2.バカンス 5-2

 和也は言った。


 「お前、女の子とお近づきになりたくないのかよ!」と。


 その時、自分はなんと答えたか。

 全く興味がなかったから、適当に答えたのだろう。

 確かに、勇吾も年頃の男子だ。「オンナノコ」に興味がないわけではない。

 しかし、それよりも和也や長谷川、クロウニーのメンバーと遊ぶほうが楽しかった。


 だが。勇吾はこの旅行で一つの天啓を得た。


「よっしゃ!ユーゴ、行け!」


 腕の中には水着の真琴。

 目の前には、小さな滝。

 勇吾は真琴の号令にしたがって、滝の上から思い切りジャンプした。


「う、きゃ〜〜〜!」


 真琴の悲鳴が、滝の上から下へと落ちて行く。

 二人は重力に従って、一旦ザブンと水中に沈むと、泡とともに水面へと浮かんできた。


「あはは。これ、楽しいな!」


 水中で、向かい合って抱き合った状態で、真琴が屈託のない笑みで勇吾に言った。

 勇吾もその声に、そうだな、と返したが、頭の中は別のことでいっぱいだった。


 なんというか、真琴の体は、どこもかしこも柔らかいのである。

 ふわふわして、すべすべして、ぎゅっと抱きしめたくなる。

 その感触は、その前に抱えて飛んだ優と全く違った。


 滝からジャンプし始めたのは、そもそも和也だった。

 普通の川遊びに飽きた和也が、あそこから飛べるんじゃね?と言って、川を少し遡ったところにある滝を指差した。

 そこは、二メートルないくらいの小さな滝で、その下はいい感じに深い滝壺になっていた。

 そこから和也は飛び込み始めたのだ。それに、勇吾、真琴が続いた。


 最初は平和に、一人ずつ飛んでいた。

 ハイソな二人は、飛び込みのおもしろさが理解できないらしく、滝にも近づこうとしなかった。が、優が口ではブツブツ言いながらも、飛び込みしたそうにしていたので、和也と抱えて、三人で飛んだ。

 三人で飛ぶのは、意外とおもしろかった。

 お互い、あちこちぶつかるが、それも込みで楽しかった。

 そしたら、それを見た真琴が、「私も!」と言い出したのだ。


 ……「私も」?

 「私も」と言われたら、抱えないわけにはいかない。

 真琴は優よりずっと軽く、勇吾一人で抱えられた。

 一人で抱えるのだから、当然、お姫様抱っこをする。


 である。


 手がどこに触れるか。目の前に、何が来るか。

 落ちないように首に絡められる腕。密着する素肌と素肌。

 そして、首元にかかる吐息。


 こうか は ばつぐん だ!!


 これらのことを、勇吾は真琴を抱えあげるまで知らなかった。

 そして、抱えあげた瞬間、したことに気がついたが、腕の中の真琴の瞳は、期待で輝いていた。

 この期待を裏切ることはできない。そう腹を括った勇吾は、無心で滝から飛んだ。そして、落ちた。


 真琴とともに水中に落ちた時、いろいろイケナイところに触ったような気がする。

 普通だったら、服に守られているところが、水着を着ていては、ほとんどが素肌なのだ。

 その上、水中に落ちる衝撃は、結構なものだった。その衝撃を、真琴を抱えた状態で受け止めるのである。

 そりゃ、触るなという方が無理だ。

 だから、これは事故で、不可抗力なんだ、と言い訳をする。

 手に、顔に触れる感触に、これは事故で、不可抗力なんだ、と言い訳をする。


 ……ところで。

 話は変わるが、和也達とエッチな話をすることもある。

 ある時、女の体でどこが好きか、という話題になった。

 和也や築島が断然おっぱいという中、長谷川はふとももと主張した。

 その時は、少数派だ、むっつりだと馬鹿にされていたが……。

 帰ったら、長谷川に謝ろうと目の前の光景を見ながら勇吾は思った。


 閑話休題。

 そんな勇吾の気も知らず、真琴本人は、勇吾に触ることも、触られることも全く意に介していないようだった。何も考えていない顔で、もう一回飛ぼ〜と勇吾を誘う。


 その誘いを拒めるだけの精神力を、勇吾は持っていなかった。


 真琴に誘われるまま、何度も飛び、その度に水着の防御力の低さを痛感した勇吾は、一つの結論にたどり着いた。


これが「女の子とお近づきになる(物理)」ってことだな!と。


◇◇◇


「ちげーよ」


 何度目かの滝ジャンプの後、真琴を抱えたまま川岸へとたどり着いた勇吾は、和也にドヤ顔で「わかったぞ!」と言ったが、あっさり一蹴された。


 和也の言葉に、勇吾はショックを受けた表情になった。

 よほどその答えに自信を持っていたのだろう。


「ちょっとマコトちゃん、一人で遊んでな」

 和也は猫の子でも追い払うように真琴を追いやると、勇吾の首を抱えてひそひそ話の体勢に入った。


「お近づきになるってのはな、ゼロ距離じゃねーんだよ」

「?」

「どうせ近づくなら、マイナスだろ〜」

「うっわ。カズヤ、ゲスい」

 いつの間にかひそひそ話の輪に入った優が、心底呆れた声を出した。


「はぁ?ゲスくねーよ。男なら、誰でもマイナス20センチしたいだろ」

「20センチ?ちょっと見栄張りすぎじゃない?」

「マイナス?どうやってマイナスになるんだ?」

 わかっていない勇吾の一言は黙殺された。

「ばっか。俺じゃねーって。ユーゴだユーゴ。……ユーゴ、お前のユーゴをちょっと見せてやれ」

「ここでか?」

「大丈夫。マコトちゃんたちは、あっちで遊んでるから」


 そう言われて、勇吾は素直に水着の紐を緩めると、上から覗けるようにウエストのゴムを引っ張った。

「……うわ。これ、戦闘体勢?」

 それを覗いた優が、引き気味の口調で訊ねた。

「……いや。今戦闘体勢のわけがないだろ」

「……グロ」

「お前な。人の見てその感想はねーだろ」

 正直な優に、和也が突っ込む。


「そう言うスグルちゃんはどうなのよ」

「僕?僕のは綺麗だよ」

 そう言って見せられたスグルは確かに綺麗だった。


「……で?」

 優と勇吾が、和也の顔を見つめる。

「……なんだよ」

「自分だけ見せないとか、許されると思ってるの?」

「俺も、見たい。和也のがちゃんと大人になったか、確かめないとな」

「はぁ?俺のなんて、見てもしょーがねーって。フツーだ、フツー」

「普通の見たい!」

 優が叫び、勇吾が近づいてくる。


 だが、そこに天からの救いの声が降ってきた。

「お前ら、何やってるんだ、さっきから」

「タカちゃん!」

「佐伯!」

 和也と優が、新しいおもちゃを見つけた顔でにま〜っと笑う。

 和也は、自分の代わりの生贄に、万が一にも逃げられないように、ガシッと肩を組む。

「いや〜、いいところ来たわ。今見せ合いっこしてんだよね」

「見せ合いっこ?何を?」

「ナニを」

 それで通じたのは、佐伯も腐っても男だということか。


 だが、はぁ?バカじゃないのか?と氷点下の視線が投げかけられる。

「そんな低俗なこと、誰がするか」

「低俗って。フツーだって。フツー。な、スグル」

「そうだよ。僕、もう見せたから。次、佐伯ね」


 優にそう言われて、佐伯の気持ちはぐらっと揺らいだが、ところで、すんでの所で踏みとどまった。

 というか、気がついた。

「俺は見てないぞ!」

「やぁだぁ〜」

「佐伯って、エッチ〜」


 そのふざけた答えに、相手にならんと佐伯は和也の手を振り払ってきびすを返した。

 しかし、逃げられたら、追いかけたくなるのは人の性である。

 そこから四人の追いかけっこが始まった。

 そして、あっという間に佐伯は捕まり、勇吾と和也に抱え上げられて、滝の上から放り投げられたのだった。


「あら。飛んだわ」

「飛んだねー。落ちたねー」

 その光景を、少し離れた木陰で見ていた二人まこととうららは、呑気に呟いた。

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