3.フェスティバル 1

 ぽん、ぽんと音だけの花火が、雲ひとつない空に打ち上がる。

 九月末の土曜日。今日と明日は、清風高等学校の文化祭だった。


 いつもは無機質に外と中を隔てるだけの正門も、今日は綺麗に飾り付けをし、全ての人を受け入れるべく開放されていた。

 その正門の飾りは、荒波と富士。今年のテーマは、「葛飾北斎」だ。

 文化祭実行委員は、それぞれ浴衣や甚平、どこからか借りたのか剣道着など、和風っぽい衣装に身を包み、雰囲気を盛り上げていた。


 校舎内はすでに人で溢れていた。

 思い思いの衣装で、身を飾った高校生。外部から招待されたとおぼしき私服の人。制服の者ももちろんいたが、その制服ですら、この学校のものではないのが大半という有様だった。


 その校舎のどこにいても聞こえる音楽。そして、歓声。

 それは、校舎に囲まれた中庭が発信源だった。



 ずん、ずんと腹に響く重低音がスピーカーから流れてくる。


 マイクを握ったクロウニーのメンバーのサダが中庭にある蛍光ピンクのお立ち台に立つ女子を紹介した。


「さぁ〜って。次のピンクチームは『女バス3年』だぁ〜!リーダーのアイコ、サキ、リリナ、マリのアマゾネスチィィイム!」

 その声に、お立ち台に立った女子四人が、少し恥ずかしそうに手に持った蛍光ピンク色の武器を掲げる。


「対するグリーンチームは『SAT』のタケル、リュウ、タスク、イツキだぁ!特殊急襲部隊SATの名に恥じない動きを見せてくれるか!?」

 蛍光グリーンに彩られたお立ち台に立つ男子は、校舎に友達でもいるのだろうか。そちらに向かって、持っていた水鉄砲を数発発射した。


 工業科一年のイベント会場は、黒をベースに蛍光ピンクと蛍光グリーンで塗り分けられていた。さらに、クラス全員が同じ蛍光ピンクと蛍光グリーンのペンキが飛び散った黒パーカーをユニフォームとし、統一感を出している。


 イベント会場は、中庭の奥半分が割り当てられていた。

 中庭の半分を贅沢に使い、そこここに障害物や水の入ったドラム缶が設置されていた。

 その中庭の端と端に、蛍光ピンクと蛍光グリーンで彩られたお立ち台が。そこが各チームのスタート地点だった。


 九月になっても一向に弱まらない日差しのせいか、それとも、前日まで春樹に命令されてデモンストレーションを何度も行なっていたせいか、工業科一年のイベントは大盛況だった。


 特に、中庭で行なったのが、非常に良かった。校舎の廊下の窓から、俯瞰して戦う様子が見られるのだ。やっている者だけでなく、見ているだけで楽しいイベントになって、盛り上がりを見せている。


 サダのスタートの合図とともに、一斉にスタート地点から飛び降りて、相手に向かっていく様子を、クロウニーの面々は受付のテントの下からでれぇ〜っと眺めていた。


 ここは実は、特等席だった。

 「女バス3年」と「SAT」が接敵して、きゃあ、きゃあ歓声をあげながら水鉄砲を発射する。

 「女バス3年」チームは、上はTシャツに、下は制服のスカートだった。

 そのスカートが動きに合わせてひるがえる。Tシャツは、水をかけられて、徐々に透けて、肌に張り付いていく。

 その様子が、プレイヤーの次に間近で見られるのだ。


 「SAT」の面々も、途中でそれに気がついたのだろう。彼女達の上半身を重点的に狙っていた。

 だが、それも何も不自然なことではない。なぜなら、ライフは、胸元なのだから。


「グリーン、リュック型水鉄砲タートルDeathデス!」

「ピンク、バケツダッシャーDeathデス!」

「うわぁ、やられたぁ」

 サダの声とともに、ライフを失ったプレイヤーが次々と戦場フィールドを後にする。


「さぁ、残るは、グリーンの長距離水鉄砲スナイパー二丁拳銃トゥーハンド!対するピンクはリュック型水鉄砲タートルのみ!ここから逆転できるかぁ!?」


「やぁ〜、マジ無理無理!来ないでぇ!」

 悲鳴をあげて逃げ回るピンクの生き残りを、グリーンチームがうまく障害物まで誘導し、追い詰め撃った。

「ひどぉ〜い」

「や、勝負なんで、すみません」

 ちっともすみません、なんて思っていない顔で、グリーンチームが謝る。


「勝者、『SAT』!この勇者達に拍手を〜」

 その声に応えて、見ていた者たちから拍手が送られた。


 だが、テントに集まっていたクロウニーはそんな進行おかまいなしに、自らの欲望に忠実だった。

 彼らの欲望――それは、ナンパである。


「や〜、結構濡れるね」

 プルプルと濡れたところを振りながら、ピンクチームの最後の一人が帰って来た。今の時間の担当が彼女から銃を受け取り、次のゲームの準備をする。


「あ、俺、タオルありますよ」

 別のメンバーが、そう言って、真新しそうなタオルを鞄から取り出した。

「洗濯してあるんで、良かったらどうぞ」

「え〜、いいの?マジ助かる〜」

 そう言って、女の子は濡れた胸元や手足を拭いていく。


 一箇所に集まって体を拭く女バスの三年生に、ダベっていた男達の中から四人が立ち上がって近づいて行った。

「先輩達は、女バスっすか?何やってんすか?」

「ウチら〜?ウチらは、クレープ。来てくれたら、サービスするよ」

「え!マジッすか。行きます。てか、この後、時間あります?良かったら一緒に回りません?」

「え〜、どうする〜?」

「やだぁ。年下じゃん」

 一人が、満更でもなさげに、だが、駆け引きとして拒絶を口にした。だが、男達も一歩も引かなかった。


「年下なんで、かわいがってください!お姉さま!」

「マジ、ウケる〜」

「やだぁ」

 と、おどけて言った言葉に対して、楽しそうに笑う。それを見て、男達は「いける!」と確信した。


「い〜よ、一緒に行こっか」

 リーダー格なのだろう。一人がそう言うと、周りから反論は出なかった。


「――てか、当番はいいの?」

「や、俺らはここで暇してただけなんで」

「そっか〜」

 そんなことを話しながら、遠ざかっていく背中に、残された男達は、心の中で頑張れ!とエールを送っていた。


 昨日、春樹から、「彼女が欲しい人は綺麗なタオルを何枚か持ってくること」と聞いた時、正直「???」だったが、そう言うことか、と今では皆納得していた。

 濡れた女の子に、自然に声がかけられ、しかもうまくいけば、さっきのようにお近づきになれるのだ。


 皆は、パソ部の方に行っていて、この場にいない春樹に向かって、拝んだ。

 もし、ナンパが成功して、彼女ができたら、彼女の友達を紹介しよう。そう思うくらい彼らは春樹に感謝していた。


◇◇◇


「やー、皆、楽しそうだねぇ」

 テントの片隅、と言うか、奥の方の目立たないところで椅子に座った真琴が呑気な感想を口にした。楽しそう、と人ごとのように言う真琴も、ニコニコと楽しそうだった。


「いいことだ」

 どちらに対してか、勇吾は明言することなくうんうん頷いた。


 椅子の背に片腕をかけて、楽しそうに去っていく男達の背中を見ていると、真琴が勇吾に訊ねた。

「ユーゴは?行かなくていいの?」

 こいつは、それがどう言う意味かわかって言っているのだろうか、と首を巡らせると、眼鏡の奥の瞳が、少し不安で揺れている気がした。


「……俺は知らない女に興味はない」

 勇吾のその言葉に、真琴は目に見えてほっとしたくせに、憎まれ口を叩いた。


「私のことだったら、気にしなくていいんだよ?ここにいたら、普通科の女の子達も手を出してこないだろうし」

 つん、と表情を取り繕って、薄い胸を張る真琴の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回してやった。やめろ、と嫌がるが、それもどこか嬉しそうなのは、自意識過剰だろうか。


「しつこい。……それよりも、お前も行かなくていいのか?」

「はえ!?ナンパに!?」

「違う。出店やらだ」

 お前が誰をナンパするつもりなんだ、と言うと、そんなことしないよ!と噛み付いて来た。


「私、たしかもう直ぐシフト入ってるんだよね」

 そう言いながら、パーカーのポケットからシフト表を取り出して来た。


「ほら。ここ。赤ですっごく強調されてるでしょ。有沢くんが、絶対この時はここにいろって言っていたから」

 そう言って覗き込んだシフト表には、午前一時間、午後二時間分が赤で囲まれて、絶対!と注釈まで書かれていた。その赤枠の中には、四人の名前。


「……何するんだ?」

 赤枠の外に、受付当番の人員の名前が書かれているのを見て、勇吾は尋ねた。


 ちなみに、このシフト表の中に、勇吾や和也、その他クロウニーの幹部の名前はなかった。


 春樹曰く。

「は?ユーゴ達が受付してみなよ。すぐに違う目的の男が集まってくるから。イベントを成功させたかったら、校内ぶらぶらするか、テントの奥で大人しくしといて」


 そう戦力外通告された勇吾は、春樹の言葉に従って、テントの奥でちょこんと大人しくしているのだった。


「何するか、私も知らないんだよね〜」

 真琴がいささか不安な声で答えた。


 その視線の先には、デカデカとタイムスケジュールが書かれた看板があった。その看板の「ガチマッチ」と書かれたところと、真琴のシフトは完全に一致していた。


「『ガチマッチ』って、なんか聞いてる?」

「いや。ルール関係はハルキに一任してある」

 だよね〜、と嫌な予感しかしない真琴はため息をついた。


◇◇◇


「な〜にため息ついてんの」

 勇吾とそんなことを話していると、ジュースを手にした和也が帰って来た。

「や。和也は『ガチマッチ』って、何するか知ってる?」

「知らね。ハルキに聞けばわかんじゃね?」

 と全く勇吾と同じ答えが返って来て、信じて放任するにも程がある、と真琴は頭を抱えた。


 そんな話をしていると、ざわざわと言うざわめきが近づいて来た。

 何だ?と思って、声の方を見やると、そこには絶世の美女とも言える美女が二人、こちらへ向かってくるところだった。


 一人は、ドレスを着た美人だった。ふわっと広がるドレスには、レースが贅沢に使用されていた。ゆるくウェーブした茶色い髪をアップにまとめ、綺麗なうなじを惜しげも無く晒していた。


 その横を静々しずしずと歩くのは、着物を着た美女だった。こちらは黒髪をきっちりまとめ上げ、落ち着いた色合いの着物と相まって、妖艶な雰囲気を出していた。


 そんな美女が二人、迷うことなくこちらへ向かってくる。それを見て、男達は何故か焦った。

 なんでこんな美人がここに!?まさか、俺らのイベントに参加すんのか!?


 そんなささやきが交わされる中、美女二人は、一直線に受付へ来た。そして、おもむろにドレスの美女が口を開く。


「おはよー、皆。ユーゴ、いる?」

「「「え?」」」

 その声は、聞き間違えようもない、優の声だった。


「それと、マコトも」

「「「えぇ?」」」

 その美人の後ろから、タキシードに身を包んだ執事が顔を覗かせる。しかし、その声は、どう聞いても麗だった。


「何だ、いないのか?それならここで待たせてもらえないか」

 和服美人は、いつもの尊大な佐伯の声を発する。そのギャップに、男達はとうとう堪えられなくなった。


「「「ええええええぇぇぇぇぇぇ!???」」」


 男達の野太い大絶叫が、中庭に木霊こだました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る