4.アビタル・ミステイク 1
「おらぁぁ!」
気合いとともに振り下ろされた鉄パイプは、空を切り、地面を穿った。
勇吾は、当たれば、人も殺せそうな攻撃を紙一重で躱すと、
「危ないな」
軽く呟いて、鉄パイプに向かって足を振り下ろした。
その衝撃に、男は持っていた鉄パイプを思わず放してしまった。
勇吾は、からん、と硬質な音をさせて転がる鉄パイプを拾うと、「ふんっ」と力を込めた。それだけで、あの硬い鉄パイプはぐにゃりと折れ曲がってしまった。
「喧嘩にこんなものを使うなんて、卑怯だぞ」
使えなくした
それは軽い音をさせて、転がって行った。
「クソッ」
目の前の男は、毒づくが勇吾にかかって来ようとしなかった。実力差がわかっているのだろう。
こいつは見たことがあるな、と勇吾は喧嘩の最中に呑気なことを考えた。
そうだ。彼女と喧嘩している所を、無理やりナンパしていると勘違いして助けに入った時の男だ。あの後、一時期、女の方に付き纏われて困ったっけ。
そんなことを考えていたら、死角から別の男が殴りかかってきた。
それを身を沈めて躱す。
振られ男は友人の加勢に気が大きくなったのか、素手で殴りかかってきた。
勇吾は、身を沈めた低い体勢のまま、前に突進し、向かってくる振られ男の顎めがけてラリアットを繰り出した。
「ぎゃふっ!」
「クドウ!」
助太刀に来た男が、振られ男の名前を叫ぶ。
振られ男は、勇吾に吹っ飛ばされて飛んで行った。
「てめぇ!」
助太刀男が、右ストレートを繰り出した。
勇吾は、優に言った話を思い出して少し笑いながら、ぐわっと行って、どかっと殴った。
胃液を吐きながら、悶える助太刀男。
しまった。考え事をしていたせいで、手加減するのを忘れた。
悪いことをしたと思いながら、勇吾は次の敵に向かって歩みを進めた。
◇
敵の数は、いつの間にか倍以上に増えていた。
だが、和也が呼んだのだろう。味方の数もいつの間にか増えていた。
人数的には押されているものの、勝ち戦を確信して、皆の士気は高揚している。
楽しそうに殴ったり殴られたりしている。
彼らは、喧嘩だというのに本当に楽しそうだった。夏休み、暇で飽いていたのだろう。その鬱憤を晴らすように、皆生き生きと戦っていた。
勇吾も久しぶりの
「――リーダー、夏バテっすか」
戦局を見ていた勇吾に声がかかる。
「しんどかったら、休んでてくれてもいいっすよ」
ハマーが冗談を言いながら勇吾を煽った。
彼が言う通り、勇吾はまだ三人しかノックアウトしていない。
まだまだ暴れ足りないと、勇吾は歯を剥き出して嗤う。
「冗談を。今までは準備運動だ。――暴れるぞ」
「りょーかいっす」
そう言うと、ハマーとともに一番混戦している所に突っ込んで行った。
◇◇◇
「なんか用か」
和也は警戒を隠そうともせず、低い声で目の前の男に訊ねた。
男は、そんな和也とは対照的にへらへらと笑っていた。
「おいおい、つれねーなー。用がなきゃ、来ちゃいけないのかよ」
「どの面下げて来れたんだ」
「この面だよ!」
和也の一言に、男は激昂した。ダンッと壁を殴る。
和也を睨む瞳には、昏い憎しみが満ちていた。
和也と対峙する男は、梅田だった。最後に見てから一ヶ月も経っていないと言うのに、その顔は憎しみで歪んでいた。
いや、精神的なものだけではない。物理的にも歪んでいた。歪んでいたもの。それは彼の鼻だった。
「お前ぇに殴られたせいで鼻が歪んじまってよ。どーしてくれんだ、こら」
「はっ。もともと大した面じゃねーだろ。ちったぁマシな面にしてやったんだ。感謝しろよ」
ふてぶてしい和也の返答に、梅田の顔がどす黒く染まる。
彼はパチンと大ぶりのナイフを取り出すと、和也に向けた。
やはり復讐か、と和也は思った。
除隊された時、ボコボコにされたのを根に持っていたらしい。
だが、ここに勇吾はいない。ナイフを持った相手を、無傷で取り押さえると言うのは無理だろうが、和也にとっての最悪は免れた。
こうなっては、勇吾を行かせたのは正解だったのか。
そう思って、和也は得意げに言った。
「――残念だったな。ここにユーゴはいねーぜ」
「ユーゴ?あんな皆に持ち上げられてるだけの奴、どーでもいい。俺の狙いはお前だよ」
ぎらり、とナイフが蛍光灯の光を反射して凶悪に光る。
「お前は、いっつも金魚の糞みたいにユーゴにくっついてるからな。一人にすんのは、骨が折れたぜ」
それでこの同時襲撃か、と和也は思い至る。
襲撃された、と言う情報が入れば、勇吾は必ず出るだろう。一方、和也はこうやって情報を集めるために、一拍動きが制限される。
それはお互いの役割分担上、どうしても避けられないことだった。
その隙を突かれたと言うことか。
――勇吾が狙いだとばかり思っていた。いや、思わされていたのか。
こうなれば、リークした塚口も怪しい。
彼からの情報だからだ。「ユーゴに恨みを持つ奴を集めている」というのは。
先ほどの勇吾の言葉が、リフレインする。
『お前もクロウニーの一員だぞ』
あれはクロウニーが狙われている以上、和也も狙われる可能性があることを警告したかったのだろうか。
そこまで深読みして、「や、ユーゴはそこまで考えてねーな」と和也は自分の考えを笑った。勇吾はそこまで考えていない。だが、感覚でそう思ったのだ。勇吾はそういう奴だ。
ふっと笑った和也に、自分が笑われたと思ったのだろう。
「お前ぇのその面、ズタズタに切り裂いてやる!」
そう叫ぶと、梅田はナイフを振りかぶって、和也に突進した。
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