2.バカンス 6

「『ウノ』だ」

 どやぁ、と効果音が聞こえて来そうなほどのドヤ顔をして、佐伯が手札を出した。


「おっと、そりゃ、穏やかじゃないな」

 そう言いながら、和也がDraw2ドローツーを出した。


「む?そうくるか。……なら俺も『ドロツー』」

 勇吾が悩みながらもDraw2ドローツーを出す。


「うわ〜、ひどい!このタイミングで出す?ごめんね、『ドロツー』」

 真琴が最後に麗に謝りながら、Draw2ドローツーを出した。


「構わないわ。勝負に情けは無用よ」

 そう大人な発言をしたものの、麗もこんなにいらないと思ったのだろう。しれっと切り札であるDraw4ドローフォーを出した。


「え!?え〜っと、『ドロツー』三枚の、『ドロフォー』だから……」

「十枚だな」

 とっさに計算できなかった優に、佐伯が助け舟を出した。その表情は、己の勝利を確信して、余裕が伺えた。

 だが、優は山からカードを取らずに、にこやかに一枚差し出した。

「僕、そんなにい〜らないっ。『ドロフォー』」


「なっ!」


「おっ、十四枚〜。タカちゃん、『ドロフォー』ある?」

「……お、お前ら、計ったなぁ!」

 記号カードで上がることはできないので、持っているわけがないのだが、一応和也が確認した。だが、佐伯がこの状況を打開できるカードを持っていないことは明らかだった。

 残り一枚から、一転、片手では持ちきれないほどのカードを手渡され、思わず佐伯の口から「くそっ」なんて、汚い罵り言葉が漏れる。


 それを聞いた周囲から、「ドンマイ、タカちゃん」、「勝負の世界は非情よ、タカちゃん」、「諦めるな、タカちゃん」と声がかかる。

「俺をタカちゃんと……」

 「呼ぶな」と言おうとしたところに、優の笑い声が重なった。

「あはは。楽しいねぇ、佐伯。僕も『タカちゃん』って、呼んでいい?」

「いいぞ」

 即答する佐伯の対面で、ちょろすぎない?ちょろすぎる、と女子二人がヒソヒソ話したが、佐伯は気がつかなかった。


 結局、その一戦の一位は麗で、最下位は佐伯で終わった。



「……ん〜、そうね。じゃ、秘密の話、してもらおうかしら」

「はぁ?秘密の話?」


 夕食後、一同は腹ごなしにカードゲームに興じていた。

 だが、ただゲームをするだけではつまらないというので、勝った者が最下位の者に一つ、命令できるというルールが追加されていた。


 これまで、真琴が一曲披露し(勝者和也)、和也は500mlの炭酸飲料を一気飲みし(勝者麗)、優が真琴を背中に乗せて腕立て伏せを(勝者勇吾)。

 麗は二回目の勝利ということで、一回目と趣向を変えた要求をした。少し知的な(?)罰ゲームがあってもいいだろうと思ったのだ。


 その命令を聞いて、佐伯はしばし考えた。そして、いいことを思いついたというように、声をあげた。

「そうだ。今日、遊んだ川がこの別荘の裏にあるだろ?」

 そこから、どんな秘密につながるのか、と一同はふんふんと頷いた。


「あの川はな、昔から、よく氾濫していたそうだ。それで、あの川の下流の村は、大雨が降るたびに被害に遭っていた。で、昔は、治水技術とかもそんなに発達していなったから、川の氾濫を鎮めるために、何をしていたと思う?


「いや、違う。もっと、非科学的なことだ。


「そう。『生贄』だよ。川の神様に、年頃の少女を差し出して、鎮めようとしたんだ。


「今、聞いたら、バカバカしいことこの上ない方法でも、当時は信じられていたんだ。そして、川が氾濫しそうになるたびに、少女が犠牲になった。


「『川を鎮める』って言っても、生贄になったほうは、結局、村のために殺されるってわけだから、村人を恨まないわけがない。そう思った村人たちは、自分たちが生贄にした少女達に祟られないように、山に『祠』を建てたんだ。そこで、龍神とその妻になった少女達の魂を祀っていた。


「だが、時代が下るにつれ、そんな信仰は忘れられて行った。村は廃れ、そんな祠が山にあることを知る者も今ではほとんどいない。それで、そのまま村が廃れて行ったら、この話は自然に消滅していただろう。


「しかし、今、ここに別荘地ができた。山は開発され、人が訪れるようになった。だが、人が戻ってきたのに、誰も祠へ参ろうとしない。自分達を祀ろうとしない……。


「そう。確かに当然なんだ。この別荘地に建物を持つ者達は、その村にルーツがないから、そんな祠があること自体知らない。だが、怨霊になった少女達にその理屈は通じないんだ。ここにいながら、どうして自分達に感謝しないんだ、と日々恨みを募らせている……。


「そして、そんな少女達が、夜になるとこの山を徘徊して、薄情な『村人』を自分達と同じように川に引き摺り込もうとするらしい……。ほら、聞こえないか?川の音に混じって、少女の足音が……、ほら!」


がたんっ!


「「「きゃぁ!」」」


 佐伯の話に合わせるように、どこかで何かの音がした。

 真琴はその音に驚いて、思わず麗に抱きついてしまったが、そのことについては麗から文句は出なかった。麗も、佐伯の話の雰囲気にいつの間にやら飲まれていたらしい。真琴と一緒にきゃぁ!なんてかわいい声をあげてしまった。

 ――その「きゃぁ!」が一人分多かったような気がするのは気のせいだろうか。


 だが、麗は麗だった。驚いたことを誤魔化すように、真琴に抱きつかれたまま、佐伯に文句を言う。

「――それの、どこが秘密の話よ」

「秘密だろ?この別荘の評判に関わるんだから」

 思ったより女子の反応がよかったのに気をよくしたのか、佐伯が再びドヤ顔をする。屁理屈は佐伯の最も得意とするところだった。


「佐伯、それ、本当?」

 麗の横で、優が顔を輝かせて佐伯に訊ねた。

「本当らしいぞ。その証拠に、ここから少し行ったところにその『祠』があるからな」

 その答えに、優のテンションが一気に上がった。


「行こうよ!その祠!」


「……行きたいのか?なら、明日の朝……」

「んも〜、違うよ。肝試しだよ、肝試し!」


「「はぁ!?肝試し!?」」

 優の言葉に、真琴と和也がハモった。


「もちろん行くよね、和也!めっちゃ夏休みっぽいじゃん!」

 当然、と言わんばかりの優に珍しく和也は歯切れが悪かった。

「俺は別に平気だけど……」

 そう言って、さっきから静かな勇吾をちらっと見る。

「あー……、マコトちゃんとかさ、怖いんじゃね?」

「あ、じゃ、怖がってる女子はいいよ。無駄にキャーキャー言われたら、雰囲気ぶち壊しだし」

 その言い様にカチンときた真琴は、

「別に私も平気だし。肝試しって言ったって、結局夜の散歩でしょ」

 と強がってしまった。


「マコトが行くなら、私も行くわ」

 麗は、幽霊なんて非科学的なものを全く信じていないらしい。近所のコンビニへついて行く、くらいの気軽さで言った。


「佐伯は?」

「俺が行かなきゃ、祠の位置がわからんだろう」


「ユーゴは?」

「……行こう」


「じゃ、決まりね!」

 優は、心底、こういうのが好きらしい。いつになく張り切って、サクサク仕切る。


「じゃ、今からくじ作ろう。みんなで行ってもつまらないから、脅かし役の人と、ペアで行く人に分かれよ。ね?」


◇◇◇


 どうしてこうなったのだろう。


 いや、原因はわかっている。

 自分が強がってしまったせいだ。


 だが、あの雰囲気の中で、一人「行かない」なんて、言えたか?


 いや、言えない。

 言えるわけがない。


 今まで自分は空気を読まずに、自由にやってきたが、ここにきて、無駄に空気を読んでしまった。

 「どうちょうあつりょく」というやつに、負けてしまったのだ。


 だが、後悔しても、もう遅い。

 ここまできたら、腹を括らねば。


 佐伯が、別荘の鍵を閉めるために、自分が出て行くのを待っている。

 行きたくない、と言う思いを隠して、それでも、いつになく靴を丁寧に履くと、暗闇に向かって一歩踏み出した。

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