3.カーム 4
「――あれ?今日、これだけ?」
喫茶店のドアを開けた男は、思わずそう漏らしていた。
近くにいた別の男が、よぉ、と手をあげる。
入ってきた男が言った通り、クロウニーの溜まり場はいつになく人が少なかった。
「特攻隊の奴らが出払ってるからな〜」
「そりゃそうだけど……、あれ、何お前ぇ、喧嘩した?」
「おぉ。昨日、なんか知んねーけど、坊ちゃんぽいのが絡んできてよ」
「うぇ〜、坊ちゃんに殴られてんのかよ」
「相手は三人だったんだって」
そう言いながら入ってきた男は、空いている席を見つけて座った。
◇
そんな話を聞くともなく聞いていた和也は、そろそろ時間か、と腰を上げた。
「……スグルか」
「お〜、ちょっとは形ンなってきたぜ。見にくる?」
「行こう」
そう言って、勇吾も和也とともに立ち上がった。
――その時だった。
ピリリリリリリリ……
ブー、ブー、ブー……
ティララン、ティラララン
部屋にいた者達のスマホのいくつかが、タイミングよく着信を告げた。
そのタイミングの良さに、和也の警戒レベルが一気に上がった。
勇吾も和也も、スマホを取り出すと、迷わず通話ボタンを押した。
「――どうした」
「ユーゴ!喧嘩だ!いきなり絡まれた!」
電話が繋がった瞬間、悲鳴のような声が聞こえてきた。
「どこだ」
「高速の高架下!あのコンビニの角入ったとこ!」
「わかった。すぐ行く」
そう言って、通話を終えようとしたところに、和也が無理矢理入ってくる。
「ちょい待ち!相手は何人だ」
「五人くらい。今、トラとクロが相手してるけど、押されてる」
「わかった」
そう答えると、和也は手に持ったままの自分のスマホに向かって話し始めた。
「わり。お前は何人だ?……あぁ、……あぁ、わかった。駅裏のとこだな。了解」
そう言って、電話を切ったが、まだ話は終わっていないかのように店内を見渡した。
そして、通話を終えた一人が、「ユーゴ、喧嘩らしい。俺ちょっと行ってくるわ」と出て行こうとしたのを制した。
「それ、どこだ?」
険しい表情で、紙とペンを取り出すと、先ほど入ってきた情報を書き始めた。
「……俺のとこは、ここだろ、で、ユーゴんとこが……。で、お前んとこはどこだって?相手は何人だ?」
「俺んとこにも、ラインが……」
「こっちも……」
そうやって集まったのは結局五件にも
「……いきなり、こんなに喧嘩が起きるか?」
そう問われて、今にも勇んで飛び出しそうだった者達の頭が一気に冷えた。
書き出された情報を見て、呑気なメンバーもただ事ではないと悟る。
「……罠だろ」
「っ!だからって、見捨てんのかよ!」
静かに落とされた和也の言葉に、とっさに周りの者が反論する。
その言葉が耳に入らないくらい、和也の頭はフル回転していた。
梅田の動きが怪しいと言う情報。
自分でも、この特攻隊がいないチャンスを狙うだろう。
そう思って、警戒していたおかげで、勇吾はまだこちらの手の内にある。
それにしびれを切らして、メンバーを襲い始めたのか。
本当の喧嘩中だったら、誰も電話なんかする余裕がないはずだ。なのに、かけてきたと言うなら、かけられる隙をわざと作ったのだろう。勇吾をおびき寄せるために。
小賢しい。見え見えの罠だ。
この局面、勇吾を出さずにどう治める――?
そんな和也の思考を読んだかのように、肩に手が置かれた。
はっと、和也の思考が喫茶店へと引き戻される。
「――カズヤ。俺は行く」
「ユーゴ!だからっ……!」
「俺が行かないで、誰が行くんだ」
引き止めようとした和也の言葉を、勇吾が強く断ち切った。
その目にあるのは、強い意志。
仲間を見捨てないと言う、決意があった。
そのためのクロウニーだろ、と。
あー、と和也は天を仰いだ。
こうなった勇吾を説得するのは、どんな言葉を持ってきても無理だ。
勇吾を出さずに治める方法なんて、何通りも考えられる。だが、勇吾に出るな、と説得する方法は全く思いつかなかった。
無駄だと知りながら、和也は言葉を紡ぐ。
「ユーゴ、これは罠だぞ」
「だろうな」
「十中八九、狙いはお前だ」
「あぁ」
「お前がやられたら、俺たちチームの負けだ」
「やられなければいいんだろう?」
和也の心配をよそに、勇吾はそんなことをさらりと言う。
「カズヤ。俺は負けない」
それは、意志か事実か。
勇吾の強い瞳に射すくめられて、和也が折れた。
「あ〜、も〜、わかった。わかったよ。ユーゴ、お前は特攻隊の残り、五人連れて、高速の高架下な」
「三人でいい」
「だめ。
「カズヤ!」
「で、残りはツーマンセルな。タカとキムは駅裏で逃げてるタロちゃん拾って、河川敷の奴らに加勢。グッチーとサダはハヤトんとこ。勝たなくていい。逃げることに専念しろ。イノさんとコウキはサイトーのところ行ってやって。で、逃げるふりして、高速の高架下。バラバラになるより、ちったぁ集まった方がマシだろ」
勇吾の非難を無視して、和也が一気に指示を出した。
「ラジャー」
「了解〜」
「っしゃ〜、やるぜ!」
「ばか、俺らは逃げるんだって」
その指示を受けて、一斉に男達が動いた。
「リーダー、何してるんすか、置いて行くっすよ」
和也に文句を言い足りない勇吾がぐずぐずしていると、入り口から声がかけられる。
「俺は、今いない奴の所在確認したら、高架下行くから」
いってら〜と和也に手を振られれば、勇吾ももう出るしかなかった。
だが、最後に一言、どうしても言いたいことがあった。
「――カズヤ。お前もクロウニーの一員だぞ」
気をつけろ、と和也の心配をする勇吾に、和也はいたって呑気に大丈夫〜と返すのだった。
◇◇◇
ぷっと言う軽い音がして、電話がつながる。和也は挨拶も何もなく、いきなり本題に入った。
「……お〜、お前、今どこにいる?……家?あぁ、ヨッちゃん家にいんのか。じゃ、今日はいいっつーまで、そこで待機。……なんか、クロウニーのメンバーが襲われてる。……や、来なくていい。来る間に収束すんだろ。……ユーゴも動いてる。心配すんな。……あぁ、……あぁ、大丈夫」
手早く指示を出し終えると、次の名前にコールする。和也はそれをもう何度か繰り返していた。
さっき喫茶店にいなかった者のうち、喧嘩ができる奴は現場へ向かわせた。
喧嘩ができない奴は、安全な所にいるように指示を出した。
電話が繋がらなかった奴もいたが、もうそれは仕方がない。無事を祈るだけだ。
あらかた電話をかけて、最後に副隊長補佐の津川の名前をコールする。
プルルル、プルルル、と言う呼び出し音を耳にしながら、和也はメモを片手に立ち上がった。
――そう言えば、誰からも梅田の名前が出てないな。
それに、嫌な予感が広がる。だが、
「――津川です」
通話が繋がって、意識が逸れた。
「クロウニーに喧嘩売ってきたバカがいる」
「――梅田ですか」
「や、まだわからん。今、ユーゴも
「俺も現場に行きますか。それとも周囲を探りますか」
「お前は――」
と、そこで喫茶店の扉が開いて、入ってきた者がいた。
ハヤトたちでも逃げてきたか、と視線をやった和也の目が細められる。
そして、入ってきた人物を見据えたまま、
「――お前は、溜まり場に来い」
端的に告げると、電話を切った。
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