1.プリパレイション 4

「――で、さぁ。ユーゴはどんなコスプレが好きなん?」

 その真琴の言葉に、勇吾は飲んでいたいちごオレを吹き出した。

 だが、そこは帰り道だったので、道路を一部汚しただけで済んだ。


「なんっ、なにを、急に……」

「いや〜。HRの時、そういやユーゴは話に乗っかってなかったな、と思って」

 けろっと返す真琴に、勇吾は二の句が継げなかった。

 こいつ、意味がわかって聞いているのだろうか。


「聞いてどーすんの?」

 真琴の向こうから、にやにやと和也が訊ねた。


「え?からかうに決まってんじゃん!」

 力一杯、真琴は言い切った。


「なんだ〜。マコトちゃんがコスプレしてくれるのかと思った」

「……参考までに聞くけど、カズヤは何が好きなの?」

「俺?俺はね〜、巨乳ナースか、巨乳女教師。あ、巨乳バニーも捨てがたい!」

「……的確に胸をえぐってきやがる」

 あっけらかんと性癖を暴露する和也の言葉に、どれも「巨乳」と付いていて、つつましやかな胸だと自覚のある真琴は涙した。


「ユーゴ、カズヤがいじめる!」

 先生に告げ口するような感覚で、勇吾に訴えたが、今のはお前が悪いと一蹴されてしまった。


 そんな馬鹿話をしながら、三人は帰っていた。

 今日は、学級委員会があって、勇吾と真琴はそれに参加していた。和也は勇吾を待っていたが、クロウニーの他のメンバーは適当に帰って行った。どうせ溜まり場で会うのだから、わざわざ待っている必要はないということなのだろう。

 それで三人仲良く、駅までの道を歩いていた。


「で、ユーゴはむぎゅ!」

「ちょっと待て」

 開きかけた口を、勇吾が大きな手で塞ぐ。一瞬、誤魔化すためかと思われたようだったが、気配が変わったことを察した真琴は勇吾の腕の中で静かになった。


 勇吾は、鋭い視線を路地のその先、人気のない工事現場に向けた。


「――どうした?」

「悲鳴……、のようなものが聞こえた気がした」


 勇吾のいう通り、耳を澄ましてみれば、確かに悲鳴とうめき声、そして殴り合うような音が聞こえてきた。


「見てくる。ちょっとここで待っとけ」

 勇吾は短く言い置くと、一人で路地へと入って行った。


 慎重な足取りで、工事現場へと向かう。

 そっと中を覗いてみれば、殴り慣れた制服、安土高の奴らが、一人を取り囲んで喧嘩をしている所だった。


「ありゃ、安土高の奴らだな。――真ん中の一人は、見ねー顔だな。新参者か?」

「――っ!」

 工事現場を覗き込む勇吾の下から声がして、思わず息を飲んだ。


「多勢に無勢って感じ。……どうするの?」

 更にその下からも声が聞こえる。


「待っとけって、言っただろうが!」

 勇吾は小声ながらも、思わず、二人を叱りつけた。


 だが、叱られた方――和也と真琴は、けろっとしていた。

「や〜、敵がどんなんかわからん状態で、待ってられないっしょ」

「……って言うから、付いてきた」


 過保護気味の和也はともかく、真琴は一度巻き込まれて痛い目を見ているはずだ。なのに、この呑気さはなんだ。


「なんで喧嘩してんのかは知らねーけど、多勢に無勢はよくないよな〜。……行くか?」

 この場合の「行くか?」は、俺が行こうか、と言う意味だ。


 それに勇吾は首を振る。

「いや。俺が行く。お前はここでマコトと待っていろ」

 そう言って、和也に荷物――ほとんど何も入っていない鞄と真琴を預けると、工事現場へと入って行く。

 ここで真琴だけ放置して、人質にでも取られたら、目も当てられない。そういう判断だった。


 と、そのツナギの腰を摘むものがあった。それは、怒ったような表情をした真琴だった。

「……怪我、気をつけろよ」

「……お前に言われたくはないな」

「そうっ、なん、ですけどぉ!」

 自分をかばって、怪我をしたことを指摘すると、不満そうに口を尖らせた。その真琴の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、行ってくる、と言うと、勇吾は今度こそ本当に工事現場へと入って行った。



「いやぁ、助かったわ!」

 勇吾が加勢した無勢の方、ここらでは見慣れない制服の男は、唇に血をにじませながらも明るかった。

 気合の入った金髪をツンツンに立たせた男は、パンパンと学ランについた土埃を払う。


「こいつらがイチャモンつけてきよってな。一人やと、ちょっとしんどいかな〜と思てたとこやってん!」

「……関西の人間か?」

 そのイントネーションに違和感を抱いた勇吾が訊ねた。


「そうや。関西むこうでちょ〜〜っとヤンチャしてもうてな。こっちに転校してきてん。俺は久柳ひさやなぎしょう。よろしく頼むわ」

 そう言って、翔はにっかり笑った。


「俺は、市ヶ谷勇吾。ユーゴでいい」

「ほなユーゴ、やな。……自分、強いなぁ。なんか格闘技やってるん?」

「いや、俺は我流で……」

 そんなことを話しながら、工事現場の外へ出ると、そこには和也と真琴が待っていた。


「お疲れ〜」

 と、のんびりねぎらう和也に、

「……ほら、血、拭いて。そっちの人も」

 と、怪我の心配を真っ先にする真琴。彼女は、鞄からポケットティッシュを取り出し、勇吾に放った。


「おぉ、なんやなんや。友達おったんかいな。なんで一緒に喧嘩せぇへんだん?」

 翔は、こんな近くに人がいると思わなかったのか、驚いて目を丸くした。そして、和也の姿を見て、もっともな疑問を口にした。


「俺一人で十分だからだ」

「はぁ。それで大人しく待ってたんか。忠犬やなぁ」

「はぁ!?」

 その失礼な一言に、和也が敏感に反応した。それを、勇吾が制する。


 せっかく助けた男と、和也が喧嘩したのでは、助けた意味が全くなくなるからだ。


 翔は、全く悪いと思っていない様子で、へらへらとすまんすまん、と謝罪した。

「気に障ったんなら謝るわ〜。……ほな、ユーゴ。助かったで。またな〜」

 言いたいことだけ言って、手をヒラヒラ振りながら、歩き出した。


 なんだ、あいつは、と和也が憤慨ふんがいしながら見送る中、翔は数歩歩いて、立ち止まった。


「――ところでさぁ。駅ってこっちであってる?」


「「「あっち」」」

 三人の呆れた声がハモる。

 結局、三人はその新参者を駅まで案内してやった。

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