1.ドッキング 3

 長谷川が真琴のバイト先に来た翌日。

 その日も珍しい客が『梅小町』を訪れた。


「いらっしゃえぇええぇ!?カズヤ!何その頭!」


「あ、本当にいた〜。ちーっす、マコトちゃん」

 ぶらりと入って来たのは、和也だった。その後ろに、勇吾が見える。


 二人が来たことは、もちろん驚いた。だが、何よりも驚いたのは、和也の髪の毛の色だった。

 終業式の日は、明るかったとはいえ、まだ茶色だった。それが、ちょっとの間見ないうちに、真っ金金に脱色されていたのだった。

「ちゅーっす!……じゃないって。どうしたの、その頭」

「え〜?似合ってるでしょ?」

 真琴の非難するような響きは、和也には届かなかったようだ。能天気に髪をかき上げて、キラキラとした色を撒き散らした。


 和也の言う通り、彼に金髪は似合っていた。

 ……似合ってはいたのだが。

 夏の日差しにこんがり焼かれた小麦色の肌と、脱色された金髪では、チャラさが倍増だ。どこのパリピだ。


「こいつはバカだ」

 和也の隣で、勇吾が呆れたように言う。勇吾は焼けてはいたものの、それ以外の変化がなく、真琴は安心した。

「地毛が一番似合ってるのに」

「私も、そう思う。あの茶色、地毛だよね?綺麗な色してたのに」

 勇吾と真琴、両方に言われたが、和也は一向に気にする様子がなかった。


「まぁ、確かに?あの色もいいんですけど。やっぱ夏は金でしょ!太陽に負けてられないし〜」


 それを聞いて、勇吾はつける薬がない、と言うように、呆れた顔で首を振った。勇吾が言っても聞かないなら、誰が言っても無駄だろう。


 勇吾と和也パリピを奥のテーブルに案内する。

 おしぼりと水を準備していると、おいちゃんと秋兄ぃが興味津々の顔で真琴に訊ねた。


「おい、マコ。あれも友達か」

 ……正直、浮かれきった和也を「友達」と言うのに、抵抗があったのだが、まぁ、友達には違いない。そうだ、答えると、二人は好奇心丸出しの顔で、奥のテーブルに近づいて行った。

 そんな二人を唯一止められるおばちゃんは、あらあら、今日も賑やかね、なんて呑気に構えていた。


 気合い入ってんなぁ、とか、鍛えてんのか、と言った質問の合間に、マコに変なちょっかい出してないだろうな、なんて牽制を入れている。その子供扱いする様子に、真琴は頭が痛くなった。

「も〜!おいちゃんも秋兄ぃも、厨房戻って!」

 二人の背中をグイグイ押して追いやると、真琴はため息をついた。

「ごめんね。悪気はない……と思うんだけど」

「大丈夫、大丈夫」

 全く気にしていない様子で答える和也に安心する。


「ね〜、店員さん。店員さんのオススメは何?」

 和也がふざけて真琴を呼ぶ。真琴もそれにノッて、丁寧な口調で返した。

「え〜?オススメですか?……和也は辛いの好きだったよね。なら、ここの麻婆茄子、結構辛くてオススメですよ」

「お、マジで?じゃ、それにしよっと」

 勇吾が俺は?と言う目線で問いかけて来るので、

「ユーゴはハンバーグ好きでしょ。それにしなよ」

 と言うと、それでいいと返ってきたので、その二つを厨房に通した。

 伊達に、一学期、皆と一緒に昼飯を食べていたわけではない。真琴はなんとなくだが、皆の好みを把握していた。


 注文をしたところで落ち着いたのか、勇吾が羽織っていた半袖のシャツを脱いで、タンクトップ一枚になった。それを見て、目を剥く真琴。


「ユーゴ、何それぇ」

 思わず情けない声が漏れる。


 真琴の視線の先、勇吾の胸元から肩にかけて、大きくクロウニーのシンボルマークである羽を広げたカラスの刺青が入っていた。


「あ、気付いた?かっこいいでしょ。それ、オソロ」

 勇吾の向かいから、和也が楽しそうにシャツの首元を広げる。そのシャツの隙間から、確かに勇吾と同じカラスの刺青が見え隠れしていた。

 「オソロ」とか、そんな女子中学生みたいなことを言っても、その行動はちっともかわいくない。何やってんのよ、と真琴が情けない悲鳴を上げると、和也は慌てて言い訳をした。


「あ、これ、刺青じゃないよ。日焼けのヤツ」

「日焼けぇ?」

「そうそう。シールみたいになってんの。もうちょっと綺麗に焼けて、剥がしたら白抜きに残るの」

 せっかく連日プールに通って日焼けしてるんだし、これくらいしなきゃ、と和也は楽しそうに言う。


 刺青じゃないと聞いて、ほっとした真琴に、和也が軽口を叩く。

「マコトちゃんの名前も入れてあげようか?」

「え、いらない」

「え〜、なんで?」

 断られるとは思わなかった、と言う声色で返されて、真琴は頭を押さえた。

 和也は流れるプールに思考力も流してきたらしい。


「なんでも。……てかさ、そんなんしてて、絡まれない?」

 そう問われて、きょとんと顔を見合わせる勇吾と和也。


「う〜ん。アホは寄ってこなくなったよ」

「バカは寄ってくるが」


 息ぴったりの二人の返答に、真琴は呆れた。

 落ち着いているように見えた勇吾でさえ、このはしゃぎっぷり。どおりで昨日長谷川が疲れていたわけだ。彼の苦労が偲ばれた。


◇◇◇


 麗はパジャマ姿でベッドの上に正座をし、目の前に置かれたスマホを見つめてうんうん唸った。


 佐伯に誘われた旅行。絶対行きたくない。特に、発案というのが、非常に気にくわない。

 どうにかして断れないか、とさっきからずっと考えているのだ。


 一番楽なのは、友人が捕まらなかったことにして、キャンセルすることだ。

 だが、あの父のことだ。中学時代の程度なら、裏から手を回して都合をつけるに違いない。


 あぁ、嫌だ、と先ほどから同じことをぐるぐる考えてしまう。

 佐伯も佐伯だ。優におねだりされたからって、ほいほい家に来なければいいのに。


 ――佐伯本人は否定しているが、佐伯は優にぞっこんだった。本人曰く、顔がらしい。ただそれだけで、別に優とどうこうしたいとかはない、これは友情だ、と本人は強く主張しているが、あの顔におねだりされたら嫌とは言えない分際で、よく言えたものだ。

 当の優は、そんな佐伯の扱いを熟知して、こうやって便利に利用している。

 利用されているとわかっていて、幸せそうなのだから、佐伯につける薬はない。

 でも、そこに私を巻き込んで欲しくなかった、と麗はイライラした。


 そんなことをつらつら考えながら、中学時代の級友に電話する踏ん切りがつかずに、画面をスクロールしていると、ある名前が目に入った。


 ――そうよ。どうせ、断れないのなら、優の思惑全て、めちゃくちゃにしてやったら楽しいんじゃない?


 そうひらめくと、迷いのない手つきでその名前にコールしたのだった。

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