3.フェスティバル 8
真琴たちが、そろそろ校舎内を一周し終わる、という時、進んだ先から、
「っしゃ〜!勝ちだ!」
その雄叫びに、聞き覚えがあった真琴たちは、その教室を覗いてみることにした。
雄叫びが上がった教室には、「
入り口は、西部劇の酒場でよく見るスイングドアが再現され、教室の隅には、西部劇で風に吹かれてコロコロと転がっていく草の塊まで配置してある
そして教室の中央には、グリップが二つついた背の高いテーブルがいくつか
それを囲むように、いかにも酒場のテーブルです、というような木製のテーブルが置かれ、そこでは客が思い思いに飲み物を飲んでいた。一見すると、それはビールのようだったが、さすがに高校の文化祭にビールは出ない。色のついた炭酸水だろう。
中央に据えられている高いテーブルの近くに、真琴たちのよく知る男、築島が立っていた。
「チャンピオン・TUKISHIMA〜☆!輝く新星に、拍手〜」
司会のテンガロンハットをかぶった男が、築島の右手を高々とあげると、周りから拍手が起こった。︎
観客には、女子もいたが、圧倒的に多いのは、ガタイのいい男たちだった。クロウニーの特攻隊がかなりの数を占めていた。
「――すみません。ここは何をやってるんですか?」
真琴が近くにいた、西部劇の酒場の娘風の衣装を着た女子に訊ねると、彼女は親切に説明してくれた。
ここは、「闘拳場」。言い換えれば、アームレスリングの試合をしているところだった。
中央の高いテーブルで、アームレスリングの試合が行われ、観客は周りのテーブルで、観戦するスタイルの喫茶店らしい。
アームレスリングの試合は、八人のトーナメント形式による勝ち抜き戦で行われている。つまり、三勝すれば、
そして、各試合の
築島はたった今、行われたトーナメントで、
築島は、勇吾の姿を見つけると、ブンブンと手を振って近づいて来た。
「ユーゴ!お前も参戦しねぇ?」
その言葉に、周りの男たちの目が光る。どうやら、強い男は大歓迎のようだ。
だが、勇吾はあまり乗り気ではなかった。
「いや……、俺は……」
と、言葉を濁した後、真琴に、「そろそろ午後のガチマッチの時間だよな」と確認する。
「そうだけど……もうちょっとなら、時間あるよ?」
と、時計を見ながら答える真琴。
「だいたい一通り回ったし、ユーゴがやりたいなら、待ってるよ?」
ねぇ、と周りに確認すれば、麗たちからも反対は出なかった。
「歩き回るのも疲れたし、ここらで観戦しててもいい」
そう言う佐伯は、さっさと観戦テーブルのほうへと向かってしまった。
着慣れない着物がきついのだろう。彼はしょっちゅう、どこかに腰を下ろして休んでいた。
待っていてくれるなら……、と、勇吾はやる気になったようだった。
「なら、やるか」
「そーこなくっちゃ」
と二人が腕まくりをした瞬間、テンガロンハットの司会から待ったがかけられた。
「ちょっと待った!君は、もう
「あ゛ぁ!?」
築島は、ストップがかけられて、反射的に司会に凄んだが、司会も引かなかった。これはルールだから、と。
もし、対戦したいなら、
「……んなの、待ってられっかよ!今したいんだって!」
と交渉する築島に、根負けした司会者は、クラスメイトと協議した。そして、トーナメント戦ではなく、フリーの戦いとしてなら、対戦台を一台貸し出してもいい、となった。
「そ〜こなくっちゃ!」
築島が、ウキウキと対戦台に向かう。そして、楽しそうに勇吾を手招きした。
「ユーゴ、やろうぜ!」
「いいだろう」
真琴たちは、勇吾と築島が対戦する台に一番近いテーブルを確保し、観戦モードに入った。
「……どっちが勝つと思う?」
「ユーゴじゃないの?」
「いやいや、築島も、結構腕力あるぜ」
和也と真琴が話していると、優もそこへ入ってきた。
「築島くんって、リンゴ片手で割れるよね」
「本当に?」
「うん。リクエストしたら、やってくれた」
「あ〜、あいつ、意外と調子に乗りやすいから。スグルちゃんに、いいとこ見せたかったんじゃね?」
そんな話をしていたら、準備が整ったらしい。
勇吾と築島の固く握られた手の上に、レフリーが軽く手を添える。
そして、二人の気合が十分であることを確かめると、
「Ready……fight!」
戦いが始まった。
◇
開始の合図とともに、二人の筋肉が一気に膨らむ。
組まれた手は、どちらかに偏ることなく、真ん中で静止したままだ。
ギシギシと軋むのは、台だろうか、二人の筋肉なのだろうか。
「う、ぐぐぐ……」
「くっ……!」
二人の口から微かなうめき声が漏れる。
だが、それは周りの応援の声にかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。
戦いは、拮抗しているように思われた。だが、
「う……!」
「ユーゴ!」
勇吾の一瞬の隙をついて、築島が15度ほど勇吾の腕を傾けた。それを見て、真琴が悲鳴をあげる。
「ユーゴ、これには、戦いのコツがあるんだぜ」
「コツ?小賢しい」
傾いた状態で耐えるのは、かなり厳しいはずなのに、勇吾は耐えた。それどころか、わずかずつ、傾きを修正していく。
「おいおい、マジかよ……」
周りで見ていた観戦者から、信じられない、という声が聞こえてきた。
「ぐ……!」
今度は、築島のほうへ10度ほど傾く。築島は、苦しそうな顔をしながらも、それ以上は進ませない、と全身に力を込めた。
「ムキになんなよ、ユーゴ」
「そっちこそ。さっさと降参したらどうだ?」
戦いは一進一退だった。
勇吾の方へ傾いたかと思ったら、中央に戻り、中央に戻ったかと思ったら、築島の方へ傾く。
だらだらと、二人の全身から汗が噴き出してくる。ひたいを流れ落ちる汗が、目に入ったが、そんなこと気にしていられなかった。
戦いは、膠着しているかに思われた。だが、どんな戦いにも終わりは来る。
「ふんっ!」
「ぐぁ!」
築島の集中が途切れた瞬間、勇吾はその腕を思い切り押し込めた。
ばたん、と築島の手の甲が台に着く。
「勝者・ICHIGAYA〜☆」
「「「おおぉぉぉ〜!」」」
司会者に手を掲げられ、勇吾は汗を拭いながら観客の声援に応えた。
真琴たちも、すごい勝負を見たと、二人に惜しみない拍手を送った。
「いや〜、いい試合だった」
「駆け引きは
「でも、スタミナは、
「
「いや〜、それも含めての勝負だろ」
観客が、興奮冷めやらぬ、といった感じで、訳知り顔で会話する。
「お疲れ〜」
「初めて見たけど、なかなかいい試合だったわよ」
「ユーゴ、かっこい〜」
真琴、麗、優の労いの声を聞きながら、テーブルの方へ近寄ろうとした勇吾の進路に、一人の男が立ちふさがった。
「お前、なかなかいい腕をしているな。……次、俺と対戦しないか?」
勇吾の進路を邪魔した男は、柔道部主将と名乗った。
柔道部だけあって、勇吾に引けを取らないくらいのウエイトがあった。腕も、かなり太い。
戦いの気配をいち早く察して、司会者が声を張り上げた。
「おぉ〜っと、第三試合の
「…………」
こんな風に煽られたら、勇吾は受けるしかない。
完全に観戦モードに入っている真琴たちも、キラキラした目で勇吾を見ていた。
勇吾は、厄介な展開になってきた、と思いながら、真琴たちのテーブルに無言で近づいた。
そして、テーブルの上にあったりんごジュースを「これ、もらうぞ」と言って、一気に飲み干す。他の人のジュースは炭酸で、一気に飲めるものがこれしかなかったのだ。
ぷはぁ、とリンゴくさい息を吐き出すと、「いいだろう、やろう」と勇吾は応えた。
乾いた体に、糖分が染み渡っていく。
「さぁ〜、すごい展開になってきたぞ!」
司会者は無責任に観客を煽る。それに煽られた観客が、興奮した声で歓声をあげる。
その歓声に包まれながら、勇吾と柔道部主将は対戦台についた。
「俺が三年だからって、手加減しなくていいぞ」
「……なら、一年だからって、なめるなよ」
二人の闘志が、教室中を埋め尽くす。
男たちの低い声に紛れて、「ユーゴ、頑張れ!」と高い女の声が勇吾の耳に届いた。
それは、もう、いちいち確認しなくても誰の声かわかっている。
勇吾は、視線を柔道部主将から外すことなく、構えた。
「準備はいいか……。Ready……fight!」
こうして、勇吾の二戦目が始まった。
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