3.カーム 3
清風高校普通科特別技能コース。
その一年生の教室には、美男美女、イケメン、美人、可愛い系と言った容貌を持つ者が半数以上集まっていた。
それもそのはず。この特別技能コースは、芸能界等で活躍する俳優、アイドル、モデルなど、高校生ながら仕事をしている者が入るコースだからである。
また、それだけでなく、マイナーながら世界的な場で活躍するスポーツ選手などもこのコースに所属していた。
どちらにも共通しているのは、不定期に学校を休む必要がある、ということである。
芸能界で活躍する者はその撮影などで、スポーツ選手は世界大会出場などで、どうしても学校へ来られない時がある。それをフォローする制度が充実しているのが特別技能コースなのだ。
そんな中、一際異彩を放っていたのが優だった。
イケメン、なんて軽い言葉ではくくれない整った顔立ち。日本人離れした身長に、すらりと引き締まった体。
芸能界にいたら、確実に話題になり、名前を知らないものはいないであろう彼を知る者がいなかったからである。
あれは誰だ、何をしている奴なんだ、と注目が集まる中、優は人を近寄らせないオーラを放って、ひとり、HRも開始を待っていた。
周囲の疑問が解けたのは、入学式後の自己紹介の時だった。
いや、逆に疑問が増したと言えるかもしれない。
特技コースの自己紹介は、名前、出身以外に、自分が何者かも紹介する。
芸能関係なら、出演した作品、雑誌等、スポーツ関係なら、どんなスポーツをしているのかなどである。そして、それでクラス内の棲み分けがなされる。ある意味、合理的なシステムだった。
五十音順で始められた自己紹介は、佐伯の番の時、女子の目つきが変わった。
はっきり言って、特技コースでは注目されるような容姿ではない佐伯だ。そんな彼が、誰もが知る会社の名前を言い、将来、そこを任されるため、今から仕事で抜けることがある、と堂々と公表したからである。
マジで?あの会社?これって、玉の輿狙えるんじゃない?と一気に色めき立った女子を牽制するように、佐伯は言葉を続けた。
「俺には、もう、婚約者がいる。そこの二階堂麗だ」
それを聞いた時、優はちっとも興味を持たなかった。
ただ、そんな子もいるんだな〜と思いながら、佐伯に指さされた女子――それはたまたま優の隣の席だった――麗をぼんやりと見ただけだった。
優はこの教室の誰にも興味がなかった。だから、続けられる自己紹介は半ばスルーしていたし、もちろん、麗の自己紹介なんて片隅にも残っていなかった。
ぼーっとした中、優の順番が回って来た。
「初めまして。水瀬優です。僕は特に何かをしているわけではありません。芸能活動も、スポーツも……」
そこで、佐伯のことが思い出された。それで、佐伯にちらりと視線を向けて、
「……もちろん、お仕事も」
と付け加えた。
ちらりと流し見た佐伯は、呆然とした表情で優のことを見ていた。
何をそんなに驚いているんだろう、と思いながら、優は自己紹介を続ける。
「だから、僕がこの中で一番出席率がよくなると思います。基本的には毎日来るつもりなんで。あと、最初にはっきり言いますが、僕がこのコースに入った
そして、皆とよろしくするつもりのない優は、「よろしく」と定番の締めを言わずに席に座った。
この自己紹介に、男子は反発しながらも、
そして、その好奇心を満たすべく、担任が消えた瞬間、優のもとに集まった。
「水瀬君って言うんだぁ。マジで何も仕事してないの?」
「もったいない〜。絶対、人気出るのに〜」
「ね、ね、私の事務所、紹介してあげようか?」
「なんで芸能界入らないの?スカウトとかされなかった?」
媚びを売る、とまではいかなくても、かなり好意的・友好的な女子たちに、優は一言を放った。
「……あのさぁ。僕、外見で人を判断する人、嫌いなんだよね」
一瞬にして、周囲の空気どころか、教室中の空気が凍る。
「この顔使って、お金を稼ぐ気もないし。だから、こうやって集まられるの、迷惑」
これが、中途半端なイケメンだったら、完全に総スカンを食らっていただろう。だが、優が言えば、引きこそすれ、反発まではいかないから、顔面の力は偉大だ、と感じさせられた。
厳しい優の言葉に、二の句を継げられずにいる女子たちの輪の外から、
「――ふっ」
っと、笑いが聞こえた。
それは息を吐いただけの笑いだったが、しぃん、とした教室では、思った以上に大きく聞こえた。
本人も、周りに聞こえたのがわかったのだろう。
バカにしたような表情をしながら、優のほうを見て、「あら、ごめんなさい」と少しも心の込もっていない謝罪を口にした。
「……あなたがあまりにもおかしなことをいうものだから、つい」
そう言ったのは、優の席の隣の少女だった。
さっき、誰かの婚約者だ、と言われていた少女だった。
「おかしなことって、何?」
あまりにも自然に人をバカにした表情をされて、優もつい口調が厳しくなる。
問い返された少女は、何を当たり前のことを聞き返すんだ、と言わんばかりにキョトンとした。
「だって、あなた。あなたを顔以外の何で判断したらいいの?」
「はい?」
さっき、「顔で判断するな」と言った人物に対して、「お前は顔だけだ」と、真正面からバカにする少女に、優の目が細められた。
だが、彼女は動じなかった。
「あら、やだ。気がついていないの?」
「……何を」
「だって、あなた、さっきの自己紹介。何も言ってないに等しかったじゃないの」
「それは、そうだけど……」
言いたくない、言えないこともあるのだ。
そして、優は言いたくないことが多すぎた。
優は、これまでの人生でぽろりとこぼした一言から、家やお気に入りの店を特定されたり、特定の物が大量に届いたりといった、ロクでもない目に遭っていた。
それは全て、この顔のせいだった。
田舎の中学校に不釣り合いなほどの美貌。娯楽の少ないあの地域において、優は最高の「娯楽」だった。
友達ときゃぁきゃぁ騒ぐくらいならかわいいもので、ファンクラブに始まり、ガチのストーカーが何人も捕まったことがある。
そのせいで、優はおよそ一般的な学校生活を送ることができなかった。それどころか、日常生活もままならなかった。
だから、あの
――だが、そんな事情、ここで言えるか?いや、言えない。
そんな優に構わず、麗は続けた。
「だいたい、外見で判断されたくない、っていうけど、なら、あなたは外見以外にどんな価値があるの?性格?じゃないわよね。彼女達にあんなことが言えるんだから。じゃ頭?自分の言動の矛盾点に気がつかないのに?体?さっき言わなかったけれど、何かの競技をしているのかしら?」
一気にまくし立てられて、優がたじろいだ。彼女の言葉に、言い返したいが言い返せない自分に驚いた。だって、彼女のいう通りだったからだ。
「『
その一言は、優の心に突き刺さった。
今まで、自分は顔ばかり注目されて来た。それが嫌で、「外見で判断しないでほしい」、「中身の自分を好きになってほしい」、そう思っていた。
だが、自分にはもしかして、「
あの中学時代の女の子達の判断の方が正しかったとしたら?
優の根底がぐらりと揺さぶられた。
――僕の、価値?
そんなことを考えたこともなかった優が、言い淀んだ瞬間、周りから援護射撃が飛んで来た。
「はぁ?何様だし!」
「ヤバ〜。何、語ってんの?」
「え〜、すっごく偉そうなんですけど」
「ひど〜い。何この女」
周りにいた少女が口々に麗を攻撃する。
それを聞いた麗が、驚いたように片眉を上げた。
きっと、麗は、彼女達を庇ったつもりだったのだろう。
好意的に優に近づいて行ったのに、理不尽な理由で拒絶されたのが、見るに堪えなかったのかもしれない。だが、その親切心は彼女達に通じなかったようだ。
周囲の少女達のおかげで気持ちを立て直した優は、意地悪だと知りながら麗に聞いた。
「――そういう君は、きっとすごく立派な『価値』があるんだろうね」
それを聞くと、麗が非常に苦々しげな顔になった。
優は、その表情を見て、「ないんだ」と侮った。
何もない奴に言われたって――
だが、麗は違った。怯むどころか、昂然と顎を上げると、傲慢に言い放った。
「あるわ。私は二階堂家の末娘、麗よ。そのカードは、政財界に関わる男なら、欲しくてたまらないものよ」
優達には自分の価値が伝わらないと思ったのだろう。麗は丁寧に説明した。だが、その説明のおかげで、優にもわかった。彼女が言った『価値』、それは、
「
だが、そんな子猫の反撃に、
「そうよ。だから、私はそんなカードになる気はないの。そんな『価値』で終わらせないわ。見てなさい。三年後、私は全く違うカードに成って卒業するから」
それは、女帝を感じさせる目だった。支配する者の目。
優のような下々の者が、戯れに噛み付いたとて、ビクともしない女王の目だった。
その目に睥睨されて、優の背筋がゾクゾクと震えた。
周りの少女達が、そんな麗に怖じけずに、優を守ろうと口々に反論する。
だが、優はもうその声を聞いていなかった。
「――あなたも。手にしたカードが気に入らなかったら、それを別のカードに替える努力をしなさい。何もしないのに、これは気に入らない、あれは嫌だ、じゃ、子供が駄々を捏ねているのと大差ないわよ」
そう言い放った麗に、優は――生まれて初めて恋をしたのだった。
◇◇◇
「――その一言を聞いた時、僕の運命はこの人だ、って思ったんだよね〜」
「そんなイイ話かな〜?」
優の話を聞き終えた和也が首を傾げた。
「今までもね、僕の気を惹こうとして、僕に興味ないふりをする女の子は結構いたんだ。でも、どの子も目が……ね」
そういう子達は、目が語っていた。優が好きだと。優に愛されたいと。だが、麗のあの目は。
「全く僕に興味なかったんだよね。本当に、周りの女の子がかわいそうっていう正義感だけで僕に声かけただけで。むしろ、自分の価値を捨てるお前には価値がないって、思ってる目だったね」
「それのどこに惚れる要素があるんだ……?」
説明を聞けば聞くほど、麗のよさがわからなくなった和也だった。
ひたすら馬鹿にされて、罵倒されて、蔑んだ目で見られて……
「……スグルちゃんって、ドM?」
「わかってない、わかってないよ!和也は!」
優は麗の魅力を熱弁したが、熱弁されればされるほど、「高慢な女だな〜」としか思えない和也なのであった。
「……まぁ、いいよ。ウララちゃんのよさがわかったら、ライバルが増えちゃうからね」
そういうと、優は決意を込めた目をした。
「だから、僕は僕の新しい『価値』を作るために、思いついたことはなんでもチャレンジしようと思ってるんだ。これも、その一環」
その目は、本当に麗のことが好きなんだ、と思わせるのに十分な目だった。
だから、和也はもう茶化さなかった。
「喧嘩なんかしねーほーがいいと思うし、あの女のためっていうのも気に喰わねーけど、そうやって頑張れるのは単純にスゲーと思うぜ」
「そう?」
優が嬉しそうに笑った。
そういえば、と彼は思う。
今まで、女の子たちには口々に褒められて来たけど、こうやって、努力していることを褒められるのは初めてかもしれない。
そして、それが意外と嬉しいことだと気がつく。
「そう。……つーわけで!休憩はここらにして、もう1セット、頑張るか?」
「あ〜、もう?」
正直、まだ休憩し足りなかった。でも、さっき褒められたばかりで怠けるのも気が引けた。だから、優は、
「う〜、……頑張ります」
そう言いながら、疲れた体をほぐすように、伸びをした。
そして、残ったドリンクを一息で飲み干す。
優が空になったペットボトルを投げると、綺麗な放物線を描いてゴミ箱の中へと入って行った。
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