2.バカンス 3

 真琴にとって、麗はミステリアスな存在だった。

 いつも凛として、その涼やかなおもてをあげ、一人でいる。

 一人でいるから、近寄り難いのかと思うと、話すと普通だし、別に人を拒絶しているわけではない。だが、それでも一人でいることが多かった。


 多分、皆気がついているのだろう。

 麗の「軸足」が学校にないことに。


 付かず離れず、周囲と「適切な距離」を取り続ける麗。

 麗が見つめる視線の先に、「学校」は入っていないように思われた。


 そんな麗が、今回(どんな思惑であれ)その「適切な距離」を超えて、旅行に誘ってくれたのが嬉しかったし、楽しいものにしようと真琴は張り切っていた。


 なのに、自分が食欲に負けたせいで……!


 麗の窮地に気がついた真琴は、一切躊躇しなかった。

「ユーゴ、桃とミルクのダブル、頼んだ!」

 叫ぶと、列整理の縄をくぐり抜けて、スカートを翻して駆けて行く。


「え〜っと、僕は青リンゴとベリーヨーグルト!」

 その後ろを、一歩遅れて優が追う。


「俺は、いちごみるくとキャラメル」

 当然のようにそう言った勇吾が、縄をのっそり跨ぐと、悠々と歩いて行った。


「ちょ、スグル!危ない!」

 思わず優のあとを追いかけかけた佐伯の肩を掴んで、和也が止めた。


「ユーゴが行ったから大丈夫だって。それよりタカちゃんにまで行かれたら、俺一人で持ちきれねーよ」

 でも!と言いかけた佐伯を、ままま、と言いながら列に戻す。

「ユーゴは俺らのリーダーよ?信じてやってよ〜」


 軽い調子だったが、その声に信頼のようなものを感じて、佐伯はしぶしぶその場に留まったのだった。



 真琴は、サンダルで出せる最速で麗の元まで行くと、麗の腕を掴んでいた男の手をその勢いで叩き落として、彼女を守るように男たちとの間に体を滑り込ませた。

 あ〜、失敗した。失敗した。

 麗に抱きつきながら、思うのはそればかりだった。

 それでなくても、潔癖気味なところがある麗が、こんな男たちに囲まれて、平気なわけがない。


「ウララちゃん!」

「ってー、何だ?」

 手をはたき落とされた男が、不機嫌そうな声を出すが、女が乱入してきたとわかると、ニヤニヤと笑った。

「君がお友達〜?かわいいじゃん」

「ね〜、俺たちと遊ぼうよ。いいとこ知ってんだ〜」

「間に合ってます!」

 噛みつくように叫び返して、麗を伴って立ち上がろうとしたら、スカートがずり下がる感覚がして、とっさにまた腰を下ろした。

 ありえない感覚に、胃がキュッと縮む。


「マコト?どうしたの?」

 そんな真琴の不安を敏感に感じ取った麗が不審そうな声をあげる。

 真琴はその声に構わず自分のスカートを見ると、それを縫い付けるように男の手が置かれていた。それでさっき、脱げかけたのか。

「手、どけて」

 きっと睨みながら真琴が言う。が、

「え〜〜、俺たちと遊ぶって言うまで、どけな〜い」

 へらへらと、男たちは笑うばかりだった。


 あまりに人を馬鹿にした態度に、真琴の頭に血が上った。女というだけで、ここまで馬鹿にされるのか!


 かあっと頭に血が上った真琴が、ない腕力に訴えるより早く、優が追いついてきた。

 真琴と違って、優は冷静だった。

 一旦男たちの後ろで呼吸を整えると、

「手、離してください」

 怒鳴るでもなく、冷静に言い、男の手を掴んで、真琴のスカートからどけさせた。


 二人目の闖入者にぽかんとする男たち。

 その男たちの間に分け入って、優は麗と真琴を守るように立ちはだかった。

 線が細く、荒事に慣れていない優だったが、それでも麗たちを守ろうとする姿は立派に男の子だった。

 その頼もしい姿に、真琴も麗も、これでナンパ男たちは諦めてくれるだろう、と気を緩めた。……ら、それは甘かった。


「……お、おぉぉぉ〜?」

 手を掴まれた男が、優の顔をまじまじと見つめる。

 それは、一見すると、手を握り合って見つめ合う(一人は精一杯睨んでいたが)、なんだか倒錯した絵面になっていた。


 男たちも、お邪魔虫の綺麗さに困惑しているようだった。しかし、もとより節操のないナンパ男たち。綺麗なら性別は気にしないのだろう。

「これは、アリ?ナシ?」

「アリアリ。全然いけるわ」

 そう仲間内で会話をすると、

「キレーな顔してんね。何君?君も一緒に遊ばね?」

 そう言って、馴れ馴れしく優の肩を抱いた。


「え?え?……えぇ〜???」

 あまりの展開に、困惑する優。

 麗ちゃんは僕が守る!きりっ!モードから一転、男たちのターゲットにされて、どうしていいかわからずアワアワしてしまった。


「……顔がいいと、こんなこともあるのね」

 麗が真琴の隣で諦観をにじませた声を出す。

 助けに来たはずの真琴と優のせいで、状況が悪化してしまい、もう、笑うしかないのだ。


 真琴は、麗を庇うべきか、優を助けるべきかわからず、おたおたと二人を見比べた。

 庇いたいのはウララちゃんなんだけど、今、絶賛ピンチなのはスグル。このままウララちゃんから離れるか、いや、でも……!

 麗は、平気そうな顔をしていたが、真琴にはその体が微かに震えているのが感じられた。顔も少し青ざめている。男たちに変なことを言われたのだろうか。真琴は自分がその場にいて、守れなかったことを後悔していた。


 それもあって、麗から離れるのが躊躇ためらわれた。また、自分のいないところで嫌な目にあって欲しくない。だが、その間にも、優は連れ去られそうになっている。

「友達はこれで全部?なら、行こうぜ。俺たち、いいところ知ってるからさ〜」

 行こ行こ〜と、強引に優を連れて行こうとする男。

「そうそう。……い〜トコで、い〜コトしようぜ。ほら、早く立てよ」

 先ほどまで、ニコニコしていた男達の口調が脅しつけるようなものにガラリと変わる。


 それは、男達の常套手段だった。

 こうやって、急に雰囲気を変えることで、女の子の心に恐怖を生み出し、言いなりにしてきたのだった。


 男達の手が、真琴と麗に伸びてくる。

 麗の体が、緊張で強張こわばる。

 そんな麗を抱きしめながら、こうなったら、こいつらと刺し違えても……!と、真琴は腹を括った。

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