4.アタック 6

 ここで、どう動くのが正解なのか。男たちが躊躇ちゅうちょした一瞬の隙をついて、真琴が殊更ことさら、明るい声を出した。


「もー、見せたからいいでしょ!おしまい、おしまい!」


 変な空気を吹き飛ばすかのように、あ〜、はっず!と言いながら、ツナギをそそくさと、だが、首元までがっちり着込む。

 それで、勇吾と和也の呪縛も解けた。


「はぁぁ〜〜」


 勇吾は、大きくため息をついた。さっき、一瞬頭をよぎった不埒ふらちなことも、昨日の自分の不甲斐ふがいなさも、全て吐き出すかのように。


 そして、立ち上がり、姿勢を正すと、「すまなかった」と一言、謝った。今の自分に言えることは、それしかない。


「え?や、ユーゴが謝ることないよ!」


 真琴は、勇吾の謝罪を聞いて、一瞬動きを止めた後、焦ったようにブンブンと手を振って、否定した。が、しばし思案して、


「……あ、でも、さっきひんこうとしたのは謝ってほしいかも」


 と訂正した。


「それも含めて悪かった。……痛いか?」


 再度問われた言葉は、今度は純粋に真琴の身を心配するものだった。


「痛いよ?」


 あれだけのアザを見られたから、今更取りつくろっても無駄だと思ったのだろう。真琴は、けろっとした顔で、正直に答えた。そこに、和也が心配そうに訊ねる。


「あのさ、もしかして、熱もあるんじゃない?顔、赤くね?」

「顔が赤いのは、どっかの誰かさんのせいなんスけど。……ま〜、熱も、ちょっとはある」

「やっぱり?」


「でも、私、平熱高いから、へーき」


「そういう問題じゃないだろう。どうして言わなかった」


 真琴が、あまり自分の体を大切にしていないような発言をするので、勇吾は思わず、責めるような口調で言ってしまった。だが、言われた彼女はきょとんとする。


「へ?なんでユーゴに言わなきゃなんないの?」


「なんでって……」


 自分のせいで、こんな怪我をしたのだ。それを知る義務はあるという勇吾に、


「カズヤもユーゴに報告した?」


 と問い返された。


「え?俺?……してねーけど……」


 昨日は、奇襲を受けての喧嘩だったので、真琴ほどではないにしろ、皆どこかに打撲や切り傷があった。もちろん、和也も真琴を助けようとかなり無茶な動きをしたので、そこここにアザやれているところがあった。

 しかし、それをわざわざ勇吾に報告する必要はないし、言おうと思ったことすらなかった。


「でしょ?カズヤだけじゃない。他の誰も、わざわざユーゴに言ってないじゃん。それとおんなじ」


 当然のことを説明するかのように、真琴が結論づけた。だが、そんな説明で、勇吾は納得できるわけがなかった。


 和也が怪我を言わないのは、今更なのでいいにしても、真琴が言わないのは

 それは、勇吾の中で自明の理だった。


 だから、深く考えずに、


「同じじゃないだろう」


 と言ってしまった。

 それが、どう受け取られるかなど考えもせずに。


 だが、それを聞いた真琴は、一瞬、傷ついたような表情になった。だがそれも一瞬で、すぐに


「同じだよ」


 と、むっとした声が返ってきた。


「昨日、怪我したのは、私もカズヤも同じでしょ。なんで私だけ、わざわざ報告しなきゃいけないの」


 そんなさかしそうなことを言うが、真琴と和也が同じではない。そもそも――、


「和也は男だろ」


 その勇吾の言葉に、真琴の眉がキリッと吊り上がる。


「そうだよ?和也は男で、勇吾の友達。私は女で、勇吾の友達。でしょ?それの、どっかに、違いがある?」


 そこに、差があるなんて認めない、とでも言うように、強い視線で見返してくる真琴。その強情なまでの意志の強い瞳に射すくめられて、勇吾は戸惑って和也と顔を見合わせた。


 真琴が言ったことは、最初から最後まで、間違いだ。

 まず、和也との関係は「友達」なんて生易なまやさしい言葉でくくれるものではない。

 「幼馴染」、「親友」、「相棒」、「片腕」等々……。

 和也との関係を表す言葉は無数にあったが、どれもしっくりくるものではない。自分たちでもうまく定義できていないを説明し始めると長くなる。


 結局、言葉を惜しんだ、勇吾の口から出たのは、「男と女は違うだろ」と言う一言だった。


「何?何が違うの?」


 真琴が、駄々をねるようなだが、どこか切実な響きを持った声で畳み掛ける。


 勇吾は、その声色に気が付きながらも、なぜ、真琴がこんなに苦しそうなのかわからなかった。だから、思った通りのことを口にした。


だ」


 そう。何もかも、和也と真琴は違う。

 体つき、考え方、仕草、振る舞い。喧嘩ができるかどうかからそのスタンスまで。逆に同じところを探す方が難しいくらいだ。


 それは自明のことなのに、勇吾の言葉を聞いた真琴の息が一瞬、詰まった。


「――何もかもって、何だよ。そんなこと言われたら、私、何も言えないじゃん」


 吐き出すように出された声には、いつもの元気がなかった。


 勇吾は、ようやく、自分の返答が何かまずいと言うことに気がついた。

 何かが、真琴をひどく傷つけている。


 だが、何が?


 ふっと、真琴の顔が下がり、その表情が見えなくなる。


 泣かせたか、と一瞬焦ったが、次に顔を上げた真琴の瞳はうるんではいたものの、泣いてはいなかった。


「ばっ……かみたいな、こと、聞くけどさぁ。……私って、ユーゴの何?」


 躊躇しながら、途切れ途切れに発せられた問いに、勇吾は考え込んでしまった。


 真琴が、自分の……何か。


 自分が、真琴に声をかけるのに、特に理由はなかった。勉強会をきっかけに仲良くなったツレの一人、くらいの意識だった。


 なら、「友達ダチ」か?

 いいや。そこまで遠慮なく接せる相手ではない。


 なら、「仲間」?

 それも、違う。真琴はクロウニーのメンバーではないし、入れようとも思わない。


 なら……何だ?


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