3.カーム 4

「――あれ?今日、これだけ?」

 喫茶店のドアを開けた男は、思わずそう漏らしていた。


 近くにいた別の男が、よぉ、と手をあげる。

 入ってきた男が言った通り、クロウニーの溜まり場はいつになく人が少なかった。


「特攻隊の奴らが出払ってるからな〜」

「そりゃそうだけど……、あれ、何お前ぇ、喧嘩した?」

「おぉ。昨日、なんか知んねーけど、坊ちゃんぽいのが絡んできてよ」

「うぇ〜、坊ちゃんに殴られてんのかよ」

「相手は三人だったんだって」

 そう言いながら入ってきた男は、空いている席を見つけて座った。



 そんな話を聞くともなく聞いていた和也は、そろそろ時間か、と腰を上げた。

「……スグルか」

「お〜、ちょっとは形ンなってきたぜ。見にくる?」

「行こう」

 そう言って、勇吾も和也とともに立ち上がった。


 ――その時だった。


ピリリリリリリリ……

ブー、ブー、ブー……

ティララン、ティラララン


 部屋にいた者達のスマホのいくつかが、着信を告げた。

 そのタイミングの良さに、和也の警戒レベルが一気に上がった。


 勇吾も和也も、スマホを取り出すと、迷わず通話ボタンを押した。

「――どうした」

「ユーゴ!喧嘩だ!いきなり絡まれた!」

 電話が繋がった瞬間、悲鳴のような声が聞こえてきた。

「どこだ」

「高速の高架下!あのコンビニの角入ったとこ!」

「わかった。すぐ行く」

 そう言って、通話を終えようとしたところに、和也が無理矢理入ってくる。

「ちょい待ち!相手は何人だ」

「五人くらい。今、トラとクロが相手してるけど、押されてる」

「わかった」


 そう答えると、和也は手に持ったままの自分のスマホに向かって話し始めた。

「わり。お前は何人だ?……あぁ、……あぁ、わかった。駅裏のとこだな。了解」

 そう言って、電話を切ったが、まだ話は終わっていないかのように店内を見渡した。

 そして、通話を終えた一人が、「ユーゴ、喧嘩らしい。俺ちょっと行ってくるわ」と出て行こうとしたのを制した。

「それ、どこだ?」

 険しい表情で、紙とペンを取り出すと、先ほど入ってきた情報を書き始めた。

「……俺のとこは、ここだろ、で、ユーゴんとこが……。で、お前んとこはどこだって?相手は何人だ?」

「俺んとこにも、ラインが……」

「こっちも……」


 そうやって集まったのは結局五件にものぼった。


「……いきなり、こんなに喧嘩が起きるか?」

 そう問われて、今にも勇んで飛び出しそうだった者達の頭が一気に冷えた。

 書き出された情報を見て、呑気なメンバーもただ事ではないと悟る。


「……罠だろ」

「っ!だからって、見捨てんのかよ!」

 静かに落とされた和也の言葉に、とっさに周りの者が反論する。


 その言葉が耳に入らないくらい、和也の頭はフル回転していた。


 梅田の動きが怪しいと言う情報。

 自分でも、この特攻隊がいないチャンスを狙うだろう。

 そう思って、警戒していたおかげで、勇吾はまだこちらの手の内にある。

 それにしびれを切らして、メンバーを襲い始めたのか。

 本当の喧嘩中だったら、誰も電話なんかする余裕がないはずだ。なのに、かけてきたと言うなら、かけられる隙をわざと作ったのだろう。勇吾をおびき寄せるために。


 小賢しい。見え見えの罠だ。

 この局面、勇吾を出さずにどう治める――?


 そんな和也の思考を読んだかのように、肩に手が置かれた。

 はっと、和也の思考が喫茶店へと引き戻される。


「――カズヤ。俺は行く」


「ユーゴ!だからっ……!」

「俺が行かないで、誰が行くんだ」

 引き止めようとした和也の言葉を、勇吾が強く断ち切った。


 その目にあるのは、強い意志。

 仲間を見捨てないと言う、決意があった。

 そのためのクロウニーだろ、と。


 あー、と和也は天を仰いだ。

 こうなった勇吾を説得するのは、どんな言葉を持ってきても無理だ。

 勇吾を出さずに治める方法なんて、何通りも考えられる。だが、勇吾に出るな、と説得する方法は全く思いつかなかった。


 無駄だと知りながら、和也は言葉を紡ぐ。

「ユーゴ、これは罠だぞ」

「だろうな」

「十中八九、狙いはお前だ」

「あぁ」

「お前がやられたら、俺たちチームの負けだ」

「やられなければいいんだろう?」

 和也の心配をよそに、勇吾はそんなことをさらりと言う。


「カズヤ。

 それは、意志か事実か。


 勇吾の強い瞳に射すくめられて、和也が折れた。

「あ〜、も〜、わかった。わかったよ。ユーゴ、お前は特攻隊の残り、五人連れて、高速の高架下な」

「三人でいい」

「だめ。浜口ハマー、お前入れて五人、ユーゴについていけ」

「カズヤ!」


「で、残りはツーマンセルな。タカとキムは駅裏で逃げてるタロちゃん拾って、河川敷の奴らに加勢。グッチーとサダはハヤトんとこ。勝たなくていい。逃げることに専念しろ。イノさんとコウキはサイトーのところ行ってやって。で、逃げるふりして、高速の高架下。バラバラになるより、ちったぁ集まった方がマシだろ」

 勇吾の非難を無視して、和也が一気に指示を出した。


「ラジャー」

「了解〜」

「っしゃ〜、やるぜ!」

「ばか、俺らは逃げるんだって」

 その指示を受けて、一斉に男達が動いた。


「リーダー、何してるんすか、置いて行くっすよ」

 和也に文句を言い足りない勇吾がぐずぐずしていると、入り口から声がかけられる。

「俺は、今いない奴の所在確認したら、高架下行くから」

 いってら〜と和也に手を振られれば、勇吾ももう出るしかなかった。


 だが、最後に一言、どうしても言いたいことがあった。


「――カズヤ。


 気をつけろ、と和也の心配をする勇吾に、和也はいたって呑気に大丈夫〜と返すのだった。


◇◇◇


 ぷっと言う軽い音がして、電話がつながる。和也は挨拶も何もなく、いきなり本題に入った。

「……お〜、お前、今どこにいる?……家?あぁ、ヨッちゃん家にいんのか。じゃ、今日はいいっつーまで、そこで待機。……なんか、クロウニーのメンバーが襲われてる。……や、来なくていい。来る間に収束すんだろ。……ユーゴも動いてる。心配すんな。……あぁ、……あぁ、大丈夫」

 手早く指示を出し終えると、次の名前にコールする。和也はそれをもう何度か繰り返していた。


 さっき喫茶店にいなかった者のうち、喧嘩ができる奴は現場へ向かわせた。

 喧嘩ができない奴は、安全な所にいるように指示を出した。

 電話が繋がらなかった奴もいたが、もうそれは仕方がない。無事を祈るだけだ。


 あらかた電話をかけて、最後に副隊長補佐の津川の名前をコールする。

 プルルル、プルルル、と言う呼び出し音を耳にしながら、和也はメモを片手に立ち上がった。


 ――そう言えば、誰からも梅田の名前が出てないな。


 それに、嫌な予感が広がる。だが、

「――津川です」

 通話が繋がって、意識が逸れた。

「クロウニーに喧嘩売ってきたバカがいる」

「――梅田ですか」

「や、まだわからん。今、ユーゴも出張でばってる」

「俺も現場に行きますか。それとも周囲を探りますか」

「お前は――」


 と、そこで喫茶店の扉が開いて、入ってきた者がいた。

 ハヤトたちでも逃げてきたか、と視線をやった和也の目が細められる。


 そして、入ってきた人物を見据えたまま、


「――お前は、溜まり場に来い」


 端的に告げると、電話を切った。

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