2.バカンス 7

 一同は、佐伯に連れられて、山道を歩いていた。


 車が通る比較的大きい道をしばらく歩くと、脇に森の中に入って行く小道が見えた。

 そこは舗装されてはいないものの、車一台くらいなら通ることができそうな幅があった。

 だが、街灯もなく、木々に遮られて月明かりも届かないその道は、何が出てもおかしくない雰囲気を醸し出していた。

 先ほど、佐伯にこの地にまつわる怖い話を聞いたから、尚更だ。あの木々の影に、生贄になった少女の霊がいる様な気さえした。


「……ここからは一本道だ。ここを登って、五分くらいのところにその祠はある。行って帰っても十分だから、一ペアが戻ってくるのをもう一ペアはここで待つといいだろう」


 その説明に、優が顔を輝かせた。

「りょーかい!……ね、僕たちのペアから行っていい?」


「俺は構わねーぜ」

「私も構わないわよ」

 と、和也・麗ペアが快く応じた。


 だが、優と同じペアである真琴は、非常に嫌そうな顔をしていた。

 それを見た優が、止せばいいのに挑発する様なことをわざわざ言う。

「あれ?やっぱり怖い?怖い?ここで待っとく?」

「……だから、大丈夫って言ってるでしょ。行くよ」

 半ば自棄になった口調で真琴は言った。少し怒り気味なのは、恐怖を隠すためなのかもしれない。


「じゃ、俺たちは脅かすために先に行ってるぞ。俺たちが行ってから……そうだな、五分くらいしたら、スグルたちは出発してくれ。……行くぞ、ユーゴ」

「あぁ」

 そう言って、脅かし役である勇吾と佐伯がまず森の中へと入って行こうとした。


「ユーゴ、

「――あぁ、わかってる」


 その背中に、和也が意味深な言葉を投げかける。勇吾はそれに軽く頷くと、二人はスマホの懐中電灯の光を頼りに、森の中へと消えて行った。



「……そろそろかな?行こっか。マコトちゃん」


 脅かし役の二人が消えてから五分後。

 優はウキウキと、真琴をともなってドナドナして、森の中へ消えて行った。


 二人が和也と麗の視界から消えてしばし。


『きゃぁぁぁぁ!』


 絹を引き裂く様な悲鳴が、森の中に木霊こだましたのだった。


◇◇◇


 時間は少し遡る。


 真琴と優が森の中に消えたことを確認した和也が、その表情から笑顔を消して、麗に向き直った。


「……おい。あんたがどういうつもりで俺たちを誘ったかは知らねーけどな。俺は、あんたがユーゴをビンタしたこと、許してねーぜ」

 それは滅多に見せない、和也本来の顔だった。

 必要であれば、どんな汚いことでも引き受ける。冷酷なクロウニー副隊長の顔だ。


「あら。奇遇ね。私、あなた達のせいで真琴が怪我したこと、許してないわよ」

 対する麗は、ガラッと雰囲気の変わった和也に戸惑うことなく、傲慢に言い放った。

 バチバチと二人の間に火花が飛び散る。


「あんたがを使って、俺たちをいい様に使おうと思ってるなら、それは無駄だぜ」

「あなた達こそ、マコトを変なことに巻き込まないでくれる?あの子は『の子』よ」

「『普通の子』?マジでそう思ってるのか?あんたが?お前は、そんな『』に、興味ねーだろ」

「あらひどい言い草ね。私にだって、『友情』と言う概念は存在してよ?」

「どうだか」

 吐き捨てる様に言われて、麗は苦笑した。仮に、麗が和也の立場でそう言われたら、同じことを返すだろうと言う予感があった。


「信じなくても結構よ。でも、『』のマコトをあまり変なことに巻き込まないでいただける?」

「『友達』?『友達』だけなら、あんまりでしゃばんなよ。からな」

「あら。マコトが是と言うかしら」

さ」

「あら、やだ。怖ぁい。人の心をそんなに簡単にコントロールできると思わないことね」

「自分ができないからって、皆できないと思わねーこったな」


 再び、二人の間に火花がばちばちと飛び交う。


 その一触即発の空気に、周りの虫達までが口をつぐんだように鳴き止んだ。

 だが、そんな二人の間に、夜のしじまを切り裂いて、悲鳴が届いた。


『きゃぁぁぁぁ!』


「何!?」

「あのバカ……!」


 は、非常に切羽詰まった声だった。麗はその悲鳴にとっさに身構えたが、和也は迷わず森の中へと駆けて行った。


「あ、ちょっと……!」

 麗の制止も聞かず、和也は駆けて行く。

 肝試しなのに、行ってもいいのか、と麗は躊躇したが、和也は迷わず行ってしまった。

 一人でここに留まっているのもバカらしいと判断した麗は、和也を追って森の中へと入って行ったのだった。

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