第16話 私の帰るはあなたのお出かけ

 海良かいら先生の自宅は祝う会場から6駅ほど離れた閑静な住宅街にあった。さすがはテレビに出ている人だ。立派な一軒家だった。真新しい2階建てで、小さいながら庭もある。


 海良かいら先生はあれからも国政政治についての研究を続ける傍ら、宇宙法の研究を本格的に始めていた。



 海良かいら先生は疑り深い。基本的には誰のことも信じていないように思える。その根源がなんであるかまで聞く勇気はなかったが、根深いものなのだろう。我々と話していても、一歩引いて接しているように思えた。


 しかし彼と深く話していると、彼のことを悪く思うことはできなくなる。彼は確かに人を信用していないし、その旨を堂々と我々にも伝えてくる。しかしどんな人に対して敬意を忘れないし、私自身が言ったことを忘れているようなことすら覚えていて助けてくれたりもする。

 

 彼の研究の根源はそこにあるのかもしれない。国と国との壮大な化かしあいである国際政治。すべてを疑わなければならないのだろう。だからこそ、パリキィ氏のことを最後まで疑っていたし、今も疑っているようだ。



 家に入るなり海良かいら先生は、爾比蔵にいくらさんに全員分の飲み物とおつまみを持ってくるように指示した後、皆を地下室へ案内した。地下室がある家なんて初めて見た、東京では普通なのだろうか。



 地下室は二人の愛の巣と言うにはいささか殺風景な部屋であった。見慣れない壁の模様、これは防音のためだろうか、学校の音楽室に近い気がする。


 扉も重厚だった。低めのテーブルを囲うように、L字のソファーが2つある。いったいなんのための部屋なのだろうか、見たところ楽器があるわけでもなく、ホームシアターというわけでもなさそうだ。ただ騒ぐための部屋?



 爾比蔵にいくら先生が、急いで飲み物とおつまみを持ってきた後、扉を締めたことを確認して、海良かいら先生は話しだした。


「やっと話せます。ここは会話を傍受されることがない部屋です」


「電波暗室に防音もついているのですかな」


「そのとおりです」

「どうされたんですか、なぜこのような場に?」


 私の話を聞いているうちに、海良かいら先生は顔面蒼白になってしまったので責任を感じてしまう。せっかくの幸せな時間だろうに。


「私の思い違いであったらいいのですが。もしかしたら、人類は大変な危機に陥っているのかもしれません」

 

「奴、パリキィが地球の生物が作ったものだった場合、人類に残された時間はもう後少しなのかもしれません」


 いきなり何を言い出すのだ。今世界は新しい技術を使って平和への道を歩もうとしているはずだ。


 それに、パリキィを木星に送ってしまえば悪さなんてできないだろうに。


「奴は、『帰還を果たすため木星に行くと』言った。これは奴が宇宙人だった場合、問題はない。だが、奴が地球の生物が作ったものであった場合、全く違う意味になる。帰還とはなんだ? 奴はもう地球にいるんだぞ、帰る必要などないはずだ。ではなぜ木星に行くことが『帰還』になる?」


 帰還とは帰ること。私に置き換えてみる。私は家から家に帰る? 私は家に居るが、家に帰るために他の場所に行く。


 それはなぜか、家にいられない理由があるから? ではその理由は? 私が家にいられない理由。家が家としての機能を果たしていないから?



「人間のせい?」


 宮笥みやけ先生は今日もフリフリのドレスのような服を着ている。


 人間のせい。

 人間のせい。


 私が起きた時、他の人が私の家に居た。私は怖くなって他の場所に行き、私の家にいる人を追い出さなければならない。



「そうだ、人間だよ。奴が地球上の生物由来のものだとしたら、ある程度奴の存在理由に予測をつけることができる。一番の可能性は、『種の保存』」


「奴の使命が種の保存であるということは、奴の使命は奴を作った知的生命体を保存するということだろう。そして奴は『帰還を果たす』と言った。奴のいう『帰還』とは、奴を作った知的生命体を再びこの地上に甦らせることではないのか?」


 まだみんな、納得していないような表情だ、私もそうだった。確かに私はパリキィ氏に違和感を持てなかった、しかしそれとパリキィが地球侵略を試みているというのは別次元の話のように思える。


「奴は『侵略はしない』とも言った。だから私らは安心した。私は信じなかったがね。だがこの言葉になんの意味もない!」


「侵略しないなら良いんじゃないの?」


 爾比蔵にいくらさんももうすぐ夫になる人の変化を心配している。現にパリキィ氏は侵略などせず、世界平和に貢献しているように見える。


「君はいつの間にか占領されていた自分の家を取り戻すことを、『侵略』と呼ぶのかね?」


「あっ」


 皆が事の重大さに気づき始めた。


「しかし彼は宇宙――、おい、これは本当にまずいんじゃないのか?」


 祖谷そたに先生もなにかに気づいたようだ。続いて、歌影うたかげ先生も声を上げた。


「パリキィ氏は、。そういうことですな?」


「え、うそ、まさか」


 必死に思い出そうとする、パリキィ氏と会ったときのことを。パリキィ氏ははじめ、自身を「あなた方とは異なる知的生命体」と呼んでいた。確かに、宇宙人であるとは言っていない。勝手に宇宙人と思い込んでいたのは我々の方だ。


「そうだ、奴は『我々とは異なる生命体』、そして、『帰還のため木星へ』と言うことで、我々に宇宙人だと思い込ませたんだよ!」


 なんて言うことだ、今では誰もが、パリキィ氏が宇宙人で、彼が宇宙に帰ろうとしているとみんな信じ込んでいる。信じ込まされている?


「しかし解せんな。奴はなぜ木星に行く?」


「奴は言っていた、一番いい計画を実行していると」


「奴の目的が、奴を作った生物を再び地球に広げることだとすると、人間は邪魔だろう。我々と同等かそれ以上の知能を持った生物など、地球上には必要ない。そんなものが居たら戦争になる可能性だって高い」


「つまり奴は、木星に行っている間に人類を皆殺しにする気なのではなかろうか?」


「見たところ、奴はそこまで頑丈に作られていない。というか、我々の技術で破壊できないものなど作れないだろう。つまり、このまま戦争になれば奴は必ず負ける。しかし、奴が木星に居るとすると、やつを攻撃する手段は限られてくる」


 どんどん皆が緊張していくのが分かる。

 戦争……まさかそんなことが。


「すでに火種は蒔かれているのかもしれない。勝手に人類が滅亡するまで待っていてくれれるのならまだいいが、そんな悠長なことはしないだろう。つまり、奴が木星へ向かい、安全が確認された時、人類はすでに滅びへ向かっている可能性がある」


 日本は秘密裏に宇宙人と接触し、宇宙人の技術を手に入れていた。そんな事実を世界に知らしめるだけで、世界の不安程度は格段に上がるだろう。


「つまり、日本にだけ技術を独占させていることも奴の計画の内の可能性が高いと?」


「そうだ、だからあんなの悪魔との契約だって言ったんだ!」


「結果的に、私達は人類を滅ぼしてしまうような契約をしてしまったということなの?」


 私達の、私の選択が地球を滅ぼす? そんなこと、しかし、様々な事実が提示され続けている。浮かれている場合ではなかったのか。私達は、ささやかな研究費と引き換えに、人類の種を差し出してしまったのか。


「しかしそう考えると、様々なことに合点がいきますな。あんなところにパリキィ氏があったのも、そもそものパリキィ氏の存在も」


「ど、どういうことですか?」


 話が進みすぎて理解が追いつかない。

 いったいどこまでが本当なの?

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