第二部 1年生夏休み
3つのプロローグ 1+2
プロローグ その1 【クロウニー】
夏だ。
夏である。
補習も何もない、完全なる夏休みが始まった。
「いや〜。あっついね!」
「ホント、ホント。あっついな!」
そう言う
夏の太陽を反射する水面。聞こえる歓声。そして、水着の女の子、である。
デレ〜っと鼻の下を伸ばした男たちが声を揃えて言う。
「「「いや〜、暑いって、いいな!」」」
学校でこれなら、確実に不平不満が爆発し、暴動を起こすだろう暑さは、今の彼らには祝福でしかなかった。
夏の暑さは、女子を確実に薄着にするからである。
運動部特有の健康的な小麦色に焼けた少女に、むちむちプリンとした肢体を惜しげも無く晒すギャル。かなり際どい形の水着のお姉様。
いろんなタイプの女子が、目の前で楽しそうに歓声を上げている。
見ているだけでも眼福なのだが、彼らはそれだけで満足できるような奴らではなかった。
女っ気のない学園生活である。できれば、この夏休みに女の子とお近づきになりたい。あわよくば、その先のステップに進みたいと思うのは、健康的な男子高校生の一般的な思考ではないだろうか。
その思考、そのまんまにクロウニーの有志は連れ立ってプールへと来ていた。
夏だ!
プールだ!
ナンパだ!
という見事な三段論法で、特に打ち合わせすることなく、皆の心を一つにしてここに来た……はずだった。
「いや〜。いいね!ユーゴ、どっから行く?」
和也もそんな男達の一人として、いや、むしろ率先して男達を引き連れてプールへとやって来た。
彼の目には、それぞれの魅力に
好みとしては胸のでかいちょっとおバカな子が好きなんだけど、手取り足取り一夏の体験をさせてくれそうなお姉様も捨てがたいっ!
なんてことを考えながら隣に立つ勇吾に声をかける。
「そうだな……、やっぱり、まずはあれかな」
そう言って勇吾が指差した先は、どの女の子の頭上よりもはるかに高く、その奥、このプール一番のウリの巨大スライダーが鎮座していた。
「……おい?ユーゴ?」
「やっぱり、ここに来たらあれに乗らないとな!」
そう言って、キラキラとした笑顔を和也に向ける。
その笑顔の眩しさに一瞬、ウッと怯んだ和也だったが、ここで負けたら、今後三年間も、これに付き合わされるだろう。それは
「ユーゴ、お前はこの目の前にいる女の子達が見えないのか!」
「?あぁ。今日は人が多いな」
「ち、が〜う!女の子だよ、女の子!色とりどり、
「男もいるぞ?」
「そうだけど、そうじゃねーんだよ!お前は女の子とお近づきになりたいとは思わねーのか!」
「お近づき……?」
「そう!プールで水掛け合って遊んで!連絡先交換して!開放的になってる女の子と一夏の思い出を作りたくねーのかよ!なんならお前の好きなスライダーを一緒に乗ってもらえるかもしれないんだぜ!?」
「カズヤ……。……いや、それはダメだ」
珍しく勇吾が熟考した結果を口に出す。その真剣さに、和也は思わず次の言葉を待ってしまった。
「――女だと、体重のバランスが悪い。スライダーのスピードが落ちるから、女はダメだ」
「そうじゃね〜〜〜〜!!!」
思わず地団駄を踏んで、勇吾の言葉にツッコむ和也。
「ユーゴ、マジか!お前、健全な男子高校生だろおぉぉ!?」
「おう!俺は健康だぞ!」
「そりゃ、知ってるよ!そうじゃなくてだな……!」
「……お二人さん。漫才してるとこ邪魔して悪いが、皆もう行ったぞ」
「あぁ?」
冷静な長谷川の声に我に返った和也が振り返ると、そこには誰も残っていなかった。
「あいつら……!」
「今から追いかけたら、追いつけるんじゃね?」
俺は別にナンパとかいいから。ユーゴとスライダー行ってもいいぜ?と長谷川が余裕の一言を和也に投げかける。
「っか〜〜!恋人がいるヤツは、ヨユーだよな!なんで来たんだよ!」
「喧嘩になったら、俺がいなきゃ始まらないだろ?」
「喧嘩になるわけ……!〜〜っ!〜〜っ!……あるよな」
ない、と言い切れなかった和也が、それまでの勢いを消して、ため息をついた。
俺もそう思う、と言う長谷川に、再度、どうする?と問われて、和也は後ろ髪を引かれつつも、勇吾とスライダー巡りをすることを選んだ。
喧嘩になるなら、勇吾の近くにいなきゃ始まらないのは和也も同じだからだ。
一人、テンション高くスライダーへ向かう勇吾の背中が、子供の時とダブる。あの時から、変わったようで変わっていない勇吾。それは和也にとって喜ばしいことだった。
――ナンパができないことを除いて。
ナンパができないことを除いて!!!
……あまりにも悔しかったので、二回言ってしまった。
和也の頭の中で、この夏の計画がガラガラと音を立てて崩れていく。
だが。
しばらくは、男ばっかでツルむのが続くのか、と思うと、うんざりする一方で、嬉しいような気分になるものだから困る。
複雑な表情をしていると、勇吾に、怖いのか?と問われた。
「んなわけねー。今日中に二周はするから、覚悟しとけよ」
「望むところだ」
「……お前ら、元気なのな」
そんなことを言いながら、スライダーへ向かう彼らの笑顔は、夏の太陽に負けないくらい輝いていた。
プロローグ その2 【笹原 真琴】
「マコ、サバ味噌!」
「は〜い!」
「お姉さん、お会計」
「は〜い。ただ今!」
昼飯時の定食屋「梅小町」は近所の大学の大学生や、サラリーマンで賑わっていた。
その店内を、エプロンをつけた真琴が、クルクルと動く。その姿は、さながら小動物のようだった。
この『梅小町』は、真琴の親戚の店だ。店主夫婦――おいちゃんとおばちゃんと、その息子である秋兄ぃ夫婦が切り盛りする、安くてうまいと評判の定食屋である。
普通だったら、おいちゃん一家で手は足りているのだが、秋兄ぃのお嫁さんのおめでたが判明し、店に立てなくなったので、真琴は夏休み限定で手伝いに来ているのだった。
「秋兄ぃ、青椒肉絲とフライ一つずつ、注文入りましたぁ!」
「おう、こっち上がった。持ってけ」
初めてのアルバイトということで、初日こそガチガチに緊張していたが、おいちゃん夫婦と秋兄ぃが何くれとなくフォローしてくれ、なんとか人並みに働けるようになってきた。最近ようやく、バイトが楽しいと思えるようになってきたところだった。
しかし。
「いらっしゃいませ〜」
扉が開く音がして、新しい客が入ってきた。それに反射的に挨拶した真琴の笑顔が凍りついた。
入ってきたのは「伊藤」。
中肉中背のどこにでもいる30代のサラリーマンだった。この近くの会社で営業をしていて、成績はトップ。課長も一目置く存在らしい。
なぜ、こんなことを知っているかというと、聞いてもいないのに、ベラベラ教えてくれたからである。
男は入ってくるなり、「マコ〜、水〜」と言いながら、勝手にカウンターへと向かった。
「いらっしゃいませ」
真琴がお冷やとおしぼりをカウンターの上に出す。そのおしぼりを置いた手に、男の手が重ねられた。真琴は、反射的に手を引っ込めるが、伊藤は、その反応を「照れ」によるものだと捉えたらしい。
「あ、ごめんごめん。白くて綺麗な手だからさぁ。おしぼりと間違えちゃった」
そう言ってヘラヘラ笑う男に、間違えるわけないだろと、心の中でツッコミを入れる。
重ねられた男の手は、汗をかいて生暖かく湿っていた。そのヌルさにゾッとした真琴は、男に見えないところで、何度も手を拭った。
嫌悪感が顔に出ないように、真琴は努めて事務的に注文をとった。
「今日の日替わりは?」
「サバの味噌煮です」
「魚か。ないなー。やっぱり肉じゃねぇと、精力つかねぇしな」
知らないよ、と心の中で切り捨てる。
セクハラ混じりの注文をなんとか取ると、厨房にいるおいちゃんに声をかけた。
「焼肉定食、入りました〜」
「はいよ。これ、もってけ」
「は〜い」
返された指示に、忙しそうなそぶりで、真琴は店内を動き回るのだった。
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