4.アタック 7
――沈黙は、時として雄弁である。
勇吾が真琴の問いに即答できなかった時点で、それが答えだった。
「……そっか。わかった」
何がわかったのだ。
「私は、ユーゴのこと、友達だと思ってたんだけど、違うんだな」
そう言った真琴の声は、かすかに揺れていた。
「マコトちゃん、それはっ――」
「べ、つにさぁ」
和也が何か言おうとしたのを、真琴が大声で遮った。
「喧嘩が嫌だとか、怪我するのが怖いとか、そんなのは……、全くないって言ったら嘘になるけど、でも、別に構わないんだ」
何かに耐えるように、真琴が早口になる。
「私は、あんたらのチームのメンバーじゃないけど。ただのクラスメイトだけど。喧嘩する奴にそんな理屈通じないからさ。あんたらとツルんで遊ぶってなったら、
そこまで一息で言って、真琴は勇吾をまっすぐ見つめた。
「勇吾は、そうじゃなかったんだな」
真琴の、眼鏡の奥の瞳には、冷えた怒りがあった。そして、その奥で凍えていたもの、それは失望だった。
「マコト、それは違う」
勇吾が、苦し紛れに言った。勇吾は、真琴自身に自分といた喜びを否定させてしまったことが不甲斐なかった。そして、それを否定しなくていいと、必死に言葉を
「――お前は、女で……」
「女ですけど、それが何!?ヨワヨワのへっぽこですけど、それが何!?弱くっても、人一人くらい、
「そのせいで、こんな怪我をしたんだろうが!」
勇吾の怒鳴り声で、ビリビリと空気が震える。だが、真琴も負けていなかった。ギッと勇吾を睨みつけると、怒鳴り返した。
「こんな怪我くらい、どうってことないって言ってるでしょ!」
「どうってことないわけあるか!」
勇吾は叫んで、真琴の腰を掴んだ。勇吾としては、ほとんど力を入れていないのに、それだけで、真琴は体を硬直させて悲鳴を飲み込んだ。
勇吾は知っていた。人は簡単に壊れる。
中学の時は、和也が壊されかけた。壊されなかったのは、単に運が良かったからに他ならない。
ましてや、
勇吾が叫ぶ。お前を壊されたくないんだと。
「痛いんだろ!?お前がここまですることはなかったんだ。周りに、俺たちがいただろ?お前は女だから、昨日守られるべきはお前だったんだ」
「女だから、守られるべきだって?何で?私、頼んでないよね、そんなこと!」
真琴が、腰に伸ばされた手を払いのけながら叫んだ。対等に私を見てくれと。男だ女だで線引きしないでくれと。
「それって、私のこと、全然見てない。それ、私を思考して行動する人間としてじゃなくて、ただの記号にしてしまってるって、わかってる?」
「記号も何も、お前は女だろ!守られることの何が悪いんだ!」
「守って欲しくてユーゴと一緒にいるんじゃない!私を、
思わず怒鳴った勇吾に、怯むことなく真琴も怒鳴り返してきた。そして、睨み合う。
勇吾の人を射殺しそうな視線から、真琴は一瞬も目を
真琴が、自分に怯えないのは知っていた。
だが、ここまで強く出られるとは思っていなかった。
勇吾は、大切にしたいと言っているのに、真琴がなぜここまで
喧嘩もしたことがない者を守ろうとして、なぜ反発されるのだろう。今までは、助けてやると言ったら、喜ばれるばかりだったのに。
だから、勇吾は、真琴がただムキになっているだけだと判断した。怒鳴ったから、カチンときたのだろう、と。
それで、勇吾はややトーンを落として、説得するような声色で言った。
「……お前は、女なんだぞ。もっと体を大切にしろ。喧嘩だって、したことがないんだろ。だったら、俺たちの後ろにいろ。俺か、ダメならカズヤが守ってやる。昨日みたいなことには、もう二度とならない」
それは、誠心誠意、勇吾の真心から出た言葉だった。
『大切なものを、大切なように、大切にする』。
そうしなければ、誰かに壊される。そうしていても、すぐ手の中からすり抜けて行ってしまう。
和也の時の二の舞はごめんだった。同じ
その本気は真琴にも伝わった。勇吾は、本気で、心の底から、必ず私を守ると言っている。昨日のことを反省し、二度と真琴を危険な目に合わせないと。
……だからこそ、その言葉は、真琴が最も言われたくなかった言葉だった。
守られるだけの
勇吾の言葉に、真琴の体から、するっと力が抜けた。先ほどまであった激昂も、一瞬にしてかき消された。
「……何、それ」
と、独り言のようにつぶやく。その声色は、ひどく傷ついていた。
「……守ってやるって、何だよ……。後ろにいろって、どういうことだよ……。……本当に、
「マコト……?」
泣きそうな声で呟かれたが、それでも、真琴は涙一つ、
彼女は、しばし、目を閉じた。大きく息を吸い、それをゆっくりと吐き出す。
次に瞳が開かれた時、そこには何も残っていなかった。
「――わかった」
真琴は、お手上げ、というように両手を広げた。その芝居掛かった動きに、勇吾と和也は嫌な予感がした。腹を決めた女ほど、怖いものはないと知っている。
「勇吾の言い分はわかった。でも、私は、お荷物になる気は無い。守ってもらわなくてもいい。――今まで、手間かけさせて悪かったな」
その言葉に、きっぱりしたものが含まれているのを感じて、二人が声を上げた。
「マコト!」
「マコトちゃん!」
「――あんたら、もうすぐ昼休み終わるよ。早くご飯食べないと」
真琴の声に、迷いはなかった。
先ほどまであった激昂も、身を切るような切実さも、何もかも消えていた。
「まだ、話は終わっていない」
教室へ帰ろうとする真琴の腕を掴んで、勇吾が引き留めたが、
「私はもう話すことはない。――あとさ、お腹空いたんだ。ご飯、食べさせて?それとも、実習、腹ペコでするつもり?」
昼休みは、もう半分以上過ぎている。彼女が言う通り、早くご飯を食べなければ、午後の実習を空腹で過ごすことになる。それは、健康的な、育ち盛りの二人には耐えられないことだった。
するりと勇吾の腕から逃れて、真琴が出て行く。彼女の足取りはしっかりしていた。
躊躇することなく、二人を置いていく。残された二人はそれを見送るしかなかった。
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