1.プリパレイション 2

 そんなことがあって、真琴の後ろには勇吾がいる。その勇吾の気配がだんだん大きくなってきてる。

 怒っている……わけではない。きっとこれは、呆れているのだ。


 教室の前では、かわいそうな田中が、オロオロと周囲を見回していた。

 皆の話題はすでに、文化祭からイメクラへ、そしてコスプレへと話題が移っていた。


 ――もし、彼女にしてもらえるなら、どんなコスプレをしてもらう?


 勿論、それはただ鑑賞するだけではない。使前提の話題だった。

 ナースだ、巫女だ、メイド、バニー、女教師と彼らの妄想は尽きなかった。


 そう、妄想である。話している者の多くは、恋人すらいないのだ。


 それを知っている真琴が、不毛すぎる、と思った時、真琴の背中から、どんっと机を叩く音が聞こえた。その瞬間、教室中のおしゃべりがピタッと止む。


 男達の視線が、真琴の背後――勇吾へと集まる。


「――そろそろ気は済んだか」

 低く呟かれた声に、先ほどまでおしゃべりに花を咲かせていた男達は一斉に首を縦に振った。


「な〜にやってもいいんだけどさ。『工業科一年オレたち』がやるってことは、外から見たら『クロウニー』がやるってこととほとんど同じってこと、考えてからアイデア出そうぜ」

 和也が軽い調子で、今までの案を全ボツにする。だが、それに反論できるものはいなかった。


 『クロウニーカンバン』がかかっているなら、生半可なまはんかなことはできない。

 それに気づいた男達が真剣に考え始める。


 鈴木が本格的な話し合いの気配を察して、先ほどまでのクソのような案で埋まった黒板を消すと、チョークを手に持った。


「……食べ物系の店出すなら、今はインスタ映え意識しないと、客は来ないんじゃない?」

 春樹が、まず口火を切った。


「インスタ映え〜?あの、クリームがいっぱいかかったホットケーキとか、変な色のジュースとかか」

 築島が不信感いっぱいに春樹に訊ねる。


「ホットケーキじゃなくて、パンケーキね。あと、素人でも作れるっていったら、もっと簡単なのになると思うけど……」

 発案者の割に、春樹の口も重かった。その気持ちを代弁するかのように長谷川がズバッと切り捨てた。

「俺たちのガラじゃねーだろ」

「そうなんだよね……」


 クロウニーのメンバーが、ピンクや水色のパステルカラーのお菓子をせっせと作って売る?

 ないないない。


 発案者の春樹も同じことを思っていたのだろう。意見が却下されても不快になる気配はなかった。


「逆に、男っぽさを売りにしてみるか?がっつり肉系の店、とか。肉いっぱいの丼とかもインスタ映え?してるよな」

「あぁ、家系ラーメンとか……?」

 そもそもインスタをしていない男達が、イメージだけでインスタ映えを狙うのには限界があった。


「肉は、原価と単価を考えたら、文化祭向きじゃないでしょ。それに……」


 春樹はそこで一旦言葉を切って、ぐるっと教室を見渡した。


「この中で、料理ができる人〜?」


 その問いかけに、ポツポツと手が上がる。鈴木はそれを見て、黒板に「料理ができる人:木村・山口・市ヶ谷」と書いた。

 真琴は心の中で、勇吾って、料理できるんだ……と思ったが、顔には出さなかった。


「この三人だけに託すのは、仕事のバランスが悪くない?」

 その中にリーダーである勇吾が含まれるなら、それはもちろんだった。


「料理系じゃなきゃ、イベント?出し物?」

 誰かが言った内容を、鈴木は律儀に黒板に書いていく。お化け屋敷、ライブ、ダンス、ミスコン……。


「ミスコンは、毎年特技コース主催でやってるからなぁ」

「ライブはもっと少人数でやるもんだろ」

「ダンス、誰か教えられっか?」

 その声に応えるものはいなかった。


「……じゃ〜、お化け屋敷か?」

 皆の意識が、黒板に残った「お化け屋敷」の文字に吸い込まれていく。

「ベタっちゃ、ベタだけどな」

 でもな〜と皆の頭の中に否定が浮かぶ。


 チームの看板カンバン背負って、そんなベタなことをやっていいのか?と。


 もう一声が欲しいと思ってたところに、和也がアイデアを投下した。

「ネットで見るとさ、脱出ゲームとか、巨大迷路とか出てきたぜ」

「脱出ゲームって何?」

「あれだろ、クイズ解いて、部屋から逃げるっていう……」

「あぁ」

「巨大迷路やんなら、この教室だけじゃ狭いよな」

「なら、外か」

「中庭とか使えたら、盛り上がんじゃね?」


 その中庭、というキーワードに春樹が反応した。


「外でやるなら、僕、『スプラ』やりたい!」

「「「はぁ!?」」」

 意味のわからなかった者達が一斉に疑問の声をあげた。


 春樹が言う『スプラ』とは、家庭用ゲーム機で出ている、陣取り合戦のゲームだ。カラフルな色のペンキを様々な武器で塗り合い、その塗った面積の広かった方が勝つ。

 春樹が最近それをやり込んでいることを知っている長谷川は、ああ、あれか、とすんなり納得した。やり込んでいるのは知っていたが、まさかリアルでやろうと言い出すとは。


「さすがに、ペンキの塗り合いはできないけど。水鉄砲とか、バケツとか?とにかく水をかけられる『武器』を準備して、お互いに打ち合うの」


 そのバトルっぽい要素は、喧嘩っ早い男達の琴線に触れたようだ。


「勝敗はどうやって決めんだよ」

「水がかかったら、負けとか?」

「陣取り合戦なんだから、フラッグとか準備すれば?」

「てか、ライフ制にして、全滅した方が負けとか」

「そういや、俺、小学生の弟がいるんだけど、今年、水鉄砲流行ってたぜ」

「ガキンチョにだろ〜?高校生にもなって、それはねーわ」

「や、やってみたら意外とおもしろいんだって」

 やいのやいの、また、話が盛り上がる。だが、前と違って、今度はかなり前向きな盛り上がり方だった。


 ルールがどうの、戦場フィールドがどうの、完全に『スプラ』をする方向で話が進んでいた。


 方向性が決まったことに満足した勇吾は、ちらり、と時計を見た。時計の針は、ちょうどよくHR終了五分前だった。それで、文化祭実行委員の田中に、「そろそろ締めろ」と目線で合図した。


 勇吾の視線を受けた田中は、黒板の真ん中を大きく消すと、そこに「スプラ 陣取り合戦? 殺し合い? ルール・アイデア募集中!」と大きく書くと、あのぉ、皆さん!と精一杯の大きい声を張り上げた。


 一斉に男達の注目が集まる。皆に注目された田中は、つっかえつっかえ、

「あの、中庭、使えるかわからないんでっ、次の実行委員会の会議の時に聞いてみますっ。それでオッケーなら『スプラ』、ダメなら『お化け屋敷』でどうでしょうっ!?」


 その必死の声に、反対する者はいなかった。

 その時、計ったかのようにHR終了のチャイムが鳴る。その音を聞いて、日直が号令をかけ、無事、今日の授業は時間通りに終わった。



 真琴は、挨拶をしながら、やっぱりこのクラスはこのパターンなんだな、と思った。

 皆が騒ぎ、勇吾が一喝し、幹部の誰かが問題の本質を指摘する。

 それは、四月からこの教室で繰り返されてきたことだった。

 そもそも、それは新学期のクラス委員を決める時からしてそうだった。

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