4.アビタル・ミステイク 1

「おらぁぁ!」

 気合いとともに振り下ろされた鉄パイプは、空を切り、地面を穿った。


 勇吾は、当たれば、人も殺せそうな攻撃を紙一重で躱すと、

「危ないな」

 軽く呟いて、鉄パイプに向かって足を振り下ろした。

 その衝撃に、男は持っていた鉄パイプを思わず放してしまった。

 勇吾は、からん、と硬質な音をさせて転がる鉄パイプを拾うと、「ふんっ」と力を込めた。それだけで、あの硬い鉄パイプはぐにゃりと折れ曲がってしまった。


「喧嘩にこんなものを使うなんて、卑怯だぞ」

 使えなくした武器エモノには興味がないとばかりに、無造作に放り投げる。

 それは軽い音をさせて、転がって行った。


「クソッ」

 目の前の男は、毒づくが勇吾にかかって来ようとしなかった。実力差がわかっているのだろう。

 こいつは見たことがあるな、と勇吾は喧嘩の最中に呑気なことを考えた。

 そうだ。彼女と喧嘩している所を、無理やりナンパしていると勘違いして助けに入った時の男だ。あの後、一時期、女の方に付き纏われて困ったっけ。

 そんなことを考えていたら、死角から別の男が殴りかかってきた。

 それを身を沈めて躱す。

 振られ男は友人の加勢に気が大きくなったのか、素手で殴りかかってきた。

 勇吾は、身を沈めた低い体勢のまま、前に突進し、向かってくる振られ男の顎めがけてラリアットを繰り出した。

「ぎゃふっ!」

「クドウ!」

 助太刀に来た男が、振られ男の名前を叫ぶ。

 振られ男は、勇吾に吹っ飛ばされて飛んで行った。


「てめぇ!」

 助太刀男が、右ストレートを繰り出した。

 勇吾は、優に言った話を思い出して少し笑いながら、ぐわっと行って、どかっと殴った。

 胃液を吐きながら、悶える助太刀男。

 しまった。考え事をしていたせいで、手加減するのを忘れた。

 悪いことをしたと思いながら、勇吾は次の敵に向かって歩みを進めた。



 敵の数は、いつの間にか倍以上に増えていた。


 だが、和也が呼んだのだろう。味方の数もいつの間にか増えていた。

 人数的には押されているものの、勝ち戦を確信して、皆の士気は高揚している。


 楽しそうに殴ったり殴られたりしている。

 彼らは、喧嘩だというのに本当に楽しそうだった。夏休み、暇で飽いていたのだろう。その鬱憤を晴らすように、皆生き生きと戦っていた。


 勇吾も久しぶりの喧嘩うんどうに、意気揚々としていた。


「――リーダー、夏バテっすか」

 戦局を見ていた勇吾に声がかかる。

「しんどかったら、休んでてくれてもいいっすよ」

 ハマーが冗談を言いながら勇吾を煽った。

 彼が言う通り、勇吾はまだ三人しかノックアウトしていない。


 まだまだ暴れ足りないと、勇吾は歯を剥き出して嗤う。


「冗談を。今までは準備運動だ。――暴れるぞ」

「りょーかいっす」


 そう言うと、ハマーとともに一番混戦している所に突っ込んで行った。


◇◇◇


「なんか用か」

 和也は警戒を隠そうともせず、低い声で目の前の男に訊ねた。

 男は、そんな和也とは対照的にへらへらと笑っていた。

「おいおい、つれねーなー。用がなきゃ、来ちゃいけないのかよ」

「どの面下げて来れたんだ」

「この面だよ!」

 和也の一言に、男は激昂した。ダンッと壁を殴る。

 和也を睨む瞳には、昏い憎しみが満ちていた。


 和也と対峙する男は、梅田だった。最後に見てから一ヶ月も経っていないと言うのに、その顔は憎しみで歪んでいた。

 いや、精神的なものだけではない。物理的にも歪んでいた。歪んでいたもの。それは彼の鼻だった。


「お前ぇに殴られたせいで鼻が歪んじまってよ。どーしてくれんだ、こら」

「はっ。もともと大した面じゃねーだろ。ちったぁマシな面にしてやったんだ。感謝しろよ」

 ふてぶてしい和也の返答に、梅田の顔がどす黒く染まる。

 彼はパチンと大ぶりのナイフを取り出すと、和也に向けた。


 やはり復讐か、と和也は思った。

 除隊された時、ボコボコにされたのを根に持っていたらしい。

 だが、ここに勇吾はいない。ナイフを持った相手を、無傷で取り押さえると言うのは無理だろうが、和也にとってのは免れた。

 こうなっては、勇吾を行かせたのは正解だったのか。


 そう思って、和也は得意げに言った。

「――残念だったな。ここにユーゴはいねーぜ」

「ユーゴ?あんな皆に持ち上げられてるだけの奴、どーでもいい。俺の狙いはお前だよ」


 ぎらり、とナイフが蛍光灯の光を反射して凶悪に光る。


「お前は、いっつも金魚の糞みたいにユーゴにくっついてるからな。一人にすんのは、骨が折れたぜ」


 それでこの同時襲撃か、と和也は思い至る。

 襲撃された、と言う情報が入れば、勇吾は必ず出るだろう。一方、和也はこうやって情報を集めるために、一拍動きが制限される。

 それはお互いの役割分担上、どうしても避けられないことだった。

 その隙を突かれたと言うことか。


 ――勇吾が狙いだとばかり思っていた。いや、思わされていたのか。

 こうなれば、リークした塚口も怪しい。

 彼からの情報だからだ。「ユーゴに恨みを持つ奴を集めている」というのは。


 先ほどの勇吾の言葉が、リフレインする。


『お前もクロウニーの一員だぞ』


 あれはクロウニーが狙われている以上、和也も狙われる可能性があることを警告したかったのだろうか。


 そこまで深読みして、「や、ユーゴはそこまで考えてねーな」と和也は自分の考えを笑った。勇吾はそこまで考えていない。だが、感覚でそう思ったのだ。勇吾はそういう奴だ。


 ふっと笑った和也に、自分が笑われたと思ったのだろう。


「お前ぇのその面、ズタズタに切り裂いてやる!」


 そう叫ぶと、梅田はナイフを振りかぶって、和也に突進した。

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