1.プリパレイション 5
真琴がA定食の白身魚のフライをつつきながら、麗に訊ねた。
「ウララちゃん達のクラスって、文化祭、何するの?」
「特技コースは、伝統的にコンテストの舞台作りよ」
麗は、つまらなさそうに答えた。
麗の説明によると、特技コースは、一年ごとに「ミス&ミスターコンテスト」と「女装&男装コンテスト」を開催しているらしい。そして、各学年で役割分担をして開催するのだとか。
三年生は当日の司会進行、二年生は舞台コンセプトと事務関係、一年生は舞台の制作という実働を任されていた。
「――まぁ、皆がみんな集まれるわけではないから、仕方がないのだけれど」
それでも、麗は漫画やドラマの中で出てくるような文化祭に淡い期待を抱いていた。中学では合唱コンクールやクラス制作しかしなかったから、余計に楽しみだった。
「今年は、女装&男装コンテストだって。また、お知らせが行くと思うけど、各クラス一人以上参加が義務だから、よろしくね!」
麗の向こう側から、優が楽しそうにこっちへ向かって言った。だが、その言葉は真琴のさらに奥に座っていたクロウニーの面々に向かって言われたものだった。
最近では、こうやってクロウニーのメンバーに、真琴達が加わって、皆でお昼ご飯を食べるのが日常化していた。
「じょそう〜〜〜?」
優の言葉を聞いた和也が顔をしかめた。
「誰がやるんだよ、そんなもん」
ノリのいい和也だから、女装もノリノリで受け入れるかと思ったが、この拒否反応。
それにつられてかはわからないが、何人か嫌そうな顔をしている者がいた。
どうやら、男らしくないのは、あまり好きではないらしい。
「モブどもにやらせりゃいいんじゃね?」
「だよな。あいつらにも見せ場やらねーと」
と勝手に押し付けることが決定される。
きっと、そのモブの中に、私も入ってるんだろうな〜と思いながら、横に座っている勇吾を見上げて言った。
「ユーゴは?女装とか、興味ない?」
「はぁ!?」
その言葉に、勇吾ではなく、和也が反応した。
「何言ってんの!?マコトちゃん」
「や、だって、ユーゴって、顔整ってるじゃん。顔だけ見たら、女装とかありじゃない?」
「よく見ろ!この!男らしい顔の!どこに女装させる要素があるんだよ!」
和也は、叫びながら勇吾の顎を
「ない〜?だって、ユーゴって、時々すっごくかわいいじゃん」
「「「いつ!?」」」
真琴の言葉に、クロウニーの面々の声がハモった。
「……マコト、私はいつもあなたの味方でいたいと思っているけど、その意見には賛同できないわ」
「え?本当に?」
麗にまで異を唱えられ、その後ろでは優と佐伯も麗の言葉に頷いている。
クロウニーのメンバーは、勇吾スゲー補正がかかっているから、勇吾のかわいらしさが認められないのかと思ったが、この三人もそう言うということは、勇吾はかわいくないのだろう。
「あれ〜?」
と真琴が首をひねった。
甘いものを食べながら、地味に花を飛ばしていたり、失敗してしょんぼりしたりしている時、大型犬に似たかわいさがあると思うのだが……。
「180cmオーバーの、マッチョの女装に需要はないわよ?」
麗の冷静な一言に、周り中が同意して、うんうん頷く。
真琴が最後の希望を込めて、勇吾を見上げたが、あっさり「しないぞ」と拒否されてしまった。
その後、話は流れていき、誰がコンテストに出るかということは、忘れられてしまった。
それでも、真琴はずっと、勇吾はきっと女装が似合うのに、と思っていた。
◇◇◇
「今日は、皆さんにちょっと、殺し合いをしてもらいまーす」
工業科一年、一クラスを中庭に集めて、春樹が言った。
それまで、こんなところに人を集めて何をするのか、とざわめいていた男たちの口がピタリと閉じる。
不審げな視線を一身に集めても、春樹は平気だった。
彼の手には、おもちゃの水鉄砲。そこから、ピュッと水が飛び出した。
「はい。これ、皆の
気をつけて、と言う割にはぞんざいに皆に
「っつーか、俺ら、今から何すんの?」
一人が皆を代表して質問した。
「あのね〜。大体のルールができたから、水鉄砲の調子を見がてら、細かいところ、詰めて行こうと思って。手伝って?」
手伝って、と依頼口調だったが、なぜかそれは、もちろん手伝うよね?に聞こえた。
工業科一年は、無事、文化祭での中庭の使用権が手に入った。それで、それぞれが分担して準備していたのだが、今日は強制的に全員、中庭に集められたのだった。
春樹の足元には、種類も様々な水鉄砲。だけでなく、バケツやジョウロ、ペットボトルなどが置いてあった。
そして、中庭には、教室から運ばされた机や椅子が置いてあった。きっと障害物代わりなのだろう。
「えっとね、
そう言って、説明されたルールは以下の通りだった。
1.試合は4対4のチーム戦とする。
2.各々、ライフを一つつけ、それが破れたら死亡とみなす。
3.先に相手を全滅させるか、タイムアップ(5分)時に生き残りの多い方が勝ち。
思った以上に単純なルールに、男たちは安堵する。あまり複雑だと、彼らは理解できないのだ。
それを知っている春樹は、参加のハードルを下げるべく、かなり単純なルールにしたのだった。
「これが通称『野良マッチ』ね」
春樹の言葉に、
「それは後のお楽しみ。――じゃ、誰から行く?」
「はいは〜い!俺!やりたい!」
いの一番にコウキの手が上がる。
「いいよ。他は?」
コウキが真っ先に手をあげたからだろうか。「水鉄砲なんて……」とカッコつけることなく、バラバラと手が上がる。
春樹はその中から、七人選ぶと、開始地点へ移動するように指示した。
それぞれの手には、高価そうな水鉄砲が一丁、夜店で売ってそうなちゃちな水鉄砲が一丁、ジョウロ、バケツが配布された。不公平がないように、どちらのチームも同じ種類の武器だった。
「じゃ、制限時間は五分ね。スタート!」
◇
そう言って、始められた試合はかなりグダグダだった。
まず、誰の目にも明らかにジョウロは戦力にならなかった。
バケツは、当たれば強いものの、補給がなければ一回しか使えない。空になったら、それから何もできなくなった。
水鉄砲は、高価な方がやはり性能も良く、ゲームバランスが難しかった。
春樹は、武器を変え、人を変え、色々な組み合わせを試した。
真琴も、何度か名前を呼ばれ、参戦した。
「う〜ん、有沢くん、女の子がする時は、顔狙うの、禁止にした方がいいと思う」
一試合終わって、髪から水を滴らせた真琴がつなぎの袖で顔を拭いながら言った。
「え?なんで?」
「メイク取れるの気にする子もいるだろうし、単純にかけられるのヤだ」
「あ〜、そっか。メイクか。それは考えなきゃ、女の子のお客が来なくなるね」
春樹は、何かを探すように、人を変え、武器を変え、幾度も戦わせた。
その結果、勇吾が意外と弱い、ということがわかった。
喧嘩が強いから、こういうのも強いのかと思ったら、そうではなかった。なぜなら、勇吾には「避ける」という発想がなかったのだ。
真正面から突っ込んで行って、よくて相打ち、悪ければいの一番に殺されていた。
「ユーゴ、避けようぜ」
と周りの者が言うが、なかなか思い通りに行かないようだった。
「う〜ん……。迫力はあるんだけどね……」
春樹が残念そうに呟く。
そして、意外な才能を発揮したのは、真琴とコウキだった。
どちらも小柄で、運動神経がそこそこある。そして、反射神経がよく、避けるのがうまかった。
「コウキ!止まれ!」
「あはは!やだ!」
コウキが身軽に、障害物として置かれていた机を踏み越えて逃げて行く。
追いかけている者が、コウキに意識を取られていると、死角から現れたクロに撃たれて死んでしまった。
その瞬間、チーム全滅の笛が鳴りゲームが終わった。
「クロ、いぇ〜!」
「コウキ、ナイス!」
パチンとハイタッチを交わす。
それを見ていた春樹が、コウキに指示を出した。
「ねぇ、コウキ!あの木の枝、登れる?」
「え〜?」
春樹が指差したのは、中庭の真ん中にある大きな木だった。立派な枝ぶりで、確かに人が乗っても折れなさそうだったが、一番下の枝でも真琴の身長よりも高かった。
「う〜ん、多分、登れる。クロ、ちょっと手伝ってよ」
そう言うと、クロに木の下でバレーボールのレシーブのような体勢を取らせた。そして、軽く助走をつけると、クロの手に打ち上げられるように、そこを踏み台にして、簡単に飛び乗ってしまった。
「……うぉ〜」
流石の男たちからも、感嘆の声が漏れる。筋肉でウエイトを増やしている男たちにはない身軽さだった。
「ありかも。ね、笹原さんは、同じことできる?」
「へ!?私?」
「そ。笹原さんも身軽でしょ?」
え〜、無理だと思うけど、と渋る真琴だったが、春樹の熱心さに負けて、試してみることになった。
「多分無理だと思うけどな〜」
そう言いながら、助走のための距離を取る。
木の下には、勇吾がスタンバイした。
行くよ〜、と声をかけて走り出す。
だが、勇吾の手を踏み台にした時に出た言葉は、「やっぱ怖い!」だった。
なんとも思い切りの悪い踏切で、かろうじて枝を抱えるように抱きついたものの、登るには至らなかった。
「お、おち――!」
その枝からも、腕力が足りずに、ずるっと落ちてしまう。
真琴は、地面の硬さに目をつぶったが、衝撃は来ずに、柔らかいものに受け止められた。
「あっ、ぶね〜〜」
と、遠くの方から和也の緊張した声が聞こえる。
ばちっと目を開いてみると、目の前に勇吾の顔があった。
「――大丈夫か?」
「っ、ユーゴ、助かったぁ〜〜」
ホッと全身から力が抜ける。だが、まだ心臓は早鐘を打っていた。
「大丈夫!?」
春樹たちも心配して、駆け寄ってきた。
「う〜、ごめん。うまくいかなかった……」
「いや、こっちこそ、無理言ってごめんね。怪我してない?」
しょんぼり謝る真琴に、春樹も謝り返した。
「してない、と思う。ユーゴこそ、大丈夫?手とか、当たってない?」
「当たってない」
「――つーか、そろそろ、おろしてやったら?」
長谷川のもっともな指摘に、真琴は慌てた。なんだか自然に話していたが、ずっとユーゴにお姫様抱っこされていたのだ。
「うわっ、ユーゴ、ごめん!重いだろ!」
わたわたと慌てて降りようとする真琴を落とさないようにぎゅっと抱きしめて勇吾は言った。
「大丈夫だ。さんざん抱いただろ。夏休み」
「ぶっ!」
その誤解を招く言い方に、真琴が吹き出す。
確かに、何回も抱っこされた。こうやって!
「こうやって」が抜けるだけで、変な意味に聞こえるから、不思議だ。
「へ〜〜〜え?」
「え!?マジ!?」
「おい!詳しく!」
そして、真琴の懸念通り、変な意味に理解した男たちの目の色が変わる。
だが、わかっていない勇吾は、けろっとしていた。
勇吾には期待せずに、真琴は慌てて否定する。
「ち、ちがっ!あの、遊びでね!」
「「「遊びかぁ〜」」」
「そうだ。マコトがすごく積極的でな。何回もしろって、ねだられて……」
「「「積極的かぁ〜」」」
「そうだけど、そうじゃないでしょ!?」
「……最後は、俺の方がへとへとでな」
「その節は、チョーシのって、スミマセンでしたぁ!」
勇吾の腕の中で、恥ずかしさに
「……で、結局、何したんだよ」
意外と冷静な声で、長谷川がツッコむ。
「何って、滝からジャンプしたんだ。こうやって抱きかかえて」
そのネタバラシに、男たちはつまらなさそうに、な〜んだ、と呟くと解散した。
どちらかというと、あまり色事に興味のない勇吾が、自分たちに内緒で大人の階段を上がるわけがないのだ。
うんうん、と頷き合いながら、ゲームを再開する。
だが、ゲームを再開しながら、男達皆が、勇吾に先越されてなくてよかったと、ちょっと安心したのは、内緒だ。
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