2.バカンス 2
高原特有の、涼やかな風が麗の白いワンピースを揺らして、空へと消えて行く。
特急に揺られて数時間。
「ここに迎えが来る」
佐伯にそう言われて降り立った駅は、かなり高地にあるらしく、日差しはきついが、空気は爽やかだった。街とは空気の質が違うようにすら感じられた。
ここは、日本でも有数の避暑地だった。麗も何度か、この近くのホテルで夏休みを過ごしたことがある。
駅前は観光地ともあって人でごった返しているが、少し車を走らせると、
「せっかくだし、観光して行くか?」
佐伯のその一言に真琴と和也が反応し、一同は車に荷物を預けて駅前通りをぶらぶらと歩き出した。
「タカちゃ〜ん。ここって、なんか有名なもんあるの?」
「知らん。それくらい自分で調べろ」
「佐伯、僕、何かこの町の名物、食べたいな」
「それならこっちだ」
「俺とスグルちゃんへの態度、違いすぎねぇ……?」
佐伯によるあからさまな
これで友情だ、と主張する佐伯の気がしれない。
だが、お互いの家のことを考えた上での、自己防衛反応かもしれない。そう思うと、麗はまた、あの実家の暗さが、背後に迫って来たような錯覚を覚えた。
じわじわと足元の影が広がって――。
「……ウララちゃん?」
闇に飲まれそうになった麗を、真琴が引き戻した。
目の前には、急に立ち止まった麗を心配そうに見つめる真琴。影におかしなところはない。
そうだ。ここは実家じゃない。あそこから遠く離れた場所だ。
そう思い出すと、幾分か気が楽になり、心配そうに見つめる真琴に、何でもないわと返せた。
それでも真琴が心配そうに麗の腕を掴んでいた。
――人は、こういう風に他人に
そんな麗をよそに、男たちはいたって呑気に買い食いに精を出し始めた。新幹線の中で駅弁は食べたが、それでは育ち盛りの男子高校生には物足りなかったのだろう。これが名物か、だとか、あっちのうまそう、などと彼らは目につくものを片っ端から食べていった。
「どれだけ食べるのよ……!」
そのうち、ここらの店全て食べつくしてしまうんじゃないかという勢いの彼らを見て、麗は呆れた声を出す。
だが、真琴は、彼らの食欲に慣れているのか、「よく食べるよねー」なんて呑気な声を出した。
長旅のせいか、夏の日差しのせいか、麗はなんだか少し疲れていた。皆のテンションの高さについていけなかったのもある。それで、食べるだけなら、車に戻って待ってようかしら、と麗が思った時、隣で真琴が声を上げた。
「あ!あのジェラートおいしそう!」
「結構並んでるな。有名なのか?」
「さぁ?でも、行ってみる?」
真琴の声に反応した勇吾は、ジェラートに乗り気なようだった。串に刺さった餅を食べている和也たちを呼ぶと、さっさと列に並んでしまった。
「ウララちゃんはどうする?」
見ると、列は結構人が多い上に、直射日光が当たる道沿いだった。
あそこに並ぶのか、とうんざりした麗は、少し休んでいようと、
「私はいらない。あそこの木陰で待ってるから」
そう言って、少し離れた街路樹を指差した。そこは、周りがブロックで囲まれ、人が座れるようになっていた。
「りょ〜かい」
真琴はそう言うと、男たちと合流して、列に並んだ。
そのただ純粋に旅行を楽しんでいる様子に、麗は胸を針で刺されたような気になった。
◇
真琴が男たちと合流して、列に並ぶと、優が声をかけて来た。
「ウララちゃんは?」
「あそこ。食べないって」
そう話す二人の視界の中で、麗はバッグからハンカチを取り出すと、それを敷いてから座った。
「ハンカチ出して座った……!」
「お嬢だ!」
その育ちの良さが現れた行動に、二人は衝撃を受けたが、周りは全く興味がなかったらしい。
「マコトは何にするんだ」
勇吾が配られているメニュー片手に訪ねてきた。それで、真琴の意識が強制的にジェラートへと移る。
「え!?あ、う〜ん。私、ミルクが好きなんだよね。だから、特濃ミルクにしようかな。あ〜、でも、桃も捨てがたい!」
「ダブルにしたらいいだろう」
「う〜ん、でも、お腹が……」
「食べきれないのか?」
「いや、太るから……」
「運動して消費したらいいだろう」
「ごもっともです」
そんなことを話しながら、麗から気が逸れたほんの少しのことだった。
気がつくと、麗はチャラそうな男たちに囲まれていた。
「――ウララちゃん!」
◇◇◇
麗は、真琴たちを木陰で待ちながら、気分の悪さと戦っていた。
朝、家を出た時は、あれだけ元気だったのに。
さっき、家のことを考えたのが悪かったのかもしれない。どこまでもついてくる闇のようなものを感じて、頭が重くなる。
あの家は、麗に絡みつく呪縛だ。振りほどこうとしても、そこここに闇が見える。
◇
自分のことに一杯で、気がついた時には麗は周りを知らない男たちに囲まれていた。
「ね、ね。一人?俺らと遊ばない?」
和也に負けず劣らずのチャラい男が三人。だが、顔面の方は、言うまでもなかった。
「――私、友達を待っているの。ナンパなら、
気分の悪さと相まって、かなりきつく、高圧的に言ったのだが、男たちには通じなかったようだ。
え〜友達?友達も一緒でいいからさ、遊ぼうよ。この辺案内してあげるよ、などと言いながら麗に手を伸ばして来る。
麗はその手から逃れようとしたが、囲まれていて逃げ場がなかった。
近づいて来る男たちの手に、恐怖が生まれる。雅比古の手がオーバーラップして、視界が極端に狭くなっていく。ざわっと肌が泡立つ。怖いのは、目の前の男か、雅比古か。
それでも、顔を上げて「触らないで」というくらいのプライドは残っていた。
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