3.フェスティバル 7
「いや〜、有沢くん、すごかったね」
「あいつは
真琴は、春樹の勝負を少し見ただけで、かなり興奮していた。それだけ、春樹の強さは圧倒的だった。
勇吾は、それに、冷静に説明を加える。
春樹の凝り性は、今に始まった事ではない。一度、手をつけると、中途半端では済まさず、かなりのレベルまで追求する。
その気迫たるや、勇吾ですら感心してしまうほどだった。
あのゲーム研究会の部室にあったボードゲームやカードゲームは、全て春樹がやっているのを見たことがある。なら、そんじょそこらの奴らに負けるわけがないだろう、と勇吾は言った。
春樹の強さについて話しながら歩いていると、盆踊りの音楽が流れてきた。
「これ、盆踊りの?」
優が不思議そうに訊ねた。
「だな」
「――なんか、僕が知ってる歌と、ちょっと違うような……」
「そうなのか?」
「私のところ、これだよ」
優の言葉に、真琴たちが逆に不思議そうにした。
「地域差があるのかもな。タカちゃんとこはどうだった?」
和也が、佐伯に話題を振ると、佐伯は
「う〜ん……。俺の地元は、盆踊りなんてあったか……?」
「え?ないの!?」
「私の近所にもないわ。少し離れたところだったら、やっていたようだけど、行ったことはないわ」
「マジで!?」
じゃぁ、夏休み意味ねーじゃん!と和也が乱暴な理論を振りかざした。
「夏といえば、花火にスイカに、浴衣だろ〜?祭りで着なけりゃ、いつ着るの!」
「納涼会で着ればいいじゃない」
のうりょうかい……と、和也が真琴とヒソヒソする。
中流階級である彼らには、耳慣れない単語だった。
なによ、とじろりと睨まれ、二人は首を振るしかなかった。
「……じゃ、とりあえず、この音源の所、行ってみない?盆踊りやってたら、私、ウララちゃんに教えてあげるよ」
そう言って、向かった先は、残念ながら、盆踊りではなく、「縁日」だった。
◇
盆踊りの音楽と、夜店風のセット。店員である学生は、浴衣や甚平を着て、廊下を歩く人に声をかけていた。
「おぉ〜、縁日っぽい!」
「これが、夏祭りなの?」
「おっ、彼女たち、興味ある?どぞどぞ、入って〜」
甚平を着た男子学生が、気楽な調子で真琴たちを教室内に案内した。
教室の中は、夜店の定番、金魚すくいにヨーヨー釣り、射的などがあった。
「これは?この銃で撃つの?」
麗は射的の銃を持って、不思議そうな顔をした。
「なんか、紳士の格好をしたウララちゃんが持つと、これから狩りに行きそう……」
との優の感想に、真琴も同意した。
「弾、五つで百円だよ!うまく落ちたら、プレゼント!」
店番の学生が愛想よく麗に言った。
「……やってみようかしら」
「じゃ、私も!」
「ウララちゃんがやるなら、僕もしようかな」
「俺は、この格好じゃ、ちょっと苦しいな……」
というわけで、佐伯を除く五人が挑戦することになった。
「一番でかい商品を取った奴が勝ちね〜」
と、和也が勝手に勝負を開始した。
「乗ってやろうじゃない」
それが、負けん気の強い麗の心に火をつけた。
麗は、背筋をしゃんと伸ばして、一番大きい景品に照準を合わせ、迷いなく引き金を引く。
だが、その銃からはぽん、という軽い音がし、コルクの弾がヘロヘロと飛んでいくだけだった。
「!?何、この銃!照準も何もないじゃない!」
麗は夜店の銃のポンコツぶりに憤慨したが、びっくりしたのは真琴たちだった。
「ウララちゃん、なんかすごくサマになってたけど、銃打ったことあるの?」
「父親に付き合って、何回かね」
何でもないことのように言うが、この日本で、しかも未成年で銃を撃った経験があるのはまれだろう。
「さすが、おジョー様。でもな、この銃はそんな上等なんじゃねーから、こうやって撃つんだよ」
そう言うと、和也は台から身を乗り出すように精一杯、腕を伸ばし、ぽん、と弾を発射した。
ぽこん、と箱菓子の上の方に当たり、それをわずかにずらす。
「もういっちょ」
コルクの弾を詰め直して、再度、同じところを狙うと、箱菓子はひな壇からポロリと落ちた。
「よっしゃ。1個目ゲット〜」
「そんなやり方なの?」
麗の抗議に耳を貸さずに、和也は次々と弾を撃った。弾五つで、箱菓子二つをゲットする。
「うぅ、結構難しい……」
和也が何でもないように景品をゲットし、簡単そうだと思ったが、真琴はうまくいかなかった。いたずらに弾を浪費するだけで、結局、一つもゲットできなかった。
「やった。僕も一個ゲット!」
優も、難なくお菓子を手に入れた。
「まったく、やりにくいったら……!」
と不満を漏らしながらも、麗も一つ、景品を手に入れていた。
「え〜、取れなかったの、私だけ?」
しょんぼりする真琴の背後に、ぬっと勇吾が立った。
「……何が欲しかったんだ」
「あの、黒猫……」
真琴が指差した先には、手のひらにすっぽり収まるくらいの小さな黒猫のぬいぐるみがあった。
箱菓子に比べて重いため、難易度が高い。真琴はそれをわかっていたが、欲しかったので狙ったのだ。
「……あれか。ちょっと待ってろ」
「え!いいよ!」
真琴は遠慮したが、勇吾は耳を貸さなかった。
台からずいっと身を乗り出し、腕を伸ばすと、ひな壇にかなり近くなる。
その状態で撃つと、二発目で黒猫のぬいぐるみはバランスを崩し、ひな壇から落っこちた。
「ほら、これだろ」
「え?いいの?」
真琴は、差し出された黒猫のぬいぐるみと勇吾の顔を交互に見た。もらっていいのかどうか、考えている顔だった。
「構わない。俺はいらない」
「やった!ありがとう!」
勇吾が重ねて言うと、真琴は遠慮を引っ込めた。嬉しそうに両手で抱える。
「猫が好きなのか」
「うん、好き!」
手に入れた黒猫のぬいぐるみをムニムニしながら、真琴は屈託なく答えた。
「なら、よかったな」
「うん!」
「や〜り〜た〜い〜!」
ほのぼのとした真琴と勇吾の空気をぶち壊すように、教室に大きな声が響いた。
「あ?」
何事だ?と思って、そちらの方を見ると、コウキがイノさんと何かを言い合っているようだった。
◇◇◇
「……ダメだ」
「何で?何でダメなの?」
「お前、自分で世話しないだろ」
「するって!」
「そう言いながら、拾ってきた犬猫はどうなった?太郎は俺ん家にいるし、次郎とミーコの里親を探したのは俺だぞ」
「う、うぐぐ……」
イノさんに正論を突きつけられて、コウキは悔しそうに呻いた。
「どしたの?」
睨み合う二人に、和也が声をかける。
「カズヤ!カズヤからもお願いしてよ!俺、金魚すくいたい!」
コウキが、援軍が来たとばかりに、和也にすがりついた。
イノさんとコウキが言い合いをしていたのは、縁日の金魚すくいの前だった。
金魚すくいをしたいコウキと、させたくないイノさんが言い争っていたらしい。
「金魚すくい〜?すくってどうすんの?」
「飼う!」
コウキが、きっぱり言い切った。
「そう言って、世話したためしがねーだろ」
イノさんが、やれやれ、と首を振った。
「そんなことないもん。太郎の散歩だって、毎日行ってんじゃん」
「犬小屋があるのは、俺ん家だけどな」
「何、コウキ。毎日イノさん家行ってんの?」
「だって、太郎がいるから……」
「そもそも、太郎って、あれだろ?コウキが拾って来た犬だろ?何でイノさん家に犬小屋があんの?」
「だって、毎日イノさん家に行ってたら、そこを家だと思っちゃったんだもん……」
太郎と次郎は、中学生の時、コウキが拾って来た犬だった。最初はコウキが世話をしていたのだが、毎日イノさん家に入り浸るうちに、犬はイノさん家を自分の家として認識してしまったらしい。コウキの家に連れて帰ると、落ち着きがなくなるので、仕方なくイノさんの家に預けてあるのだ。
ちなみに、イノさんは三匹も飼えないと、次郎の方を里子に出してしまった。コウキは少し寂しかったが、次郎はもらわれて行った先で、幸せに過ごしているらしい。
話を聞いた勇吾と和也が、意味深なため息を漏らす。
コウキが毎日入り浸っているなら、それはわんこが二匹いるようなものだろう。
「大変だな。イノさん……」
ポンポンと勇吾がイノさんの肩を叩く。それに、わかってくれるか?と疲れた声を返すイノさん。
「生き物は、毎日世話しなきゃいけないんだぞ。金魚なら、水槽やら何やら必要だろ?それが準備できるのか?」
「う、うぅ……」
イノさんとコウキのやりとりを見ていた勇吾が、ちょっと待ってろとその場を離れた。
それに構わず、イノさんの説教は続く。
「こういう夜店の金魚は、ピンキリで、すぐ死ぬようなものもいれば、何年も生きるのだっているんだ。お前はそれの面倒が見れるのか?」
「その……」
「生き物を飼うってことは、その命に責任を持つって言うことだ。わかるな?」
「う〜〜〜……」
イノさんの言うことは理解できるものの、金魚すくいをしたいと言う欲望と折り合いがつかないコウキは、う〜、う〜と呻くばかりだった。
と、そこへ勇吾が赤いものを手に帰って来た。そして、それをコウキに放り投げる。
「おい、コウキ。これで我慢しろ」
ぽすん、と軽い音を立ててコウキの手の中に収まったそれは、赤い金魚のぬいぐるみだった。
「これぇ?」
幾ら何でも子供騙しだ、とコウキが抗議しかけたが、
「わぁ!かわいい!いいなぁ!」
という真琴の羨ましそうな声と、
「お〜、よかったじゃねーか。これなら、いつも一緒だろ」
という和也の声に、その気になったらしい。
「う〜ん、う〜ん……。じゃ、これで我慢する……」
不満そうな口調ではあったが、口元はほころんでいた。その隙を逃さず、イノさんが大げさに褒めた。
「よ〜しよし!コウキ!よく我慢できたな〜〜」
ぐしゃぐしゃとコウキの髪をかき混ぜる。その手つきは、大型犬を褒める時のそれとそっくりだった。
「子供扱いすんなよ!」
と言うが、コウキは満更でもなさそうに目を細めた。
「よし、コウキ。代わりにヨーヨーするか?」
「うん!」
コウキの関心が他へと移ったのを敏感に察知したイノさんが、提案をする。それに、屈託無く乗っかるコウキ。
イノさんは、目線で勇吾と和也に「助かった」と合図をすると、コウキを連れて、ヨーヨーすくいの方へ行ってしまった。
その二人の背中を見ながら、麗がポツリと一言。
「人の言葉がわかる犬……。いいわね。私も一匹欲しいわ」
「……ウララちゃん、あれでも私たちのクラスメイトだから。やめたげて」
麗が言うと、本気で飼いそうで怖い。真琴だけでなく、その場にいたもの皆がそう思った。
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