4.バトル 1

 狩る者と狩られる者。


 世界がこの二つに分けられるなら、普段の真琴は間違いなく後者だった。

 腕力はなく、喧嘩をしたことがない。知力はあれど、ずる賢さがなく、他者を出し抜けない。さらに、高校生の財力、権力など、吹けば飛ぶようなものだった。


 だが、今、この瞬間、この戦場フィールドにおいて、真琴は「狩る者」であった。



「クロ、リュック型水鉄砲タートル4から7!サイトーフォロー」

「「了解ラジャー」」


「コウキ、遊んでないで戻ってこい!一人突っ込んで来てる!」

「ど〜こ〜?」

自軍グリーンの9!」


 真琴が戦場フィールド中央の障害物の上に立って、次々と指令を出す。

 各陣地を九つに分けて、敵がどこにいるのか、味方がどこへ行けばいいのか、数字だけですぐに伝わるようにしてあった。


 真琴は、こちらに来る敵を見つけると、さっと障害物から降りて、別の障害物の陰に身をひそめた。


 春樹から与えられた役割である司令塔。何戦しても慣れそうになかったが、それでも結果は十分出していた。

 この戦いは、午後の一戦目、朝からトータルして五戦目だったが、どの戦いも危なげなく勝っているので、多少自惚れてもいいはずだ。


 敵の足音が近づいて来る。

 ペイントされた黒のパーカーは、障害物と同じ色合いで、うまい具合に迷彩効果を発揮していた。


 このまま気がつかれませんようにと、真琴は物陰で息を殺していた。すると、運が味方をしたのか、敵が間抜けだったのか、ピンクチームのバケツダッシャーは、真琴に気がつかず、グリーンエリアの奥へと入って行った。


 それを見て、にやり、と笑う真琴。

 獲物が、まんまと罠にかかった時のこの興奮は、「ガチマッチ」で初めて知った感情だった。

 やった、と思う反面、浮かれすぎたら失敗する。だから、努めて冷静に体を動かす。


 自陣グリーンエリアに戻って来たコウキに、ハンドサインであちらへ回れ、と指示すると、真琴はバケツダッシャーを追いかけて行った。



「くそ、どこ行った……?」

 グリーンチームのスタート地点まで来てしまったピンクのバケツダッシャーは、困惑したように辺りを見回した。


 司令塔の女が無防備に見えて、一人、ここまで来てしまったが、まずかったのでは……?

 一度、自陣ピンクエリアに戻って、味方と一緒に体勢を立て直すか。


 そう思った瞬間、障害物の陰から、人が飛び出して来た。


「う、うわぁぁ!」

 慌てて狙いもつけずに、バケツを振り回す。


「は〜はっは。当たんね〜よ〜だ!」

 それを身軽に回避かわされ、

「喰らえ!」

 逆にいいマトにされてしまった。


「うわ、うわっ!」

 と悲鳴をあげながら、這々ほうほうていで水を避け、反対向いて逃げようとしたら、

「いらっしゃ〜い」

 背後はすでにふせがれていた。


 司令塔の女が、悪魔のような微笑みで、両手に水鉄砲を構え、ピューっと発射した。


「ピンク、バケツダッシャーDeathデス!」


 これで、ピンクチームは7デス。つまり、もう自分は復活できないことを意味していた。


「ライフがなくなったら、スタート地点で終わるまで待っててください」

 イベントのスタッフをしている学生が、ピンクのバケツダッシャーに声をかけた。


 その時、すでに自分を殺したグリーンの二丁拳銃トゥーハンドも、水を身軽に避けたリュック型水鉄砲タートル戦場フィールドの中に消えており、どこへ行ったかわからなかった。



「コウキ、残り3。うち一人はクロとサイトーが相手してる。残り二人は、居場所がわからないロスト

「俺、囮になる?」

「や、なるなら私だろ。援軍もらいやすいように、あの木に登って、偵察するから、テキトーなとこで隠れてて」

「オッケー」

 そういうと、コウキは足を止めて、障害物に身を隠した。


 真琴は一直線に中庭中央にある木に向かっていく。この木は、初めてクラス内でデモンストレーションした日、真琴が登りきれずに落ちてしまった木だった。


 だが。


「コウキみたいに、一気に登らなくても、いいんだもんね!」

 真琴は、下に張り出している小さな枝や、幹の凸凹をとっかかりに、スルスルと木を登った。

 頭の高さにある立派な枝へと辿り着くと、そこからフィールドを見渡す。


 木の近くでは、クロとサイトーが、リュック型水鉄砲タートルを相手にしていた。そして、そこに静かに忍び寄る長距離水鉄砲スナイパーを発見して、警告する。


「クロ!後ろから長距離水鉄砲スナイパー来てるぞ!」

「ちっ!一旦引くぞ!」

 すでにサイトーのバケツは空になっていた。その状態で新たに長距離水鉄砲スナイパーの相手はできないとクロは判断したのだろう。


「コウキ!7フォロー!後の一人は……」

 ぐるっとピンクエリアもグリーンエリアも見回すが、うまく隠れているのか見つけられなかった。


 真琴は枝からざざっと降りると、近くに駆け寄って来たコウキに囁いた。

二丁拳銃トゥーハンドが見つからない。うまく隠れてるらしい。探しにいくから、やられたらよろしく」

「任せとけ!」

 コウキは短く答えると、クロ達と合流する。


「サイトー、水入れたか?もう行くぜ、行くぜ!」

「待て!まだだって!……オッケー、行こう!」

 楽しそうな声を背に、真琴は自軍グリーンエリアを大回りで横切った。万が一でも、こっちにいる可能性を潰しておきたいと思ったからだ。


 あいにく、ピンクの二丁拳銃トゥーハンドは、自軍グリーンエリアにいなかった。


 真琴は、クロ達が戦っているところから一番離れたところから、敵陣ピンクエリアへと侵入する。

 さっきと違い、今度は自分が罠にかかる番だ。

 いつ、敵が襲って来るかわからない緊張感に、胃がきゅうっとなる。

 だが、終盤の斥候も真琴の大切な役目だった。


 現在、グリーンは4デス、ピンクは7デス

 真琴達が圧倒的有利にいるから、ここは慎重に行くよりも、スピードを優先すべきだろう。

 万一、クロ達の方へ行って、力が拮抗してしまったら、厄介だ。


 キルでは役に立てないなら、立てないなりに……。

 そう思って、大胆に敵陣ピンクエリアを駆け回っていると……。


「……いた!」

「……げっ!」

 ピンクチームのスタート地点近く。障害物の陰に隠れている敵を発見した。


 相手も二丁拳銃トゥーハンド。なら、躊躇する理由はない。

 真琴は発見した刹那、照準を相手のライフに合わせ、撃った。

 だが、相手の反射速度もなかなかのものだった。無理に身を起こそうとせず、座ったまま真琴のライフを狙う。


 水と水が空中で交差し、お互いのライフを撃ち抜いた。

「あぁ〜、やられた……!」


「ピンク、二丁拳銃トゥーハンドDeathデス!グリーン、二丁拳銃トゥーハンドDeathデス!」

 戦場フィールドに、真琴と敵の死亡宣告が響いた。


 1キル、1デス。真琴は死んでしまったが、クロ達のほうに二人いることを考えたら、王手をかけたも同然だった。


 相手は、クソッと悔しがっているが、真琴にそんな暇はない。

 三対二より四対二の方が断然有利だからだ。

 さっさと自軍に戻って、ライフを回復しなきゃ、と駆け出そうとした時、ピーっと試合終了の笛が鳴った。


「ピンク、リュック型水鉄砲タートル長距離水鉄砲スナイパーDeathデス!グリーン、バケツダッシャーDeathデス!」

 どうやら、サイトーが犠牲になって、向こうも決着はついたらしい。


「ぃよしっ!」

 真琴はその場で、小さくガッツポーズをした。


◇◇◇


「マコトちゃん、おつ〜」

 マコトが戦場フィールドから撤収しようとしたところに、声が降って来た。

 声の出所を見ると、校舎の二階の窓から勇吾と和也が顔を覗かせている。


「そっから見てたの?」

 ブンブンと手を振り返して真琴は訊ねた。


「そ〜。上から見てるのも結構おもしろいぜ」

「そう?……ユーゴは?アームレスリング、終わったの?」

「キリがないから、終わらせた」

「はは。ユーゴもおつかれ」


 勇吾は、柔道部主将との対戦との後にも、次々と試合を申し込まれ、「闘拳場」から逃げられなくなった。「ガチマッチ」の時間が迫っていた真琴は、勇吾の戦いを最後まで見ることなく、自分の戦場へと馳せ参じたのだった。


 笹原さん、ちょっと!と受付の春樹に呼ばれ、真琴は二人に手を振って、春樹の元へと駆けた。

 そこには、すでにクロ達がいた。


「次の対戦相手は、女子ばっかのチームで、完全冷やかしだと思うから、一軍の四人ささはらさんたちはちょっと休んでていいよ」

「あ、そうなの?」

「うん。『ガチマッチ』の間、出ずっぱりも疲れるでしょ?一軍は、手強そうなチームの時、働いてくれたらいいから」


 対戦表を見ながら、話す春樹に、コウキは声をあげた。

「俺、まだ全然動けるぜ!次も出たい!」

「ダメ。コウキこそペース配分とか考えないじゃん。あとで絶対バテるから、休める時は休んでて。一軍このチームは、コウキの足が頼りなんだから」

「ちぇ〜」


 コウキは口では不満そうにしていたが、春樹に頼りにされて、少し顔が緩む。春樹はコウキと長い付き合いなのだろうか。どう言えばコウキが素直に従うか、完全にわかっているようだった。


 真琴たちはそれぞれの武器を二軍のメンバーに預けると、テントの奥の椅子に座った。


 そこには、麗たちが当たり前のような顔をして座っている。

「次は出ないの?」

「出なくていいんだってさ」

 真琴はそう言うと、麗の隣に椅子を移動させて座った。

「ちょっとだけ休憩きゅうけー

 はぁ〜と息を吐く真琴を、麗はお疲れ様、とねぎらった。

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