3.フェスティバル 2-1

「どう?似合うでしょ。僕ってば、何着ても似合うから困るよね〜」

 ドレス姿の美女は、優の声でそう言うと、くるくると回って全身を隈なく見せびらかす。


「マジでスグルちゃん……?」

 目の前の美人が、どうしても優だと信じきれない様子で、和也が問うた。

 和也の問いは、真琴他、この場にいる人間の心の声の代弁だった。


「そうだよ。美人すぎてびっくりした?」

 優は、冗談めかして言うが、優がいうと冗談にならなかった。


「このドレス、オーダーメイドなんだよ。佐伯がくれたんだ」

 優がそう自慢すると、和服美女がドヤ顔をした。その仕草は、よく知る佐伯と全く一緒だった。


「うわぁ〜、マジかぁ……」

 真琴が思わず呟いた。

 世の中、なんか間違っている、と思う。こんな美人が……男。しかも、よく知る優と佐伯とは。

 女装コンテストなんて、素人が雑に女装した様を笑うコンテストではなかったのか。

 こんな、こんな完膚なきまでに仕上げられたら、生物学的に女であるというだけの自分は、全く敵わないじゃないか!


「……てゆーか、なんで女装してんの?」

 和也が、根本的な問題を聞いた。


 そうだ。特技コースは、女装&男装コンテスト開催者であって、参加者でないはずだ。

 なのに、何故、麗まで男装しているのだろう。


「あぁ。僕たち、コンテストやるじゃん?盛り上げるために、皆、文化祭では女装か男装することになってんの」

「はぁ〜。……多分、こんなガチでやれって意味じゃないと思うけど。このまんまじゃ、スグルちゃん、優勝しちゃいそう」


「知ってる。でもさ〜、どうせやるなら、クオリティ上げたいじゃん?」

 とは優。


「あまりみっともない格好するのは、嫌だし」

 と、追従して麗。


「適当にお茶濁して、お前らに笑われるのも癪だしな」

 最後に佐伯がそう締めると、クロウニーの面々は、納得した。

 こいつら、負けん気も強ぇ〜上に、プライドも高かったな、と。


 そう言う三人の衣装のクオリティは確かに高かった。

 特に、佐伯が力を入れたのだろう。優の衣装は、絞るところ、ふわりと広げるところのメリハリが効いていて、うまく女の子らしいラインを作り上げていた。

 ドレスに使われているレースも、多分特注だ。女物のドレスに使われるレースよりもやや大ぶりにできていて、身長の高い優の頭身に合わせてあった。比較対象のないところで写真を撮れば、可憐で小さなお嬢様にしか見えないだろう。


 流石にヒールのある靴はしんどいのだろう。靴はペタンコだったが、もともとモデル体型で長身の優だ。ペタンコの靴でも、そのスタイルの良さは、崩れなかった。


「……かわいいけど、でけぇな」

 クロウニーの一人がポツリとこぼす。それを耳ざとく聞きつけた優が、「それ!」と同意した。


「僕、背高いからさ〜。立って身長釣り合う人って、ユーゴくらいじゃない?」

 優の言う通り、彼は他の人よりもやや高かった。だが、勇吾の隣に立つと、やはり勇吾の方が高い。


「こうやってさぁ」

 そう言いながら、優が勇吾の腕に自分の腕を絡める。そして、ちょっと膝を曲げれば、勇吾の方にちょうどよく頭が乗るのだ。

「こうやったら、カップルに見えない?」

 こてん、と勇吾の肩に頭を預けると、どこからどう見てもお似合いのカップルだ。


 勇吾は、絶世の美女に仕上がった優の迫力に負けていなかった。自然体であるにも関わらず、バッチリ作り上げた優を横に侍らせても、勇吾らしさは一切霞まなかった。


 むぅ、と真琴の口が無意識のうちに「へ」の字に曲がる。

 真琴は、背が小さいから、どう足掻いても、あんな体勢になれない。

 それに、勇吾の隣に並んで、あんな雰囲気が作れるだろうか……。


 男どもは呑気に、お似合いだ、なんて言って、いろいろなポーズをさせて遊び始めた。

 優が、勇吾の胸にしなだれかかったり、勇吾の首に腕を回して顔を近づけたり……。

 真琴なんかは、密着しすぎなんじゃないか、と思うが、勇吾達はそう思わないらしい。

 しまいには、誰かのリクエストに応えて、優をお姫様抱っこまでし始めてしまった。

 優も優で、満更でもなさそうに勇吾の腕の中に収まっている。


 真琴が、なんだか「むむむ」となっていると、麗に声をかけられた。

「マ〜コト」

「ウララちゃん」

「何かわいい顔しているのよ」

 そう言って、真琴のほっぺたを細い指でツンツンとつついた。


 麗は、体にぴったりとしたタキシードに、蝶ネクタイ、それにステッキを持っていた。英国紳士か執事か、といった装いだった。

 衣装は禁欲的なのに、相反して大きな胸が存在を主張しており、女の真琴から見ても非常に扇情的だった。


 真琴は、どこを見ていいのかわからず、目線を彷徨わせた。こんな体たらくでは、クロウニーの奴らを童貞だとバカにできないな、と思う。

 顔を赤らめてドギマギする真琴がおもしろいのか、麗がぐい、と体を近づけて来た。

「マコト?どうしたの?」



「ね、似合ってる?」

 麗が、不自然なほど体を近づけて、真琴に囁いた。その吐息が、真琴の耳をくすぐって、思わず首をすくめた。


「う、うん。似合ってるよ。かっこいい」

 視線を下げれば、麗の胸が見える。それで視線を上げれば、いつもと違う雰囲気の麗の顔のアップがあり、真琴はどこを見ればいいかわからず視線を彷徨わせた。


 それに気がついているだろうに、麗は余裕の微笑みを浮かべると、真琴の顎にその細い指を這わせた。


「ありがとう。嬉しいわ。あ、でも……真琴はかっこいいのは嫌いなのよね?」

 悲しそうに目を伏せる麗に、真琴は慌てた。

「確かに、イケメンは嫌いだけど、麗ちゃんのことは好きだよ?」

「本当?私のこと、好き?」

「うん」

「うふふ。嬉しいわ」

 真琴の答えに、麗は満足したようだ。わずかに体をずらして、真琴の衣装を眺めた。


「……ねぇ、この衣装、暑くないの?下は何着ているの?」

 あっと思った時には、パーカーのジッパーが下げられていた。中に着ていたチューブトップのトップスが露わになる。

「あら。チューブトップなのね」

「迷彩柄って、これしかなくて」


 工業科一年の衣装コンセプトは、「戦闘服」だった。それらしいミリタリー風の服は、手持ちの中でこれしかなかったと真琴は説明した。

 ちょっと露出が多くて、恥ずかしさから、ジッパーは一番上まで上げていたのに。


「やだ。お腹が見えてるじゃない」

 麗が指摘した通り、服がずり上がり、あまり鍛えられていない腹が見えていた。だから、前を開けていなかったんだって、と言う真琴の抗議は、麗に黙殺された。


「う……、ん。ふふふ。ウララちゃん、くすぐったい」

 麗が真琴の腹をするすると撫でる。

 熱のこもっていた肌に、麗の冷えた指先は気持ちが良かった。


 麗は真琴の腹をさわさわと撫でると、その中心に目をつけた。

「……かわいいおヘソ」

 麗はそう言うと、焦らすようにヘソの周りを爪を立ててつうっとなぞる。

 真琴は、その刺激に思わず「んっ」と声を漏らしてしまった。それがひどく恥ずかしいことのように思えて、顔が赤くなる。


 麗は、真琴の反応にさらに大胆になった。

 真琴のヘソに、その細い指先を入れると、くぷくぷと動かしたのだ。

「んんっ、動かさないで」


 麗は、くすくす笑うだけで、指の動きを止めようとしなかった。

「ウララちゃんってば……」

「うふふ。くすぐったい?」

「くすぐっ……ったい」

「それだけ?」

「それだけ……に決まってるでしょ」

 口ではそう言ったが、麗に突かれているところが熱を持ったようにじんと痺れてきた。

「ウララちゃ……。まって、やめ、あ……」

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