はっきりさせたい。私のためにも、純ちゃんのためにも」


 私の表明に、みんな少し驚いたようだ。無理もない。あのとき、震えながら皆の前で答えを出した私だ。今は何故か、落ち着いていた。あの経験はたしかに私を強くしてくれたようだ。

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