2.ディテクション 3
「私さぁ、中学生の頃、いじめられてたんだよね」
真琴が、窓の外を見ながら、ぽつりと言った。
今は、文化祭の準備時間だ。工業科一年は、看板やら障害物やら大きなものを製作するため、ほとんどの者が中庭に出て作業していた。
その楽しそうな様子を、二階の廊下から見ながら、真琴は中学時代のことを思い出していた。
中学時代も、こうやって楽しそうなクラスメイトを遠くから見ることが多かった。その輪に入りたくなかったと言えば、嘘になる。だが、その輪に入るために下げる頭はなかった。
だから、ずっと遠くから眺めるだけだった。
だが、今は勇吾と和也が隣にいる。それに、下に降りていけば、容赦無く仕事が割り振られるだろう。
その辺、このクラスの者達は遠慮しない。――いや、女子だからと変な差別をしない。それが心地よかった。
「だからさ、教科書に落書きされた時も、あぁ、またかって。」
傷つかなかったわけではない。悲しくなかったわけではない。
だが、いじめの主犯が変われど、することが同じで
「あんたらに気を使った……わけじゃないけど。おかしな話じゃん。あんたらのせいでいじめられてるから、何とかしてって」
「何もおかしいことはないだろう」
「そうかなぁ」
「そうだ」
きっぱり言い切る勇吾の力強さに、真琴は苦笑した。
「とにかく。まぁ、そんなわけで、まぁ、いじめられるのには、慣れてるわけですよ。だから、鈍感になってたってゆーか、これくらいならまだ我慢できるなって」
「そんなことに慣れるな」
怒ったように勇吾が言う。怒っているのは真琴に対してではない。それがわかって、真琴は嬉しかった。
「理不尽に慣れるな。諦めるな。屈さず、打てる手を打て」
それを聞いて、勇吾らしいな、と思う。
勇吾はいつも逃げない。真正面から向かっていくイメージがある。
そのイメージ通りの言葉だった。
実は、真琴の第一志望の高校はここではなかった。最初、普通の近所の公立校へ行こうと思っていたのだが、そこにいじめの主犯格の女子の大半が進学すると聞いて、
四月に勇吾達を見た時、何で自分の人生、こんなにハードモードなんだ、と絶望したが、今ではここにいられてよかった、と思っているから、何がどう幸いするかわからないものだ。
そして、何がどう不幸につながるかも。
「なんでいじめられてたの?」
「それがさぁ、聞いてよ!」
和也の疑問に、真琴は
真琴がいじめられたのは、一人の男子がきっかけだった。
その男子に嫌われた……わけではない。逆だ。好かれてしまったのだ。
その男子は、サッカー部だかバスケ部だかのエースで。男女ともに好かれているような、爽やかなスポーツ少年だった。
その男子が、何かの拍子に言ったらしい。「笹原さんって、かわいいよね」と。
運悪く、当時、真琴のクラスカースト上位の女子の中に、その男子のことを好きな子がいた。
そして、その女子がその話をどこかから聞いてしまった。
それからだ。真琴に対する無視が始まったのは。
無視から始まり、陰口、私物隠し、教科書への落書きといじめはエスカレートして行った。
「ひどくない?私、その男子と話したこともなかったんだよ!?」
今更怒りが
「サッカー部だったかな?それがすごく上手な男子だったらしいけど、知らんし!」
真琴の怒りは、女子はもちろん、元凶となった男子にも向かっていた。
まぁ、いきなり流れ弾を当てられたようなものだ。怒りたくなる気持ちはわかる。
だが、
「友達だった子もさぁ……。友達だと思ってたんだけどな」
いじめが始まってから、友達だと思っていた人も、離れて行った。
いや。単純に離れただけだったら、まだマシだったかもしれない。
友達のうちの一人は、クラスも部活も同じだった。
その子は、クラス内ではカースト上位の女子に怯え、真琴を無視するくせに、部活内では普通に話しかけてきた。真琴は、そのどっちつかずの態度が嫌だな、と思いつつも、当たり
だって、友達だったし、その子がカースト上位の女子達に怯える気持ちもわからなくもなかったから。
だが、その子は部活の時に話した内容を、
それを知った真琴は、ここには味方はいないんだな、とがっかりしたのを思えている。
それからだ。真琴は誰かに頼ったり、弱みを見せたりすることが苦手になった。
自分でできることは自分で。できないことも、なんとか工夫をして乗り越えてきた。
「だからさぁ、今、こうやって話してんのも、ちょっと怖かったりする」
そう笑って、震える手を二人に見せるように目線の高さまで上げた。
おどけて言わないと、泣いてしまいそうだった。
今回のいじめのことを、勇吾達に言わずに自分で何とかしようと思ってしまったのは、言うのが怖かった、と言うのも大きい。真琴にとって、いじめは友達が離れていくことと同義だったからだ。
震える真琴の両手を、片方ずつ勇吾と和也の手が包み込んだ。
「俺たちはそんなことしない」
「ってゆーのは、もうわかってると思うんだけど?」
「……わかってる、んだけど……」
真琴だって、頭ではわかっていた。勇吾達クロウニーの奴らは、いじめみたいなダサいことはしない。むしろ、そんな場面を見たら、
クロウニーの奴らは、クラスを我が物顔で支配していたが、情弱モブ達をいじめるどころかパシリにさえしたことはなかった。それもこれも、勇吾の指示が徹底していたからだ。それを真琴も気がついていた。
「わかってるん、だけどさぁ……!」
だが、いくら頭で理解していても、心が付いてきてくれなかった。
昨日まで友達だと思っていた者から急に無視された時の不安感。
いつ、どんないじめが仕掛けられるかわからない緊張感。
その中で、それでも信じた者に裏切られた時の絶望感。
いくら平気なふりをして、心の奥底に隠していたからって、それを忘れたことはなかった。
忘れたことはなかったんだな、と
「……俺はさ、マコトちゃんの気持ち、わかるよ」
和也は、真琴の隣に寄り添って、一緒に外を見ながら話し始めた。
「いじめってさ、いきなり、すっげーくだらねー理由で始まるよな」
こくん、と真琴が頷く。
「いきなり始まるし、周り中が敵に思えて、疑心暗鬼になる。だから、誰かに相談しようとか、助けてもらおうとかそう言う発想になんねーよな」
助けてもらうにしても、その友達を巻き込んでしまうかもしれない。そう思うと、余計に周りに言えないものだ。
「でもさ、ぜってー助けてくれるやつは、いる。……俺とか、ユーゴとかな」
そこで真琴を見て、
真琴の両手は、今、窓の
その時からずいぶん時間がたったものだと、和也が勇吾を見上げると、勇吾も同じことを考えていたのか、目が合った。
目線で、後は頼んだ、と勇吾にバトンタッチをする。
勇吾は、真琴と目線の高さを合わせると、噛んで含めるように言った。
「マコト。お前が心から俺たちを信じられないと言うなら、信じられるようになるまで、俺たちは行動で示してやる」
「信じ……たいんだよ!でも、私が悪いからっ……」
「いや。お前は悪くない」
勇吾はきっぱり言い切った。
「お前は悪くない。そんなことがあったら、簡単に人を信じられなくなって、当然だ」
「だからっ!信じたいんだよ!」
伝わらないのがもどかしいように、真琴が声を荒げる。それでも、勇吾は落ち着いていた。
「わかる。お前が、俺たちを信じたいと思っているのもわかる。だから、焦るな。焦らなくていい」
「うぅ……」
勇吾は真琴が落ち着くのを待って、口を開いた。
「マコト、お前が俺を信じられるようになるまで、俺は行動で示してやる。だから、お前も一つ、約束をしろ」
「……約束?」
「今回みたいなこと、だけじゃない。お前が困っていること、辛いこと、大変なこと、なんでもいいから、ちゃんと教えろ。弱みだと思うな。利用されると思うな。俺は、お前を助けてやる」
さっき苦手だと言ったことを要求してくるのか、と真琴は思ったが、だが、知らなければ行動できないか、と納得する。
だから、真琴は素直にわかった、と返事をした。
その返事を聞いて、勇吾は満足そうに頷いた。
「俺も頼っていいからね〜」
和也が横から口を挟んできた。
「ユーゴは脳筋だし。それ以外のことなら、俺の方が上手くやれるぜ〜」
ありがとう、と真琴は和也にもお礼を言った。
じわっと胸が温かくなる。そして、その温もりは、胸から全身に広がって、真琴の力になるようだった。
「……あんたら見てると、私も戦おうって気になるから、不思議だわ」
と、真琴が二人を見ながら言った。
「喧嘩したいの?」
「違う、違う。いじめのこと。そう言えば、あんた達見て、私も戦えるって思って証拠とか集め始めたんだよな、って思い出して」
「なにそれ!」
真琴の言葉に、和也が信じられないことを聞いた、とでも言うような悲鳴をあげた。それに慌てて言い訳をする。
「中学の時に、だいたい対処法は編み出してたし、クラスも違うから、いけるかなって」
「無理だろ」
「無茶でしょ」
なんで真琴ちゃんって、時々こんなに無謀なのかな〜と、和也がため息をついた。
「一対多数だと、よほど実力差があるか、上手くやらないと勝てないぞ」
何人相手に戦ってるんだ、と勇吾に聞かれて、
「ひぃ、ふぅ、みぃ……いっぱい?」
その真琴の言葉に、勇吾もガックリくる。
「……あのな、マコト。相手が団体で来るなら、こっちも団体で対処しよう」
「でも、相手は女の子だよ?」
「別に、正面切って殴り合うわけじゃない。そこに、性別は関係ない」
「そういうもん?」
「そういうもんだ」
呆れたような勇吾の声に、真琴は素直にはい、と頷いた。
「マコト。お前の件は、クロウニー預かりにするぞ。悪いようにはしない。いいか?」
勇吾が、昼休み、真琴がイマイチ納得していなかったことを思い出して、再度念を押した。
流石にここまできて、拒否する真琴ではない。よろしくお願いします、と頼むと、任せろ、任せて、と両側から頼もしい返事が返ってきた。
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