3.カーム 1

「う〜っす。ハルキ。生きてっか?」

 和也が、長谷川に連れられて、春樹の家を訪問した。その手には、お土産が握られていた。


「珍しい。カズヤが家に来るなんて」

「お前が引きこもってっからだろ」

 だから、俺が案内したんだ、と長谷川が不満を漏らした。


「ほい、これ、お土産」

 和也が手渡したのはゆるキャラが描かれたお菓子だった。早速バリバリと包装が破られる。


「俺、飲みもん持って来るわ」

「僕、ジュースがいい」

「あ、おかまいなく」

 自分の家なのに動こうとしないどころか、リクエストをする春樹を尻目に、長谷川が階下へと降りていく。春樹のものぐさは、今に始まった事ではない。


 春樹が飲み物も待たずに、お菓子の個包装を破ると、パクッと一口で食べた。

「う〜ん……。これ……」

「続きを飲み込んだのは褒めてやる。……名物なんて、こんなもんだろ」

「ま、そだよね」

 お腹が空いていたのか、文句をいうわりにさっさと二つ目に手を伸ばす春樹。


「旅行どうだった?笹原さんに誘われたんでしょ」

「いろいろあったけど、概ね楽しかったよ」

「何、その言い方。誘い受け?」

「じゃ、ねーし。あの、二階堂とかいう女」

「あぁ。あの子ね。結構なお嬢なのに、なんで公立になんか来たんだろうね〜」

「知らねぇ。でも、ムカつく女だったぜ」

 和也が麗の勝利宣言を思い出して、苦々しげな表情になる。

「僕はあってもいいカードだと思うけど。ユーゴも叩かれたこと、全然気にしてないでしょ」

「気にしてねーけどよー。だから余計ムカつくんだって」

「そこを我慢するのが、副隊長の役目でしょ」

 もっともなことを言われて、和也がぶーっと膨らんだ。


「なんだ。何、膨れてるんだ」

 お茶を持って来た長谷川が、和也の不機嫌な表情に気がついて声をかけた。

 それに、別に〜とかわす和也。もうあの女のふゆかいな話は終わりにしたい。


 長谷川は飲み物を配ると、我が物顔で春樹のベッドに腰掛けた。

 和也からのお土産にも、遠慮なく手を伸ばす。お菓子を食べながら、長谷川は和也に訊ねた。

「……で、やっぱりユーゴはマコトを?」

「好きだと思うんだけどな〜。な〜んかイマイチ、読めねぇ」


 勇吾が真琴のことを憎からず思っているのは間違いなかった。だが、それが恋愛感情なのか、いつものお節介なのかがわからず、周りはやきもきしていた。

「いつものなんじゃないのか。たまたま女だから、特別に見えるだけで。ふらふら危なっかしい奴を、ユーゴはっとかないだろ」

「か、なぁ。……そうなんだよな。いつも通りって言ったら、いつも通りなんだよな。旅行に行ったら、はっきりするかも、と思ったけど、あの女がことごとく邪魔しやがって」

 話題を変えたはずなのに、また麗の話に戻って、和也の顔が渋くなる。


 麗は、旅行二日目、真琴にべったりだった。

 二日目は、川の上流にある釣り堀で、魚を釣って食べたのだが、釣り餌の虫がつけられないだの、魚が針から外せないだの言って、すべて真琴にさせていた。

 また、真琴も真琴で、頼られて嬉しいのか、麗のわがままに付き合って、二人できゃっきゃしていた。

 これで一人があの女ウララでなければ、和也も可愛い女の子二人のイチャイチャを微笑ほほえましく見られたのに。


 そして、勇吾は特に真琴に近づくでもなく、離れるでもなく、つまり、いつも通りだった。

 特記事項といえば、一日目の夜に勇吾が真琴をクロウニーに誘ったことだが、それも特に深い意味はなかったのだろう。真琴に断られても、落ち込んでいる様子はなかった。


「もう放っときなよ。無理矢理くっつけてもいいことないんだし。いつか落ち着くところに落ち着くでしょ」


「あのユーゴが?」

「あのマコトと?」


「「100年かかっても、無理だろ」」


 春樹の言葉に、揃って反論する二人。その点では、二人の意見は一致していた。

 一方、春樹はドライだった。他人の人間関係に首をつっこむこと自体、あまり好きではないらしい。


「二人とも、ユーゴを子供扱いしすぎ。ユーゴだって、普通の男子高校生だよ?

 春樹が冗談で言ったことは、奇しくも当たっていた。だが、それを和也は知らなかった。だから、二人揃って、


「んなわけねーって」


 と、笑い飛ばしてしまった。



 そんなことを話しながら、だらだらダベっていたら、春樹のスマホに一通のメールが届いた。

 そのタイトルを見て、春樹はその場でメールをチェックした。

 読みながら、春樹の眉がだんだんひそめられていく。


「どした?」

「んー……」

 長谷川の問いに、生返事をして、メールを二度三度と読み返す。そして、きっちり理解できたと確信してから、春樹は顔を上げた。


「あのさー、前言ってたじゃん、梅田の動きが怪しいって」

 そういえば、そんなことも言っていたな、と和也はすぐ思い出したが、長谷川の記憶には残っていなかったらしい。そうなのか?ととぼけたことを言い出した。

「もー。言ったよ。防衛に関することだから、しっかり言った」

「おいおい、しっかりしてくれよ、特攻隊長〜」

 そんなこと言われたっけな、と首をひねる長谷川をおいて、和也と春樹は話を進めた。


「なんか、人、集めてるみたい」

「はあ?新しいチーム作ろうってのか?」

「いや。そうじゃなくて……。なんか、ユーゴに恨みを持つ奴、集めてるって」


 勇吾に恨みを持つ、で、真っ先に安土高の奴らの顔が浮かんだ。

 この間ボコボコにしたばかりなのに、懲りていなかったのかと問うと、そうではないそうだ。


「安土高とかの組織じゃなくて、個別に声かけてるみたい。梅田とよくツルんでた塚口とか、声をかけられたって」

 今回は、その塚口からのリークなんだ、と春樹。


 塚口は、裏切り者として放逐された梅田と一番仲が良かった男だ。

 そのせいで、彼は、梅田が除隊させられてから、周りから少し距離を置かれていた。

 お前も実は、情報を流していたんじゃないか、と。

 勇吾達も、最初、それを疑っていた。だが、塚口が黒という決定的な証拠は出なかった。それで、処分は梅田一人に留まったと言う経緯がある。

 だが、それを他の奴らに知らせていないし、知らせる気もない。

 塚口は塚口で、疑われていることを知っているのだろう。

 もしくは、ここで名誉挽回しておかなければ、と思ったのかもしれない。

 春樹に最初に情報を流す時に、必死に裏切り者じゃない、と主張していたそうだ。


「それは……信用できるのか?」

 黒と確定していないが、白でもなかった者からもたらされた情報だ。

 梅田が動いていること自体は本当かもしれないが、罠の可能性もある。


「めんどくセーから、俺らが動こうか?」

 罠だなんだと考えるのが苦手な長谷川が申し出たが、春樹はいい顔をしなかった。

「もうちょっと裏が取りたいところだけど……」

「確かにな」

「でも、僕たち、明後日から合宿なんだよね」

「あ?明後日からだっけ」

 春樹が言う合宿とは、バイクの免許を取るための合宿だ。

 クロウニーの中の特に特攻隊を中心に、夏休みまでに誕生日がきた者が揃ってバイクの免許を取りに行くことになっていた。


「そう。もう荷物も準備したし」

「俺がな」

「うん。ハセが」

「お母さんかよ!」

 と言う和也のツッコミは無視された。


「そっか〜。いーなー。誕生日早い奴は」

 和也の心底羨ましいと言う声に、春樹が上から「和也くんはもう少し我慢ですよ〜」と子供に話しかけるように言った。

「てめ、この」

「ちょっと、揺らさないで!」

 和也が足で春樹のデスクチェアを揺らすと、春樹は心底嫌そうな声をあげた。

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