4.アビタル・ミステイク 3
「――俺が刺した」
「それはっ!揉み合ってでしょう!?」
「でも、刺したのは事実だ」
和也が、近くにあった椅子に倒れこむように座った。
呆然と自分の両手を見る。その両手は、梅田の血で汚れていた。
「……和也さん」
津川は店内を見渡した。
いつも喧騒で満たされていた室内は、今は不気味なほどの静寂が支配していた。
和也や春樹が率先して整理整頓を徹底させていたのに、テーブルや椅子が乱雑に散らばっている。そして、その中央には動かない梅田と茫然自失の和也がいた。
これがこの人の限界か、と思うと同時に、ここで終わりにしてはいけない、とも強く思った。
自分ならこの人を終わらせない方法を知っている。
恩を返すなら今だ。
そう決意すると、津川は和也に向かって一歩踏み出した。
「――和也さん。」
「――救急車、いや、警察、呼んでくれるか」
「あなたが僕をここに呼んだのは、正しい選択だった」
「?」
まだ、和也は頭が回っていないようだった。津川の言葉の意味がわからないのか、不思議そうな目を彼に向けた。
津川は跪いて、和也の両手をとった。ぬるり、とした血の感触が津川にも伝わる。
「この血は、僕が梅田を刺した時のものでしょう?」
津川の言葉に、驚いたように和也の両手が引かれるが、津川は決して逃がさなかった。
「あなたは、僕との通話が終わった後、すぐここを出て行った。そして、ユーゴさん達のところへ加勢に行くんだ。だって、隊長が喧嘩に行ったのに、副隊長が控えていていいわけがない。」
ひたと、和也の目を見つめて、擦り込むように滔々と話す。
「僕はここで留守番を頼まれた。そこに梅田が来た。梅田はみんながいない隙を狙って、ここをめちゃくちゃにしようとした。それを止めようとして、僕が刺してしまった」
ですよね?と確認するように首をかしげる。
「お前、そんな、そんなこと……」
信じられないものを見る目で、津川を見つめる和也。
だが、津川は、至って平静だった。
呆然と呟く和也を水道まで連れて行くと、手を洗わせた。和也の手に付いていた梅田の血は、みるみる流れて行った。
「あなたが言ったんだ。体と腕は離れてはいけないって。こんな奴のために、あなたが離れるんですか?勇吾さんから」
「いや、だけど……」
洗った手を拭こうともしない和也の手を、タオルで拭いてやる。
「あなた自身が僕に命令したじゃないですか。あなたが勇吾さんから離れそうになった時、身代わりになれって」
水で流された和也の手は、血で汚れていたのが嘘のように綺麗になった。
「……言った」
少し、和也の声に生気が戻って来た。
「僕、それを聞いた時、すごく嬉しかったんです。引きこもりだった僕を部屋から出したのは、あなただ。そのあなたに、恩を返したいと思っていた僕の気持ちを汲んでくれたんだと思って」
「そうじゃない。それは俺のエゴだ」
苦しそうに吐き出された声には苛立ちがあった。
「エゴでもいいんです。僕はあなたの役に立ちたい。それは、今だ」
和也は目を閉じて、しばし考えた。
その顔には、いつもの和也が戻っていた。
クロウニーの参謀。本能で動く勇吾をフォローし、チームにまでまとめ上げさせた男の顔だ。
「……卑怯だと思うか」
「いいえ。あなたらしい、冷静な判断だと思います」
にっこり笑ったら、和也は腹を括ったらしい。
津川が尊敬する、冷徹な瞳で彼に告げた。
「俺はお前に電話したら、すぐ、ユーゴのもとに行った。ここで起きたことは何も知らない」
「えぇ。副隊長に留守を任されて、光栄です」
和也は全てを振り切るように、まっすぐ裏口へと向かった。
「後は任せたぞ」
「ええ。すべてよきように」
いってらっしゃい、と送り出されて、和也は一路、勇吾の元へと向かった。
◇
その日。勝利に沸くクロウニーの元に一本の電話がかかって来た。
その電話は、津川が梅田を刺したというものだった。
和也はその電話を勇吾の横で聞いた。
その腹の中に、どのような感情があったかは、和也以外誰も知らない。ただ、彼は皆と同じように驚いてみせた。
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