第6話 月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約

「左手奥から順にご紹介いたします。NCC基礎研究所、祖谷そたに心一様、次世代コンピュータがご専門です」


 さっきまで情報不足で苛ついていたが今は落ち着いている。

 上下に上等そうスーツで中肉中背、やり手の管理職といった出で立ちだ、落ち着いていても話しかけづらい顔立ちである。


「お隣が、物性研究所 准教授 宮笥みやけゆみこ先生です。ご専門は構造物性」


 お人形さんだ。何度見ても年齢不詳。

 この人こそ異星人なのではなかろうか。


「更にお隣が、東塔大学 准教授 海良かいら義彦先生です、ご専門は国際政治」


 見たことあるなと思ってた人だが、どうやらテレビの中にいたらしい。

 国際問題などが議題のときにコメンテーターとしてテレビに出ている人だ。

 国際政治、そういう人も呼んでるのか。

 チャラい、と言っても私の中のチャラいの基準がかなり厳し目なので、普通の人が見たらふつうの恰好なのかもしれないが。

 ブランド物っぽいジャケットにチェック柄のパンツ。ネクタイはしていない。



「最後に、熊本文化大学 講師 田辺薫先生です」



「続きまして、右側奥から、国立感染症研究所 助教 爾比蔵にいくら明美先生です。ご専門は感染症」


 若そうな女性だ。至ってふつうのスーツ姿だ、このまま就職活動にでかけますって感じの若々しい人だ。

 卵型の顔にデコ出しの髪型がよく似合っている。まだ一言も発言していないのでどんな人かはわからないが真面目そうだ。

 感染症の危険もあるのだろうか、確かに相手が異星人なら未知のウイルスを持ってたっておかしくはないのか。


「続きまして、JAXA 教授 歌影うたかげ総一朗先生です。宇宙船の設計がご専門です」


 出ましたJAXA。宇宙の専門家も一人はほしいところだよね確かに。

 ステッキと懐中時計が似合いそうな紳士。チョビヒゲまで装備している。



「次に、霊長類研究所 教授 菱垣ひしがき十蔵先生。ご専門は知能進化論」


 霊長類研究所の人だったのか、確かに猿に餌をやっている姿が似合いそうだ。

 バナナを吊るして猿がどうやって取るのかを研究しているイメージしか浮かばない自分が悲しい。

 カジュアルな格好だ。白髪交じりだけど私より運動はできそうである。



「これで全員のご紹介が終わりました。これから15分程度の休憩を挟んだ後、再開します。トイレは部屋を出て左にございます。飲み物等必要なものがありましたら申し付けください」



 そう言ってちょっとの間皆が飲み物を要求しないことを確認して、純ちゃんは部屋から出ていってしまった。微妙な沈黙。


 しかして15分ずっと黙っているわけにもいくまい。最初に口を開いたのは海良かいらだった。さすがテレビの人。


「いやぁ、びっくりしましたなぁ、まさか宇宙人とはね」


「先生は、宇宙条約についての本を出されていましたね」


 そう言うのは紳士。

 見立て通りの話し方だ。


「あれを知ってらっしゃるとは、さすがはJAXAの先生だ。あの本全く売れなかったんだけどなぁ、はっはっは」


「丁寧に調べられていてとても参考になりました。あの本があったからこそ、ここにおいでなのでしょう」


「宇宙条約とは何ですか?」


 京言葉だろうか、関西系の訛りで質問したのは菱垣ひしがき先生だった。

 私も知りたかったけど、この二人の話に入る勇気はまだなかったので、この質問は助かった。



「正式には月その他の天体を含む云々という長ったらしい名前でね、結構な昔に国連で決められた、主に宇宙開発に関する国際条約なのです」


「今回問題になりそうなのは、第5条の扱いだろうね。第5条では、宇宙空間で宇宙飛行士の危険になりそうな現象を発見したときにはこれを報告する義務がある。メールの主が宇宙人なら各国に報告する義務が生じるかもしれない」


「なるほどそないな決まりがおましたか。てっきり映画やアニメのたぐいの話か思てました。息子がそないなのが好きでねぇ」


「宇宙人を探しに行くなんて言ったらお子さんも喜ぶでしょうね。言っていいのかわかりませんが。さすがに秘密なんでしょうなこの会議は。まぁ言ったところで、こんな話だれも信じないんだろうなぁ」



 確かに信じないだろうなぁ。防衛省が宇宙人と接触を試みている。

 なんて言われたところで、何いってんだこいつと思われておしまいだろう。

 今じゃ現実とCGの区別が全くつかないんだから、どんな証拠を用意しても信じてもらえないだろう。

 東京上空に巨大な宇宙船が現れでもしない限り。


 そんな話をしていると、純ちゃんが戻ってきた。



「それでは時間ですので、研究会の続きを始めたいと思います。後半は爾比蔵にいくら先生と菱垣ひしがき先生、そして調査の概要について私からの説明とディスカッションの時間にしたいと思います。それでは爾比蔵にいくら先生お願いいいたします」


 爾比蔵にいくらさんがスクリーン横で準備を始める。

 思ったより背が高い。題目は「サンプルの検査結果について」。


「防衛省より依頼のあったサンプルについて、病原体などの鑑定結果を報告します」


「サンプルは水が4点、空気が1点、人骨が1点です。それぞれRDV法。えっと、これは様々なウイルスを網羅的に解析する手法で、インフルエンザなど特定のウイルスを狙って行う検査とは違ってですね、どのようなウイルスが入っているかを調べる手法です」


 爾比蔵にいくらさんはまだ発表などには慣れていないのかもしれない。

 あるいはこんな場であることが影響してか緊張が見て取れる。

 それでも内容はよく理解できた。

 洞窟内で採取した水や空気に人体に有害な病原体は見られなかったという結論だった。


「続きまして、菱垣ひしがき先生お願いします」


菱垣ひしがきです、よろしゅうに。もろうた骨と写真の解析について報告します」


 スライドには人骨と思われる複数人分の骨が横たわっている写真が表示されている。


「これらがなんの骨かちゅう話ですが。すべてが人間の骨やと考えてます。今の人間よりだいぶ小さいのは田辺先生のお話によると、縄文人やからだと考えると理解できますなぁ。DNA鑑定もやりましたがやはり人間のものに違いありませんなぁ」


 流暢な関西弁? なのか、京都弁なのかはわからないが、場馴れしている。

 人骨はすべて人間のものだったとの報告だった。

 人間以外の骨が混ざっていることを想定したのか。


「ありがとうございました。それではこれからは調査の概要を説明いたします」


 純ちゃんが話しだす。


「お話ししてきたとおり、皆様には異星人と自称する者が指定した場所で発見された遺跡の調査に同行していただきたいと思っています。調査は今週の日曜日に行う予定ですが、皆様にはそれまでに調査の準備をしていただくことになります」


「これにはダイビング講習も含まれます。遺跡は海中からしか入ることができないため、講習を受けていただきます。ダイビングが困難な場合はお知らせください」



 入り口が海中にあると言っていたけど、やはり泳いで行くのか、海で泳ぐなんて何年ぶりだろう。


「これまでの調査で、目視での確認や、金属探知機などを使った探索を行い、危険性はないと判断されています。我々が見落としていることがないかを確認していただきたく思います。抽象的なことではありますが、皆様のお力をお貸しください。必要な機材がありましたら、こちらですべて用意いたします」



 自衛隊の人が見つけられなかったものが、我々に見つけられるのだろうか。

 それとも、最初から見つけられることを期待しておらず、専門家でもだめでしたという結果がほしいだけかもしれない。

 責任の所在を分散するのは大事だよね。

 

 そんな皆の考えを見越したように、純ちゃんは話しだした。

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