5.リスタート 1

 朝から、和也は気まずかった。

 勇吾は昨日から、ずっと落ち込んでいる。和也も、昨日のことが多かれ少なかれショックだった。


 ――だが。


 勇吾のことも、真琴のことも心配だと言うのに、昨夜、真琴の裸がまぶたの裏から離れなくて、結局、自己処理をしてしまった。

 その自分の健全さ(?)、お気楽さに、うんざりする。


 しかし、勇吾は和也のそんな気も知らず、ずっと考え込んでいた。昨日の自分の何が悪かったのかと。


 和也は、勇吾の言い分は正しいと思う一方、真琴の気持ちもわからなくない。

 どちらの気持ちも半端にわかるだけに、どう手を出していいのか決めあぐねていた。


 無言で不穏な空気を出している勇吾を引き連れ、いつも通り、登校する。

 教室で、早く来たメンバーとダベっていたら、真琴がいつも通り、後ろの扉から「はよー」と言いながら、教室に入って来た。


 勇吾の肩が揺れ、緊張がこちらまで伝わってくる。一方、和也は、昨夜のことが思い出され、真琴の顔を直視できなかった。


 真琴は、まっすぐ机に向かわずに、こちらの方へぽてぽてと歩いて来た。勇吾の緊張が増す。だが、勇吾へたどり着く前に、その歩みは止まってしまった。


「――築島くん。数学の教科書、貸して」

「あぁ?また忘れたんかよ」


 真琴は、長谷川や春樹と話していた築島に声をかけた。

「忘れた……、ってゆーか、ぶっちゃけ、失えたん」

「はぁ?お前、持って帰るから、そんなことになんだぞ」

 この場合、学生としてどちらが正しいことなのかわからなくなることを築島は堂々と主張した。


「持って帰らないと、宿題できないじゃん。――宿題した?」

「んなわけねー」

「やろうよ」

「お前の写すからいい。ほれ、早くやらないと、授業始まンぞ」

 そう言って、教科書は机に入ってるから勝手に取れ、と顎をしゃくった。築島本人は、全く動く気がなさそうだった。


「え〜。なんで見せなきゃなんないの」

 真琴がぶぅたれた口調で、不満を漏らす。

「お前、んなこと言ったら、教科書貸さねーぞ」

「いいよ。長谷川くんに借りるから」

「――貸してもいいけど、宿題写させてくれ」

「ブルータス、お前もか!」

 真琴が大げさになげいて、しぶしぶ自分の机に向かった。結局、築島の教科書で手を打つつもりらしい。


 それは、いつも通りの光景だった。真琴の視線が、一度も勇吾に止まらなかったことを除いて。


 うわぁ、と、和也は思う。

 他のメンバーは、誰も気がつかなかったようだが、自分は気がついてしまった。そして、勇吾も。


 勇吾の黒い気配がずもっと質量感を増す。


 和也は、そんな勇吾に何と声をかけていいのかわからず、ただ朝のHRが一刻も早く始まるのを待つばかりだった。

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