第15話 触手だからって休みが必要無いとは思うなよ
それから三週間が過ぎた。
エルフの森の前の草原だったものは、今や荒野になっていた。もともと戦場になっていたところなのである程度は荒れていたのだが、地形が、変わっている。
むき出しの岩があちこちに転がり、進むのにも苦労する場所である。道だったところだけはかろうじて道が残っているが、その左右には、そそり立つ岩壁と崖が出来ている。出来ているといったが、こうなったのは大体始祖のせいだ。俺たちは悪くないと思う、多分。
「ひよっこどもが、多少は見所が出てきたではないか」
「……そうか?……それは、何よりだ……」
無数の岩の刃を斬りはらって落としているブレンを見て、あぁ、こいつはとうとう人間を辞めたんだなぁとつくづく思っていると。
……ブレンが木刀を振りかざして始祖の首筋で止めた。
「やるではないか」
「……そろ、そろ、卒業させて……くれないか?」
「まぁブレンはそれなりにはよかろう」
そんなことを言いながら、始祖は複数の魔法の球を操作している。操作した球でエウロパを攻撃しているのだ。エウロパもようやく互角の数の水の球で相殺できるようになっている。成長したもんだ。しかし肩で息をしているな。
「……ぜぇ……ぜぇ……」
「そっちのミノタウルス娘はもうちょっとじゃのう。魔力操作はなかなかのものだが、体力が足らんわ」
「魔法……使いに……体力って……」
「たわけが。乳ばっかり成長しおって、そんなのだから体力がないんじゃ」
「それ、個人的な怨恨だろ」
ヴァンパイアを触手で締め上げながら俺は始祖を触手で指す。こいつも強くなってるんだろうけど、俺の(逃走と言う名の)地獄の修行によるパワーアップの方が上だろう。
「お主はやればできる触手なのに、なんでそんなに逃走ばっかりしようと思ったんじゃ」
「そっちのブレンやラコクオーと違って俺は文化系なの。脳に筋肉とか付いてないの」
「……こやつも強化したはずなのに、どうなっておるんじゃこの触手は」
「というわけでお前ら、そろそろ逃走できるだろ。いくぞ!」
始祖が本気で掴みかかってきたのでこっちも全力で抵抗する。げ、岩の刃と魔法球までかよ!こうなったら!
「こっちも行くぞ!」
触手を二本伸ばして、そこに電撃の魔力を通す。(ブレンの魔法を覚えたのだ)。電撃の魔力を大気中に介することで、電撃の球を発生させる。
「テンタクル・プラズマ砲!受けてみろ!」
「おう怖い怖い」
プラズマ砲の一撃をアッサリかわしやがったこの化け物。かわした先で爆発が起きて岩が吹き飛んだような気がするが多分気のせいだな。
「ちっ!次は当てるぞ!」
「タメがあるから見て避けれるわ、たわけめ」
「タメ無くすの現実的には無理だな……」
「すっかり強くなったな、触手」
ラコクオーはというと農作業を手伝っている。俺たちもあれやるべきかと思わなくもないが、荒野になったこの辺りを開拓する役がラコクオーに任されている。
「お主は人間と違って色々できるわけではないからのう。魔法も使えぬし。故に純粋な力の強化が必要なのじゃ」
「それは分からなくもないが……」
「それよりラコクオー、逃げるぞ!」
「触手よ、ワザと言っているだろ」
ワザとじゃない!早く旅に戻りたいんだよ!いつまで修行してたらいいんだよいい加減にしろ。
「まぁ良いわ。お主らもそこそこに強くなったが、妾とこれだけやり合うということはじゃ、身体のあちこちに疲労が溜まっておるはずじゃ」
そりゃそうだろ。毎日泥のように眠ったんだよ俺たちは。最初の方、エルフたちが死んでないか恐る恐る確認しにきたぞ。こんな修行で死んでいたらたまったもんじゃないが。
「それは……そうだよなぁ……」
「ぼくだって……何回か吐いたよ……」
「そこでじゃ」
「そこで、なんだよ」
「妾にいい考えがある」
なんだろう、不穏なアイデアなんじゃないかという気しかしない。
「なんか変な薬飲まされるの?」
「飲まさんわ!霊薬がどれだけ貴重なのか知っておるかミノタウルス娘」
「そうなの?」
「そうじゃ。金貨100枚出しても買えぬ材料をふんだんに使ったシロモノじゃぞ?余程のことがなければ使えぬわ」
金貨100枚!?カネがない俺からしたらそんなカネ何やったら手に入れられるか気になる。
「あれ?でもそれ、ひょっとして、ブレンのブレ……」
「エウロパ!おま!」
ブレンがエウロパの口を押さえている。あまり広めんなよ、デリカシーないなぁエウロパは。俺がいう権利ないけど。ないけど。
「なんじゃそれは?それよりもっとシンプルに疲労に効くところがあっての」
「どういうことだ?」
農機具をエルフから外してもらったラコクオーもやってきた。疲労に効くところ?どこだそれ?
「温泉じゃ」
「温泉???」
なんだよ温泉って。俺たちは誰もその存在を知らないのである。
「なんじゃ知らんのかお主ら。温泉をしらぬとは……もったいない人生を送っておるのう」
「始祖、その温泉ってなんなんだ?」
「まぁ行ってみればわかるじゃろ。楽しみにしておれ。ほら、いつまでも寝ておるな?」
始祖がヴァンパイアに喝を入れて目を覚まさせる。意識がなかったヴァンパイアが目を覚ました。
「グホッ!……また締められたのか。この触手め!」
「お主が触手より修行をしておらんからこうなると思わんのか」
「逃走してただけではないか!」
まぁそれは否定できないな。しかし修行には結果的になっていたからそれでいいんじゃないか?
「とにかくお主も行くぞ!妾たちにも効果があるなら子を孕めるかも知れんからな!」
「試したことはまだなかったんでしたか始祖」
「何故試さなかったのかと思わなくもないのじゃがな。基本的に吸血鬼は水がイヤじゃからのう」
「もっとも我々レベルですと、僅かに気持ち悪なる程度ですから、やる価値はなくはないかと」
水?温泉って水なのか?ダメだ全く分からん。ブレンやエウロパもクビを傾げている。
「そこ、僕たちも行く必要あるんですか?」
「別に行かなくても構わんのじゃが、疲労は早く取れるぞ。しかも人間なら気持ちよくなる方が圧倒的じゃ。妾たちだと気持ち悪いのもあるがな」
「気持ちよくなる……お節介焼きの始祖のいうことだ、そう変なもんじゃないだろう」
おいブレン行くつもりか?すっかり染まってしまったなお前。
「ブレンがそういうならぼくもいくよ。気持ちイイっていうならそれはそれでいいしね」
「我は入れるのか?」
「さすがに馬や触手はどうじゃろうな。入れれば入るとよかろう」
「入れるなら我も入ろう」
エウロパ!ラコクオー!お前たちもか!裏切ったな!こんなところに居られるか!俺は一人でも旅に戻るぞ!
「触手よ、そこじゃが、割と美味いものも出るぞ」
「わかった行こう」
美味いモノも食べられるというならそれは話が別だ。せっかくだから美味いモノを食わせてもらおう。
こうして俺たちはエルフたちに微妙な表情で見送られることになった。まぁなぁ、三週間も森の前の草原でどったんばったん大騒ぎしてたら、いい顔はされないだろうけど。
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