第16話 触手だからって温泉に入らないとは思うなよ
修行の果て、疲労困憊した身体を癒すため、始祖のいう温泉を目指すことにした。そもそも我々は始祖が何故このようなことを言い出したのかという疑問を解決するため、温泉のあるというカギア火山に向かうことになった。
その道中に、小さな集落が見えた。……小さい。とても小さい。
「まだ世界にはこんなところがあったのか…」
思わず口に出てしまった言葉を、同行したブレンが無言で制した。
最初は遠近法かと思った。それがフタをあけてみたら異常に近いことがわかった。エウロパが不思議そうにノームたちを見ている。
「キョ人だ!」
「キョ人がキたぞぉ!」
ノームたちが叫んでいる。いやこちらとしてはそっちが小さいんじゃないかと思うんだが。
「そこのノーム」
「チいさいキョ人がナにかイってる」
始祖がノームたちに問いかける。
「妾たちはカギア火山を目指しとるんじゃが、あとどのくらいかかる?」
「カギアカ山ですと?ハん年はかかりますじゃ!」
げっ!そんな遠いのかよオイ!と思っていたら始祖がニヤリと笑う。
「ノームの足で半年ということはじゃ。普通に行けば2-3日ってことじゃな」
なるほど、ノームたちは小さいから、相対的に時間がかかるってことか。それなら何よりだ、とっとと行って美味いモノを食べよう。
「よし、特訓の成果を見せろ!お主らここから全力ダッシュじゃ!」
お前は何を言っているんだ?と思っていたら、ブレンもエウロパもラコクオーも凄い勢いで駆け出したじゃないか!バカなのかお前ら!?
「ほれ、触手、お主の分の食べ物がなくなるぞ」
「クッソおおおお!!!」
食い物を盾にとられては仕方がない。走るしかないじゃないか!いつか触手で締めあげてやるぞ始祖!そうやって昼ごろから走り続けて夕方、疲労困憊の俺たちの鼻を、何というか非常に臭い匂いが襲った。
「これは何の匂いだ?」
「火山から出る硫黄系のガスの匂いじゃ。そろそろ着くぞ」
そんなところに行って大丈夫なのか俺たち。不安がないわけではないが行くしかあるまい。そう思っていると、かなり大きな石造りの建物が現れた。これは……?
「今日の宿じゃ」
「宿お!?すごく大きいよ!お城じゃないの?」
「そうはしゃぐなミノタウルス娘。ここは温泉宿といってな。いろんな人間が身体の治療に来ておる」
「治療?」
「
「湯治?」
ブレンも不思議そうに聞き返す。お湯で何かするのか?
「まぁ入ってみればわかる。妾たちは始祖とはいえヴァンパイアじゃから、あまり水は得意ではないがの」
「そうだな。ここで立ってても仕方ない」
そのまま俺たちは宿に入っていく。結構人がいるが、皆薄着である。お湯のせいか暑いからな。
「妾とこやつ、ブレンとエウロパが同じ部屋でよかろう。お主はどうする?宿代なら出すが」
「個室のが良さそうだな」
始祖が俺にも聞いてきた。少し1匹になりたい気もするからな。
「えー、触手、それはよくないよ。お金出してもらうのに」
「それはそうだが、お前らが繁殖行為とかはじめても困るからな」
「治ってないから!しないから!」
すまんなブレン。早く良くなってほしい。
「もっとも妾らはそのつもりじゃがの。ここの湯は子宝に恵まれるという効果もあるそうじゃ」
「なんと」
「だったらブレンも入りなよ!良くなるかも!」
「そうだな。ここで治るならそれはそれでいいかもしれない」
それを聞いて俺はやっぱり個室を取ることにした。ブレンたちが繁殖はじめたら寝てられないからな。
「さて、部屋も決まったし一風呂浴びてくるかの。お主らも入れ」
「風呂?」
「風呂って……ここお金持ち向けの宿なの?」
「そこまでは高くないぞ?」
エウロパがギョッとした表情で始祖を見ている。そんな高いのかよここ。
「でもお風呂なんてぼく入ったことないよ」
「俺もだ」
「まぁ入ってみよ」
促されるまま、部屋に入って先程の薄着に皆着替える。俺には無関係だが。そのまま建物の通路を通り風呂に向かう。風呂の入り口を見ると、男、女という字が看板に書いてある。
「さすがに一緒に入るわけにはいかんようじゃな。ほれ、ミノタウルス娘、入るぞ」
「えっ、待って。んじゃブレン後でね」
「おう」
始祖たちがさっさと風呂に入ってしまった。俺たちも入るとするか。
「男同士入るか」
「そうだな」
俺とブレン、ヴァンパイアも風呂に入った。ラコクオーは馬小屋のほうにいるようだが、どうやら馬用の風呂もあるらしい。後で入れてやろう。
三人で無言で身体を洗い、風呂に入ろうとすると女風呂の方から変な声がしてきた。
「全く!本当にデカいな!少し分けろ!」
「デカくなりたくてなったわけじゃないもん!」
「とにかくしっかり洗え!」
「ちょ!始祖!どこ触って!あ……」
あいつら女同士で何やってんだよ。と思っていたらヴァンパイアが俯いて赤くなっている。ブレンがニヤニヤする。
「ぐっと来ましたか」
「来るに決まってるだろ」
全く理解できない。人間は繁殖の前に色々と事前準備が大事らしいが、そんなことやってて他のオスやメスに取られないんだろうか?
「ふー」
向こうから始祖とエウロパの声が聞こえるが、俺たちは気にせず湯に浸かっている。あ、これ気持ちいいな。俺は浅いところに浸かって、ブレンたちはそこよりやや深くに座って浸かって目を閉じている。
「ブレンー」
「なんだよエウロパ」
向こうからエウロパがなにか叫んできた。何かあるんだろうか。
「ぼく、凄いことに気がついた」
「なんだよ」
「おっぱいってお湯に浮くんだ!」
ブレンとヴァンパイアが噴き出した。
「おま!なに言ってるんだ!?」
「すごーい!不思議!」
「デリカシーなさすぎだ!エウロパぁ!」
とうとうブレンがキレた。キレるついでにブレンのブレンも復活したらいいんだが。一晩中繁殖行為されて足腰立たなくなればいいんじゃないだろうか、デリカシーのないエウロパは。俺に散々デリカシーなさすぎというお前の方にもないだろうと。
またヴァンパイアが俯いている。こっちはこっちで反応しやすすぎだ。生まれて700年も経ってるのに青すぎではないのか?
そんな小さな波乱もありつつ、夕飯に相成った。あれ?ヴァンパイアって普通に食べ物食べるのか?ブレンも疑問そうである。
「えっ?食べるのか?普通に?」
「始祖ともなれば普通に食べるぞ。無論血も吸うがの」
「そのガラスのコップのは?」
「マッドタートルの血じゃ。これも精力がつくそうじゃ」
「俺たちにもついてるぞ」
ブレンやエウロパのところにもついている。亀の血?そんなの飲むのかよ……。
「妾らは多目にもらうことにしたぞ」
「そのために来たようなものですからね」
「うぇ……ぼくたちも飲むの……?」
「少なくともブレンは飲んどくのを勧める」
心底イヤそうな顔のエウロパが、マッドタートルの血を呷る。ブレンも続けて飲んだ。
「ダメそうだな。でもなんかちょっとずつ反応している気がする」
「しばらく滞在すればひょっとしたら治るかも知れぬの」
「どうだろう……路銀が持たんだろ」
「それもそうかの」
ヴァンパイアたちも血を呷る。
「ぷはー不味いわーもう一杯!」
「始祖様ではないですが、美味いものではないですね……」
でも健康にはいいのかもしれないな。俺も魚料理を食べたり山菜料理に触手を伸ばしたりしている。シンプルだが美味いな。しばらく滞在することになるのだろうか?
その日の夜。隣の始祖たちの部屋がうるさかった。寝られん。思わず壁に触手を叩きつけたが、あんまり大きな音はならなかった。
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