木星で春を待つ鬼

箱守みずき

第1章 帰還への道

プロローグ

[兵庫県赤穂郡下郡町・大型放射光施設・構造物理学研究室]


 より小さなものを見ようとするならば、より大きな目が必要になる。


 山奥を切り開き、直径数百メートルの山を囲うように、円形の施設が建てられている。地上から見ても、緩やか曲線を描きながら、遠くまで続く壁が見えるだけで、全体像を見ることはできない。


 ここには基礎研究、製品開発、考古学など、世界最高の目を必要とする様々な人が集まっている。


 施設は内周と外周に別れていて、厳格に立ち入りが管理されている内周部では放射光を利用した様々な実験が行われている。外周部には実験の準備に使う準備室や仮眠室、制御室などがある。


「みんなどうしたんですか?」


 大学4年生の山岸が研究室に来たときには、博士研究員や博士、修士課程の学生合わせて10人ほどが集まっていた。本来なら誰もいないはずなのだ。内周部で実験をしているはずのみんなが外周部の研究室に集まっている。


 放射光施設の利用時間は限られている。世界中の研究者が利用を求めているため利用申請が通っても、使用できるのは数日間だ。


 限られた時間を有効に使うために交代で24時間実験を続けるのが常だ。交代のため研究室に来た山岸は不思議そうな顔をする。


「メーリングリスト見てないの?」


 博士研究員の近藤に促され、山岸はスマートフォンを取り出しメールを確認する。


「あー、実験中止になったんですね。またビーム止まったんですか?」

「わからんけど、止まってはないみたい」


 近藤は困った顔で言った。今日の実験は近藤の研究テーマに沿うものだった。今回を逃すと次にいつ利用できるかわからない。


「秘密の測定かもしれないね」

「なんすかそれ」


「あーそっか君今年配属だから知らないのか。たまにね、未発表の物質の測定依頼が来るんだよ」

「情報が漏れるとやばいから先生たちだけで測るんだよねー」


「へぇ……誰も情報漏らしたりなんてしないっすけどね」

「俺もそう思うんだけどね。結構あるらしいよ、今はどこも設備が整ってるから簡単に再現して先に論文出されちゃったりするんだって」


「そんなもんですか……」

「これからみんなで姫路に出るけど来るか?」

「行くっす」


[内周部・ビームスクエア24]


 構造物理学研究室 教授の椀崎わんざき年郎と准教授の宮笥みやけゆみこが実験の準備に取り掛かっていた。宮笥みやけが実験台に向かい、10mm角の黒い物体を厳重に封じられた小箱から取り出そうとしている。


「これが宇宙人の石? 意外とふつうね。もっと光ったりしてるのかと思った」


 宮笥みやけは笑いながら椀崎わんざきに問いかける。


「『地球上にない物質かどうかを判断してほしい』だそうだ」


 椀崎わんざきも苦笑している。


「地球上にないって言ってる意味わかってるんですかねそいつ。そもそも地球上にない物質にビーム当たるんですかー」


 言葉とは裏腹に、宮笥みやけは手慣れた手付きで、物体を測定器のパーツにセットしていく。


「まぁしっかりやろうさ、これを測るだけで当面の研究費が保証されるんだから」

「宇宙人様様ね」

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