2.バカンス 6
「『ウノ』だ」
どやぁ、と効果音が聞こえて来そうなほどのドヤ顔をして、佐伯が手札を出した。
「おっと、そりゃ、穏やかじゃないな」
そう言いながら、和也が
「む?そうくるか。……なら俺も『ドロツー』」
勇吾が悩みながらも
「うわ〜、ひどい!このタイミングで出す?ごめんね、『ドロツー』」
真琴が最後に麗に謝りながら、
「構わないわ。勝負に情けは無用よ」
そう大人な発言をしたものの、麗もこんなにいらないと思ったのだろう。しれっと切り札である
「え!?え〜っと、『ドロツー』三枚の、『ドロフォー』だから……」
「十枚だな」
とっさに計算できなかった優に、佐伯が助け舟を出した。その表情は、己の勝利を確信して、余裕が伺えた。
だが、優は山からカードを取らずに、にこやかに一枚差し出した。
「僕、そんなにい〜らないっ。『ドロフォー』」
「なっ!」
「おっ、十四枚〜。タカちゃん、『ドロフォー』ある?」
「……お、お前ら、計ったなぁ!」
記号カードで上がることはできないので、持っているわけがないのだが、一応和也が確認した。だが、佐伯がこの状況を打開できるカードを持っていないことは明らかだった。
残り一枚から、一転、片手では持ちきれないほどのカードを手渡され、思わず佐伯の口から「くそっ」なんて、汚い罵り言葉が漏れる。
それを聞いた周囲から、「ドンマイ、タカちゃん」、「勝負の世界は非情よ、タカちゃん」、「諦めるな、タカちゃん」と声がかかる。
「俺をタカちゃんと……」
「呼ぶな」と言おうとしたところに、優の笑い声が重なった。
「あはは。楽しいねぇ、佐伯。僕も『タカちゃん』って、呼んでいい?」
「いいぞ」
即答する佐伯の対面で、ちょろすぎない?ちょろすぎる、と女子二人がヒソヒソ話したが、佐伯は気がつかなかった。
結局、その一戦の一位は麗で、最下位は佐伯で終わった。
◇
「……ん〜、そうね。じゃ、秘密の話、してもらおうかしら」
「はぁ?秘密の話?」
夕食後、一同は腹ごなしにカードゲームに興じていた。
だが、ただゲームをするだけではつまらないというので、勝った者が最下位の者に一つ、命令できるというルールが追加されていた。
これまで、真琴が一曲披露し(勝者和也)、和也は500mlの炭酸飲料を一気飲みし(勝者麗)、優が真琴を背中に乗せて腕立て伏せをしようとした(勝者勇吾)。
麗は二回目の勝利ということで、一回目と趣向を変えた要求をした。少し知的な(?)罰ゲームがあってもいいだろうと思ったのだ。
その命令を聞いて、佐伯はしばし考えた。そして、いいことを思いついたというように、声をあげた。
「そうだ。今日、遊んだ川がこの別荘の裏にあるだろ?」
そこから、どんな秘密につながるのか、と一同はふんふんと頷いた。
「あの川はな、昔から、よく氾濫していたそうだ。それで、あの川の下流の村は、大雨が降るたびに被害に遭っていた。で、昔は、治水技術とかもそんなに発達していなったから、川の氾濫を鎮めるために、何をしていたと思う?
「いや、違う。もっと、非科学的なことだ。
「そう。『生贄』だよ。川の神様に、年頃の少女を差し出して、鎮めようとしたんだ。
「今、聞いたら、バカバカしいことこの上ない方法でも、当時は信じられていたんだ。そして、川が氾濫しそうになるたびに、少女が犠牲になった。
「『川を鎮める』って言っても、生贄になったほうは、結局、村のために殺されるってわけだから、村人を恨まないわけがない。そう思った村人たちは、自分たちが生贄にした少女達に祟られないように、山に『祠』を建てたんだ。そこで、龍神とその妻になった少女達の魂を祀っていた。
「だが、時代が下るにつれ、そんな信仰は忘れられて行った。村は廃れ、そんな祠が山にあることを知る者も今ではほとんどいない。それで、そのまま村が廃れて行ったら、この話は自然に消滅していただろう。
「しかし、今、ここに別荘地ができた。山は開発され、人が訪れるようになった。だが、人が戻ってきたのに、誰も祠へ参ろうとしない。自分達を祀ろうとしない……。
「そう。確かに当然なんだ。この別荘地に建物を持つ者達は、その村にルーツがないから、そんな祠があること自体知らない。だが、怨霊になった少女達にその理屈は通じないんだ。ここにいながら、どうして自分達に感謝しないんだ、と日々恨みを募らせている……。
「そして、そんな少女達が、夜になるとこの山を徘徊して、薄情な『村人』を自分達と同じように川に引き摺り込もうとするらしい……。ほら、聞こえないか?川の音に混じって、少女の足音が……、ほら!」
がたんっ!
「「「きゃぁ!」」」
佐伯の話に合わせるように、どこかで何かの音がした。
真琴はその音に驚いて、思わず麗に抱きついてしまったが、そのことについては麗から文句は出なかった。麗も、佐伯の話の雰囲気にいつの間にやら飲まれていたらしい。真琴と一緒にきゃぁ!なんてかわいい声をあげてしまった。
――その「きゃぁ!」が一人分多かったような気がするのは気のせいだろうか。
だが、麗は麗だった。驚いたことを誤魔化すように、真琴に抱きつかれたまま、佐伯に文句を言う。
「――それの、どこが秘密の話よ」
「秘密だろ?この別荘の評判に関わるんだから」
思ったより女子の反応がよかったのに気をよくしたのか、佐伯が再びドヤ顔をする。屁理屈は佐伯の最も得意とするところだった。
「佐伯、それ、本当?」
麗の横で、優が顔を輝かせて佐伯に訊ねた。
「本当らしいぞ。その証拠に、ここから少し行ったところにその『祠』があるからな」
その答えに、優のテンションが一気に上がった。
「行こうよ!その祠!」
「……行きたいのか?なら、明日の朝……」
「んも〜、違うよ。肝試しだよ、肝試し!」
「「はぁ!?肝試し!?」」
優の言葉に、真琴と和也がハモった。
「もちろん行くよね、和也!めっちゃ夏休みっぽいじゃん!」
当然、と言わんばかりの優に珍しく和也は歯切れが悪かった。
「俺は別に平気だけど……」
そう言って、さっきから静かな勇吾をちらっと見る。
「あー……、マコトちゃんとかさ、怖いんじゃね?」
「あ、じゃ、怖がってる女子はいいよ。無駄にキャーキャー言われたら、雰囲気ぶち壊しだし」
その言い様にカチンときた真琴は、
「別に私も平気だし。肝試しって言ったって、結局夜の散歩でしょ」
と強がってしまった。
「マコトが行くなら、私も行くわ」
麗は、幽霊なんて非科学的なものを全く信じていないらしい。近所のコンビニへついて行く、くらいの気軽さで言った。
「佐伯は?」
「俺が行かなきゃ、祠の位置がわからんだろう」
「ユーゴは?」
「……行こう」
「じゃ、決まりね!」
優は、心底、こういうのが好きらしい。いつになく張り切って、サクサク仕切る。
「じゃ、今からくじ作ろう。みんなで行ってもつまらないから、脅かし役の人と、ペアで行く人に分かれよ。ね?」
◇◇◇
どうしてこうなったのだろう。
いや、原因はわかっている。
自分が強がってしまったせいだ。
だが、あの雰囲気の中で、一人「行かない」なんて、言えたか?
いや、言えない。
言えるわけがない。
今まで自分は空気を読まずに、自由にやってきたが、ここにきて、無駄に空気を読んでしまった。
「どうちょうあつりょく」というやつに、負けてしまったのだ。
だが、後悔しても、もう遅い。
ここまできたら、腹を括らねば。
佐伯が、別荘の鍵を閉めるために、自分が出て行くのを待っている。
行きたくない、と言う思いを隠して、それでも、いつになく靴を丁寧に履くと、暗闇に向かって一歩踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます