3.フェスティバル 5

「疲れた〜」

「うへぁ〜」


 午前の「ガチマッチ」が終わって、真琴達四人がテントへと帰ってきた。

 ガチマッチの一時間で、三チームと対戦した彼らは、ヘトヘトだった。


「お疲れ様」

 麗が、甲斐甲斐しく真琴に飲み物を手渡す。

 真琴はそれを受け取って、半分ほど一気に飲んだ。


「結構ハードなのね」

「ねー。私もそう思う!」

 ぷはぁ、とペットボトルから口を離した真琴が、他人事ひとごとのように言った。


「でも、かっこよかったわ」

「え〜?本当ホント?私、結構、殺されてたけど」

 結局、真琴が相手を殺せたのは、一試合目だけだった。それ以外は相手に殺されてばかりだったのだが。


「だって、積極的に相手に向かって行ってたじゃない。それが、凄かったの」

 麗が、うっとりと真琴を見つめた。

 横から、和也も口を挟んでくる。

「確かに。もっと無謀に突っ込んでいくかと思ったけど、うまいこと逃げてたよな」


「それは、有沢くんのスパルタのおかげかな」

 昨日までのデモンストレーションの時、うるさいくらい春樹から指示が飛んでいたのだ。その時、突っ込んでいくべき時と、引くべき時、そして、かわし方を徹底して叩き込まれた。

 その時は、なんでこんなに練習させるんだ、と思っていたのだが……。

 三試合終わって、昨日まで真面目に練習していてよかった、と思った真琴だった。


「これから、休憩でしょ?ご飯行く?」

「行く行く。米食べたい!」

 優の言葉に、真琴が真っ先に反応した。

 戦場フィールドを、所狭しと駆け回った真琴は、お腹がペコペコだった。

 午後からもガチマッチがあるから、エネルギーは補給しておかねばならない。


「米か。なんかあったかな〜?」

 和也が校内図を取り出して、食べ物の店を探し始めた。

「ぶらぶら歩きながら、探せばいいんじゃないか」

 地図を見ながら、勇吾が言った。それに皆、反対はしなかった。


「あ〜、でも、私、着替えたい。服、びしゃびしゃだし、砂まみれなんだもん」

「着替えあんの?」

「制服、ロッカーに入れてある」

「じゃ、まず着替えて、それから飯だな」

 佐伯の一言に、皆は立ち上がった。



 真琴は一人、トイレで着替えて、着ていた服を干した。その後、待ち合わせ場所へ行くと、そこには麗と優、佐伯しかいなかった。


「お待たせ〜。……ユーゴとカズヤは?」

「あっち」

 麗が指差した方を見ると、少し離れたところにギャルに囲まれた勇吾と和也がいた。


「……何やってんの?」

 思いっきり不機嫌な声が出てしまったが、ここには気にするものがいなかった。


「肉巻きおにぎりの誘惑に負けた結果よ」

 麗の説明は、時々簡潔すぎてわかりにくい。それをフォローするように、優が口を開く。


「ここ、肉巻きおにぎりのいい匂いがするでしょ?待ってる間に一個食べようか、って話になって、買い出しに行ったら、捕まっちゃったんだ」

「はぁ……」

 優の言葉通り、肉とタレの食欲を刺激する甘辛い匂いが、あたりに漂っていた。

 確かに、ここで待っているだけと言うのは、酷かもしれない。


「……あいつら、人気あるんだな。あれ、三組目だぞ」

 佐伯が感心したように呟く。行く途中に一組、帰りに二組に声をかけられたそうだ。

 しかも、三組目の彼女達は、かなりしつこいらしい。何度か勇吾達が輪から抜け出そうとするが、すぐに取り囲まれてしまうと佐伯は言った。


「そうだわ!置いていきましょう!」

 まるで、名案!とでも言うように、ポンと手を打って麗が言った。

「「「いやいやいや」」」

 と三人の声が重なる。流石に、置いて行くのは気がひける。と言うか、置いて言った後が怖い。


「水瀬くん、助けに行きなよ」

「それなら、マコトちゃんのほうが適任じゃん」

「ヤダ。あんまり嫉妬ヘイト稼ぎたくない」

「今更」

 ははっと優に笑われて、真琴はムッとした。


 優は、毒舌というか、歯に衣着せぬところがある。真琴限定で。

 今もそうだし、いじめを暴露した時もそうだ。真琴が言うな、と言うのに、ペラペラと喋りやがったことを思い出す。


 真琴は、優に「あんまり私のこと、好きじゃないよね?」と聞きたかったが、「今更」と返されそうでやめておいた。

 本当に言われたら、悲しいからだ。


 ふと、勇吾の方を見ると、彼と目が合う。

 優に意地悪なことを言われて、少し意地悪な気分になった真琴は声を出さずに、「モテモテ〜」と口を動かした。ついでに、「いっ〜〜」と指で口を広げる。


 その動作に、勇吾は焦ったようだ。周りのギャルから強引に抜け出すと、真琴たちの方へと逃げて来た。それを追いかける和也。


「おかえり〜」

「モテモテだったな」

 と優と佐伯の呑気な声に、疲れ切った声で「そんなんじゃない」と返す勇吾。

「ずっと、人待たせてるっつってんのに、離してくれなくて……」

 と、女の子大好きな和也も疲れ気味だった。あまり強引なのは好きではないのだろうか。


「いっぱい筋肉、触らせてたくせに〜」

 真琴が見ている間だけでも、ギャル達は遠慮なくベタベタと勇吾と和也の筋肉に触って、歓声を上げていた。見ていないところでも、きっと触られていただろうと思う。

 真琴の口調はやや拗ねたものになってしまったが、勇吾達は気がつかなかったらしい。


「あれは、セクハラで訴えたら、勝てるぞ」

「痴漢される女の子の気持ちがわかったわ……」

 と、げっそりと言うので、真琴はそれ以上責めるのをやめた。

 自分の体を無遠慮に触られて、不快になるのに性別は関係ないと思ったからだ。


 真琴は被害者二人に同情しつつ、話題を変えようと、彼らの手に持っているものを見ながら訊ねた。

「肉巻きおにぎりは?買えたの?」

「買えた。お前の分もあるぞ」


 勇吾は三つ、和也は二つのおにぎりを持っていた。だが、ここにいるのは六人。これでは、一人分足りないのでは?


 その真琴の疑問を察した麗が、「私は食べないって言ったの」と教えてくれた。

「もう少し、あっさりしたものが食べたいわ」

 なければ、近くのコンビニで買ってくるから、と祭りの楽しみ方が一切わかっていないことを言う。


「普段食べないようなものを食べるのも、祭りの醍醐味だよ?ウララちゃん」

「そうかしら」

 全く譲歩する気の無い「そうかしら」を聞いて、何を言っても無駄だと悟る。


 文化祭前、麗は祭りが楽しみだ、と言っていたが、どうやって楽しむつもりなのだろう?

 今の所、彼女は男装しかしていないが……。


 そう思って、麗の顔を見ると、彼女はいつになく上機嫌だった。

 真琴と目が合うと、にこっと微笑んでくれた。

 その微笑みに、先ほどの指使いを思い出して、お腹がぞわぞわしてしまう。


 麗の男装は、鬼門だ。

 いつもと違う雰囲気に、どうしていいかわからなくなる。


 真琴は慌てて、何でもない風を装って、勇吾からおにぎりを受け取った。そして、勇吾にちょうどになるように小銭を渡す。


 いただきます、と皆で挨拶してから、パクッと頬張る。

 疲れた体に、じゅわっと肉の脂と米の旨味が広がる。思わず、真琴は、

「あぁっ、炭水化物〜」

 と、幸せのため息を漏らしていた。


「どういう悲鳴よ、それ」

 麗が、呆れた声で言うが、真琴は一向に気にせず、肉巻きおにぎりにかぶりつく。


「この肉巻きおにぎり、おいしぃ。肉の脂と米とタレ、最高サイコー

 真琴の声に、一緒に食べていた男達もうんうんと頷く。


「ウララちゃんも食べる?」

「結構よ」

「ウララちゃんも食べる?」

「いただくわ」

 優の申し出は速攻で却下したのに、真琴が聞くと、いると言う。

 それに苦笑しながら、麗におにぎりを差し出した。


 それに、上品な口を開けてかぶりつく麗。

 ぱくっと、端っこの方をちょっと食べて、「うん、おいしいわ」と言った。


「でしょ?おいしいよね」

 真琴が麗とそんな感想を言い合っているうちに、勇吾と和也は早くも食べ終わってしまった。


 勇吾は、おにぎりを巻いていた紙をクシャクシャと丸めると、真琴の頬を見て言った。


「――マコト、ついてる」

「むい」


 勇吾の指が、真琴の唇すれすれをかすめていく。

 そして、取った米粒をパクッと食べてしまった。


「食べた!?」

「――なんだ。食べたかったのか?」

「そうじゃないけどっ……!……いや、何でもない……」


 「何でもない」にしては、自分の頬が赤くなって行くのを感じる。

 勇吾を見ると、彼は何も気にしていなさそうだった。周りを見回して、次に食べるものを物色している。他の者も、勇吾の行動に気を止めたものはいない。

 これって、普通なのか?


 そう思ったが、何だか真琴はそうじゃないような気がして、せっかくの肉巻きおにぎりの味がわからなくなってしまった。



「……う〜ん。ピンク!」


 和也が、麗とじゃれながら歩く真琴の背中を見て、断言した。

 その和也の後頭部が、ぽこっと叩かれる。叩いたのは、勇吾だった。


「いてっ。……い〜じゃん。でるくらい」

「よくない。セクハラだろ」

 勇吾はそう言うと、前を歩く真琴に声をかけた。


「おい、マコト。これ、はおっておけ」

 そう言って、パーカーを脱ぐと、真琴へと放り投げた。


 受け取った真琴は、学校指定の半袖のワイシャツに、リボンタイ、そしてスカート姿だった。

 今日も残暑厳しく、半袖のワイシャツでも暑いくらいだった。じっとりと汗をかいているのがわかるほどなのに。


「?なんで?寒くないよ?」

 だから、もっともな疑問を返した。


「なんでも、だ。悪いことは言わない」


 勇吾は、説明する気は無いらしい。どう言うことだ、と和也を見ても、「てへぺろ」と言うだけで、説明してくれなかった。


 結局、何もわからないまま、勇吾に押し切られる形で真琴は勇吾のパーカーをはおらされた。

 それは、同じ時に量販店で買ってペイントしたパーカーだと言うのに、すでに勇吾の匂いがした。

 なんだか、なんだか……と思ったが、結局、それは真琴の中ではっきり言葉になることはなかった。




「この辺は、喫茶店とかが集まってるのかな」

 ある程度、腹がいっぱいになった一行は、校内をぶらぶらとし始めた。


 校内は、色々な部活の展示や、火を使わない店が教室を利用して開かれていた。

 客引きのメイドやチャイナ姿の女の子を避けながら歩いていると、お化け屋敷があった。


「ユーゴ、お化け屋敷だって。入る?」

 にやぁ、と笑いながら、真琴が勇吾の腕を掴んでお化け屋敷の方を指差した。

「――お前が一緒に入るならな」

 勇吾も負けじと言い返す。


 いいよ、と受けて立とうとしたが、今、お腹を押さえられると、確実に。さっき食べたものが。

 真琴が曖昧に流して、歩みを進めると、近くの教室から、「お〜」と歓声が聞こえてきた。


「なんか盛り上がってるみたい」

「あそこは、ゲー研だな」

 和也が校内図に目を落として、教えてくれた。

 ウズウズと真琴の好奇心が刺激される。


「――行ってみる?」

 周りに尋ねると、誰からも反対はでなかった。

 一行は、好奇心のおもむくまま、ゲーム研究会へと足を運んだ。

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