5.リスタート 8

 最奥に到着した勇吾は、皆の注目をたっぷり集めた後、おもむろに口を開いた。


「今日、集まってもらったのは他でもない。クロウニーの今後に関する、重要な話だ」


 その言葉に、何も聞かされていない男達はざわついた。期待と不安が入り混じった視線が勇吾に注がれる。


「だが、その前にはっきりしておかなければならないことがある。――この中に、裏切り者がいる」


 今度ははっきり、男達から驚愕の声が上がった。ざわざわと、近くの者と顔を見合わせ、誰が裏切り者か、探ろうとする。

 疑心暗鬼が最高潮に達したところで、勇吾が男達に訊ねた。


「お前達、今のクロウニーをどう思う」


 質問の意図がわからず、困惑する男達。

 どう思うも何も、ユーゴを慕って集まっているだけで、特に何をするわけでもない。たまにツルんで遊んだり、喧嘩したりするが、今日のような招集がかかることすら初めてだった。


「クロウニーは、今まで名前はあれど、活動らしい活動をしていなかっただろう。俺は、ダチの集まりだと思っているから、それでもいいと思っているが、それを不満に思っている奴がいることも知っている」


 クロウニーとは、「仲間」という意味である。ユーゴは序列を作るよりも、横の繋がりを大切にしたいと思っていた。しかし、この世界に生きる者たちは、序列があり、命令系統がはっきりしている方が動きわかりやすい。

 最初は、勇吾の元に集うだけで満足していたメンバーも、序列も命令系統もないこの「グループ」のあり方にだんだんと困惑と不安を抱き始めていた。不満、とまでは言わないが、とにかく落ち着かないのだ。

 今、ここにいる男達は、それまでバラバラのチームや学校に所属していた。そこで身に染み込まされたトップダウン方式は、彼らの性に合っていた。だから、クロウニーの「ゆるさ」に、慣れることができなかったのだ。


 ――だが。落ち着かないものの、今まで勇吾にその気がなさそうだったから、誰も何も言えなかったが。もしや。

 一同の目に、期待の光が灯る。


「……四月に、お前達は俺にリーダーになってくれと言っただろう。その気持ちに変わりはないか」


 即座に男達からおうっ!と声が上がる。その様子を見るに、彼らに否はなさそうだった。

 それを受けて、勇吾はしばし瞑目めいもくする。


 そして、目を開いたときに、もう迷いはなかった。


「ならば、クロウニーのリーダーとして、命ずる」


 凛とした声が店内に広がって行く。力強く、全てを包み込むような声だった。


「副リーダーはカズヤ。俺の右腕として、働いてもらう。汚いこともさせるが、覚悟はあるか」

「おうっ」

 和也は、勇吾からの命を受け、誇らしげに声を上げた。


「特攻隊長はハセ。俺の拳として、働いてもらう。喧嘩になったら、先陣を切れ。一番危険だが、覚悟はあるか」

「もちろんだ」

 喧嘩こそが俺の役目だ、と言わんばかりに肯首する長谷川。


「お前らの下につくメンバーは、カズヤ、ハセ、お前らが決めろ」

 そこで言葉を区切って、周囲を見回す。


「皆、異論はないか」

「あぁ!」


 先ほどより、大きな声が、店内を揺さぶる。男たちの目は、勇吾がその気になった、という事実に輝いていた。


 彼らは、勇吾がどうして「仲間」という枠組みにこだわるのか、どうして序列を嫌っていたのか知っていた。知っていたからこそ、勇吾なら、と期待をかけていた。

 その期待を知りながら、また、水面下で派閥争いのようなものが起きかけていたのを知りながら、今まで動かなかった勇吾が、一気に動いたのだ。何が勇吾を「その気」にさせたのかわからないが、この事実に高揚しないメンバーはいなかった。


 熱狂と興奮が寂れた喫茶店に充満する。皆、気勢を上げ、自分たちの「王」たる勇吾の姿に、熱狂していた。


 和也と長谷川が、勇吾を挟んでガッチリ握手する。その上に、勇吾が手を重ねる。

 それを見た男達は、このチームなら大丈夫だと、間違えないと思ったのだった。


◇◇◇


 興奮が幾分か落ち着くのを見計らって、勇吾が「それから」と口を開いた。その途端、男達は水を打ったように静まりかえった。


「――梅田。お前は除隊だ」


「はぁ!?なんでだよ!」

「俺が最初に言っただろう。この中に裏切り者がいる、と。それがお前だからだ」


 梅田を見つめる勇吾の瞳の中には、熾火おきびのような怒りがチラチラと見え隠れしていた。

 その迫力に怯んだメンバーは、自然、梅田から距離をとった。勇吾と梅田の間に、道が開く。


「このあいだの安土高の襲撃。そもそもおかしいと思わなかったか」


 この問いかけに、ピンと来た者はいないようだった。さらに勇吾からヒントが出される。


「あれはいつだった?」

 問われて、皆が思い出そうとする。

 ――あれは、カラオケに行こうとしてたところを襲撃されたんだよな。

 ――あぁ、そうそう。テスト最終日で……。


 そこまで考えさせた勇吾は、そこから先を引き継ぐ。

「――そう。テスト最終日だっただろう。それが何を意味するかわかるか」


 一様に考え込む梅田以外のメンバー達。彼らから、答えは出そうになかった。彼らは頭を動かすより、体を動かす方が得意なのだ。


「あの日はいつもと下校時間が違ったんだ。違ったのに、どうして待ち伏せができたと思う?」


 その意味が皆の頭に染み込むのを待つように、言葉を切る。


「……裏切り者がいたからだ」


 一気に店内がざわめく。裏切り者だって?そんな、まさか。でも……。


 勇吾の視線の先、梅田に不審の目が集まる。

「な、お、俺がその裏切り者だってゆーのかよ!」

 梅田は、焦りか怒りか、顔を真っ赤にしてわめいた。


「とぼけるつもりか」

「とぼけるも何も、俺じゃねーし!……そうだ!しょーこ!証拠はあんのかよ!」

 証拠は、と主張されても、もう周囲の目は完全に裏切り者を見るそれに変わってしまっている。ここには勇吾の言葉を疑うような者はいないのだ。


 勇吾は、証拠を詰め寄られても泰然たいぜんとしていた。

「……お前は、最近、安土高の中村と林とツルんでいるらしいな」

「――っ、知らねーよ、ンな奴!」

「知らない?本当か」

「あぁ、知らねーよ!」

 証拠はないと高を括っているのか、必死に勇吾の言葉を否定する。

 勇吾は、その勝ち誇ったような梅田の顔を見て、ため息をついた。そして、傍らに控えた和也を促した。


「先週の木曜日。国道沿いのファミレスで夕飯。それから、土曜日はツルんで遠出。行き先は……、まぁ、どうでもいいか。んで、最新は昨日。深夜のコンビニ前でタムロするっつー、お約束っちゃお約束の行動してただろ」


 つらつらと述べられた行動に、心当たりがあったのか、梅田の顔がどんどん青くなって行く。


「一応、証拠写真もあるけど。見るか?」

 そう言って、和也はスマホをチラつかせた。

 その中に、まるで全ての証拠は揃っているとでも言わんばかりに。


 梅田は、もう言い訳はできないと悟ったのか、いきなりきびすを返し、出口に突進した。


「クソッ!どけっ!」


 突然の事態に呆然としている男達をかき分けて、出口へと向かう。もう少し、あと一人、邪魔な奴を退かせば出口だ、というところで、横合いから出て来た足にひっかけられ、転んでしまった。


「ばーか。逃げられると思ってんのかよ」


 梅田が無理矢理こじ開けた道を、和也が悠々と歩いて近づいて行く。

 横合いから足を出した男が、転んだ梅田を拘束する。その手つきを見るに、事前に和也から指示されていたようだ。


「ウメちゃ〜ん。バレねーと思ってたなら、お前、ナメすぎ」


 和也が梅田を見下ろして、冷え冷えとした笑顔でわらった。

 その笑顔を見た者は、冷水を浴びせられたようにゾッとした。

 そんな和也に、勇吾から声がかけられる。


「カズヤ。梅田の処分はお前に任せる。お前は、だろう」


 何を、と言わなかったが、和也には伝わった。今も真琴の体に残るあのアザのことだ。和也もあの体を思い出したのか、神妙な顔で頷いた。

「なら、どれくらいが梅田にふさわしいか、わかるな」

「あぁ。きっちり落とし前つけてやるぜ」

 そう言うと、梅田を手近な男に引っ立てさせて、裏口へと消えて行った。


 それを見守った勇吾が、皆を振り返った。その目は、完全に支配者のそれだった。


「俺のチームに、不純物はいらない。もし、俺についてくることができないと感じるなら、今、この場でここを去れ。今なら不問にしてやる」


 ぐるりと店内を見渡すが、誰も逃げ出そうとしなかった。それどころか、期待と興奮を込めた目で勇吾を見返して来た。


「……お前達は、選んだ。ここに残ることを。それはつまり、俺についてくると言うことだ。その覚悟はあるか」

「おぉ!」


 一糸乱れぬ男達の声が、店内を震わせた。それに負けぬ声で勇吾が宣した。


「ここに、クロウニーの始動を宣言する!」

「おぉおぉぉ!」

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