2.ディテクション 1

「あ、私、ちょっと……」

 麗はそういうと、そこで言葉をにごした。


 だが、一緒に廊下を歩いていた真琴にはそれだけで意味が通じたので、

「私、まだいいから、ここで待ってるね」

 と言って、歩みを止めた。麗は真琴の返事を聞くと、一人、トイレへと向かって行った。


「僕も行こ〜っと」

 優が軽い調子で言うと、その言葉につられたように、クロウニーのメンバーの何人かがトイレへと向かった。その中には、勇吾達の姿もあった。


 今日も、みんなで一緒にご飯を食べて、教室へ戻る帰り。

 途中のトイレに、何人かが立ち寄っていく。


「俺ら、先行ってるわ」

 薄情な者が、待たずに帰ると言うので、真琴はわかった、とその伝言を預かった。


 トイレ前の廊下で、窓の外をぼうっと見ながら、麗達を待った。


 外は、九月というのが嘘であるかのように、太陽が輝いていた。気温も、全く下がる様子がない。

 今年は残暑が厳しい、と天気予報で言っていた。文化祭当日も、今日みたいに暑ければ、水鉄砲で遊ぶ、というイベントはきっと人気が出るだろう。


 そんなことを考えながら、ぼうっとしていたせいで、最初は何のことを話しているのか気がつかなかった。


「なんか、くさくな〜い?」


 このトイレは、学食から一年の校舎に続くトイレなので、それなりに人通りはある。その中の一人が、通り過ぎながら結構な声量で隣の友達と話していた。

 聞こえてきた声に、トイレ前だから、臭いのは当たり前だろうと、真琴は意識もしなかった。


「確かに〜。イカ臭いよね〜」


 声の大きな子の友達も声が大きいようだ。まるで、誰かに聞かせたいかのようにはっきりと会話していた。


 イカ?海鮮か?でも、今日の学食のメニューに、海鮮はなかったよな、と真琴はぼうっと思う。あの雲は、イカっていうより、クラゲだなー。


 すると――。

「どっかにヤリマンでもいるんじゃな〜い?」

「あはは!ちょ〜、本人を前に言うとか!」

「やば〜い。男にぶっかけられすぎて、臭い染み付いてるんじゃな〜い?」

「やだ〜、もう!」

 その会話に、真琴は思わず女達を見つめた。


 女達は、真琴の視線を受けても平気そうだった。それどころか、どこか勝ち誇った表情をしていた。そして、嫌らしそうに笑い合いながら、一年生の教室の方へ駆けて行った。


 それを、真琴はぽかんと見送る。


 あれ?もしかして、さっきの言葉、私に向かって言われた?

 …………、

 ……忘れてた!私、いじめられてたんだった!


 友達が増えたせいか、その友達となんだかんだ夏休みに楽しく遊んだせいか、いじめられていたことを忘れていた真琴だった。


 は〜、まだ飽きないのか、と感心半分、呆れ半分で彼女達の後ろ姿を見送った真琴だったが、それで済ませられない者がいた。


 ぎぃっと男子便所の扉が開く。

「――なんだ、今のは」

 そこには、鬼の形相をした勇吾と、背筋も凍る微笑みをたたえた和也がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る