1.ドッキング 4

 騒々しい音がして、真琴は一瞬、何の音かわからず戸惑った。しかし、すぐに電話がかかってきたことに気がつき、慌てて通話ボタンを押した。


「こんばんは。夜分遅くにごめんなさいね。今いいかしら」

「ウララちゃん!久しぶり〜。大丈夫だよ」

 電話機越しでもわかる、麗の涼やかな声に、真琴は嬉しくなった。


 しばらく、近況を報告しあったあと、麗が本題に入った。

「マコト、あなたアルバイトしているけど、そのアルバイト、休みは取れるのかしら」

「言えばもらえると思うけど?」

 親戚の店で働いているのだ。その辺の融通ゆうずうは利くはずだ。

 そう言うと、麗はあのね、と話し始めた。


 佐伯に別荘に誘われたこと、そこにできれば行きたくないこと、友達を連れてきていいと言われたこと……。


「でね、あなたのクラスにいるじゃない。あの、なんて言うか……人相の悪い?いえ、ごめんなさい。反社会的な?……これも悪口だわ。えぇと……」

「ふはっ。大丈夫。わかる。クロウニーの奴らでしょ?ガラが悪いのは事実だから、言葉を選ばなくてもいいよ」

「そう?……ね、あなた、彼らとは仲直りしたのよね?」

 麗には、一学期の終わりにあった勇吾との喧嘩の顛末てんまつつまんで説明してあった。それでも、もう一度律儀に確認して来る。


「その節は、ご心配をおかけしました。仲直りしたよ?」

「なら、よかったわ。あのね、その旅行に、その人達を何人か連れて来られないかしら」

「……それ、本気で言ってる?」

「ええ、もちろん、本気よ」

 思わず真剣な声で確かめると、麗も真剣に返してきた。

「やめといたほうがいいと思うけど。多分、面倒なことになるよ」

「やめておいたほうがいいから、するのよ!」


 麗は言った。

 男女同数でダブル・デートっぽくなるのは絶対に嫌だし、そもそも佐伯は優しか眼中にない。きっと、麗を誘っただけで務めは果たしたとばかりに、優といちゃつくことを考えているのだろう。

 そんなところに、おとなしく従順なだけの中学の級友を連れて行っても、佐伯の思惑通りにしかならない。

 それなら、いっそ、最初からムードを壊してやったほうが溜飲りゅういんが下がると言うもの。

 そんなことできるのは、クロウニーくらいしか知らない、と真剣に主張された。


「……それって、なんか、肉を切らせて骨を断つってゆーか、本末転倒っぽい気もするんだけど」

「いいのよ。単純に嫌がらせだから」

「……ウララちゃんが、それでいいって言うならいいけどね」

 麗の声に、やけくそっぽい響きを感じて、止めても無駄だろうと真琴は感じた。


「一応、聞いてみるけど、了承してくれるかどうかわからないよ?」

「ダメなら、その時は諦めるわ。手間をかけて悪いけど、お願いできるかしら」

「ま〜、ウララちゃんとの旅行のために、頑張りますよ」

「ありがとう」


 その後、二人は旅行に関する情報を共有して、電話を切った。


◇◇◇


 麗との通話が終わると、真琴はその手で和也に電話をかけた。時間をおいても、心理的抵抗感が増えるだけで、いいことはないと思ったからだ。


 和也は、コールするとすぐに出た。

 ……ら、つながったと思った途端、一気にまくし立てられた。


「ちーっす、マコトちゃん。なになに〜?どうしたの?俺に会いたくなった?俺も会いたいよ〜。デートする?俺、いつでも空いてるよ!あ、それとも今からマコトちゃん家、行こうか?どこ住み?どこ住みだったっけ。地図送ってよ地図」


「早い早い早い。息継ぎして、息継ぎ」

 マコトがそう突っ込むと、あはははっ、と楽しそうな笑いが弾けた。


 そして、幾分落ち着いた声で和也が問う。

「え〜、でも、マジでどうしたの?なんか困りごと?」

「困りごとっていうか、お願いっていうか……」

「!!」

 そこまで言って、真琴はこれってデートの誘いになるのか?いや、皆で行くんだし。でも、デートよりずっと進んでない?と思って、ちょっと言いよどんだ。

 彼女は、自分のその思いつきに意識を取られていたので、電話の向こうの和也が「お願い」の一言に緊張したのに気がつかなかった。


 和也の緊張に気付かぬまま、真琴は言いにくそうに話し始めた。

「あのさ〜、来週って、暇?」

「暇だけど?」

「え〜っとね、これはウララちゃんからのお願いで、私が希望したわけじゃないんだけど。あ、でも、ウララちゃんも、別に深い意味はなくてね。ただ、ちょっと困ってるらしいから、協力してもらえないかな〜って、思ってさぁ」

「え?何?どうしたの?」

 全く要領を得ない真琴の話に、和也が戸惑う。それで、踏ん切りのついた真琴は、思い切って用件を切り出した。


「……あのさぁ、来週、旅行行かない?の」

「……へ?」


 今度は、電話越しの真琴にもわかるくらいはっきり和也が驚いた。

 真琴は、まぁ、急に女子に旅行に誘われたら、びっくりするよな、と思って、急いで説明した。麗が旅行を台無しにしたがっていることは秘密にして。


「……あ、なーる。要はボディガードになってほしいわけね?」

 真琴の説明を聞いたら、そういう結論になるのだろう。話を聞き終えた和也が、幾分ホッとした様子でまとめた。

「俺はい〜よ。ユーゴもオッケーしたんでしょ?」

「や、ユーゴにはまだ聞いてない」


「なんで!?」


 旅行に誘われたことよりも、こっちのほうが衝撃が大きかったらしく、大きい声で責められた。

「……だって、私、ユーゴの番号知らないし」


「なんで知らないの!?」


 これで、電話番号を知らないことで責められるのは、二度目だ。

 一度目、優に電話番号を知らないことを責められた後、勇吾達と電話番号を交換しようと思っていたが、結局、タイミングを外し聞けなかった。そうこうするうちに、今更感が強くなって交換できず、今に至っているのだが。


「てゆーか、私、あのクラスで番号知ってるの、カズヤと藤崎君ぐらいだよ」

「藤崎って、誰よ!?」

同中おなちゅうの男子」

「はあぁ〜???」

 和也の語尾が盛大に上がる。まるで、全く支離滅裂な主張をきいたかのように。


「マジで?番号知らなくても、ラインとか色々あるじゃん!」

「私、誰とも『友達』なってないよ。クラスラインも男女で分かれてるでしょ?」

 きみちゃんたんにんが、無駄なトラブルを避けるため、クラスラインを工業科一年(男)と(女)で分けて作ったのだ。ちなみに、(女)のほうには、きみちゃんと真琴の二人しかメンバーがおらず、正直、グループを作る必要があったのかどうか疑問だった。

 そして、真琴が唯一和也の番号を知っているのは、図書館での勉強会の際、何か連絡するかもだから〜と、言葉巧みに交換させられたからだった。


「……マジか〜。ちょ、今からユーゴの番号とか送るから、登録しといてよ!」

「え、いいよ。そんな。本人に許可なく番号流すのはよくないよ」

 真琴は至極真っ当なことを述べたが、

「ユーゴは大丈夫!」

 と一蹴されてしまった。


 話しながら、スマホを操作したのだろう。間をおかずにラインが届いた。

 そこには、勇吾の番号、ラインIDだけでなく、ケータイのメールアドレス、誕生日、住所まで記載されていた。


「おいぃ、個人情報保護はどうした」

 思わぬ情報量に真琴の腰が引けた。だが、和也は構わず、話を続ける。

「ちゃんと全部登録して。で、俺から番号聞いたって言っていいから、さっきの話、ユーゴにして」

「えっ?カズヤが聞いてよ。もう一回話すの、めんどくさ……」

「ダメ。俺はユーゴから話が来ないと、一緒に行かないから」

 真琴に全てを言い切らせずに、和也がきっぱりと拒絶した。

 その言葉に、強い意志を感じる。


「……それは、何?組織的なあれなの?」

「クロウニーとは関係ない。ただの友情です」


 男の友情はわからん。

 が、これだけきっぱりしているなら、わかったというしかなさそうだった。


「う〜〜。……わかった。じゃ、ユーゴに聞いてみる」

「そうして。あ、登録、忘れないでよ。次会ったら、チェックするから」

「そこまでしなくても、ちゃんと登録するよ!」

「マジで〜?」


 最後の最後まで和也は疑っていたが、真琴だって知りたくなかったわけではないのだ。

 ただ、きっかけがなかっただけで。後、勇気もなかった。

 それなのに、こうやって、棚ぼた的に勇吾の番号その他を手に入れてしまっていいのだろうか。

 なんだか、非常に後ろめたかったが、今回は旅行に誘うという言い訳がある。


 和也に電話するのとはまた違ったドキドキに、頭がオーバーヒートしそうになる。

 なぜこんなに緊張しているのか、深く考えることなく、真琴は登録したばかりの番号を、えいやっとタッチしたのだった。

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