5.リスタート 7

「――ここ、何?」

「何って、男女がゆっくりお話するところって言ったら、喫茶店でしょ?」


 真琴は、「どこ」ではなく、「何」と聞いたのだ。和也の言う通り、ここは喫茶店のだろう。だが、それも昔の話で、今は営業しているように見えなかった。


「ここはね、俺の知り合いが貸してくれてんの」


 そう言いながら、慣れた手つきで裏口の扉を開け、真琴を中へといざなう。


 ここまで来て、今更だが、付いて来て大丈夫だったのだろうか。そんな真琴の不安に気づいているのかいないのか、和也がいつもの笑顔を浮かべた。


「今は、ここ、俺らクロウニーの溜まり場ね。カンケーねー奴は立ち入り禁止にしてるから」

「え?じゃ、私……」

「……っそ。見つかったらヤバイから、見つからないように頑張って!」


 何で?何が?と言う真琴の疑問を一切置いてけぼりにして、和也がちゃっちゃとキッチンを通り抜け、ホールへと向かう。


 店内は、想像していた以上に綺麗だった。キッチンから向かって左手側に入口があり、手前にカウンターが伸びていた。そのカウンターの上には、サイフォン式のコーヒーメーカーがいくつか置いてあった。昔は、コーヒーが売りの喫茶店だったのかもしれない。

 ぷぅんと、コーヒーの残り香を感じた真琴がほうけていると、和也がカウンターの奥から手招きをした。


「マコトちゃん、ここ入れるよね?」


 そう言って指差したのは、カウンターテーブルの下の収納だった。

「入れると思うけど……」

 何でそんなところに入らなければいけないのだ、と躊躇ちゅうちょする真琴を強引に押し込めると、

「おー、ぴったり。……一応、黒い布で隠しておくか」

 そう言うと、全く何もわからない真琴を放って、キッチンとは別の扉に消えた。


 一人残された真琴は、ガランとした店内に居心地が悪くなる。今のうちに逃げたほうがいいのか、と迷っているうちに、和也が黒っぽい布を手にして戻って来た。

 不安そうにしている真琴を見て、楽しそうににや〜っと笑う。


「マコトちゃんって、危機感ないよね。今ようやく、不安になってきた?」


 そのからかうような調子に、真琴が反発する。

「別に、不安じゃ……」

「不安じゃねーの?じゃ、マジ、マコトちゃんの危機管理能力ポンコツだよ?」

「――っ」

「こんな、誰もいないところにほいほい連れてこられて。さっきも、クロウニーのメンバーだからって、簡単に付いて行ったんでしょ?」

「さっきは外だし……、カズヤは私に変なことしないでしょ?」


「外でも、いくらでもヤりようはあるよ。第一、俺がマコトちゃんに何もしないって、いつ言った?」


 そう言って、ずいっと真琴の方へと迫ってくる。その笑顔が、知らない男のようで、真琴はようやく自分が追い詰められていることを自覚した。カウンターの奥にいるせいで、右にも左にも逃げ場はない。唯一の退路は、和也に塞がれている。


 私、和也に何をした?


 心当たりのない真琴が、それでもこの場を切り抜けるべく頭をフル回転させていると、


「――っふ、……くっくっ」


 と、和也の噛み殺したような笑いが聞こえて来た。その笑いが、一気にはじける。

「あはは!マジ、マコトちゃん、焦ったでしょ?」

「――カズヤ!」

 一転して、大声で笑い転げる和也に、揶揄からかわれたとわかった真琴は、抗議の声を上げた。


 だが、和也は真琴を揶揄からかうためだけに迫ったわけではなかったようだ。

「今、ヤバイって思ったでしょ?もし、俺が本気だったら、どうやって逃げた?」

「……どうやってって……」

 その言葉の続きがないことが、真琴の返事だ。和也が本気だったら、真琴は逃げようがなかった。

「こうなった状態から、マコトちゃんが逃げる方法はないよ。それはわかるよね?」

「わかる、けど……」

「だから、こうならないように気をつけなきゃいけないのに、マコトちゃんの危機管理能力ったらポンコツだからさ〜。ほいほい付いて行くわ、すぐ首突っ込もうとするわ」

 今、実証されてしまった手前、真琴が反論できることはなかった。


「あのね、マコトちゃんのそれは、勇気とは言わない。無理・無茶・無謀ってゆーの」

「……私だって、そこまでバカじゃないよ。一応、何とかなると……」


「何とかなってないよね」


 和也が斬りつけるように真琴の言葉をさえぎった。それでようやく、怒られているのだと気がついた。

「さっきだって、俺が行かなかったら、どうするつもりだったの」

「一発殴られて……」


「何で、そうやって怪我する前提で動くの!」


 いつもニコニコしている和也が、いつになく真剣に怒っている様子に申し訳なくなって、真琴は消え入りそうな声で、ごめんなさいとこぼした。

「あのね、俺らの誰も、怪我する前提で喧嘩しねーから」

「……そうなの?」

 思わぬことを聞いた、と言いたげな真琴に、和也は頭が痛くなった。

「そうなの。誰も怪我なんかしたくねーし、ダチに怪我してほしくねーの。マコトちゃんだって、そうだろ」

「……そうです」

「ユーゴが怪我した時、マコトちゃんだって怒っただろ。心配で」

「……はい」

「なのに、マコトちゃんは自分を勘定に入れないで動く。それが、危なっかしくて、見てらんねーって」

「……ごめんなさい」

 思わぬガチ説教に、真琴はただ謝るしかなかった。なんせ、和也の言う通りだったからだ。


 しゅんと縮こまった真琴に、和也は言いたいだけ言うと、手に持っていた黒い布を巻きつけ、カウンターの奥に再度押し込めた。


 黒い布を巻かれた真琴は、カウンターの隅の暗がりということもあって、そこに人がいると言われなければわからなくなった。

「今から、招集かかったクロウニーのメンバーが全員集まるから。ユーゴはあそこ」

 と、和也は店の一番奥の席を指差す。

「こっから見えるだろ」

 和也に翻弄され続けていた真琴だが、「勇吾」の名前に反応して眉間にシワを寄せた。

 和也は勇吾とのいざこざを見ていたので、何もなかったふりをせずにすむから、話が早い。

「何でユーゴ?私、あいつともう話すことないから。てゆーか、何でこんなとこにいなきゃなんないの?話に来たんでしょ?」

 一気に声を硬くした真琴に、まぁまぁと全く取り合わず、和也は腰を上げた。


「俺もさっきまで、マコトちゃんの言うことも一理あるかなって思ってたんだけど、さっきの見たら、完全ユーゴの味方だわ。こんなことまですんの、馬鹿らしいくらいマコトちゃんがポンコツだと思うけど、ま、ユーゴの誠意だから、受け取ってやってよ」


 何でここに連れてこられたのか、どうしてクロウニーの集会に紛れ込まないといけないのか、疑問は色々あったが、和也は説明する気はなさそうだった。そして、和也はその辺にあるものを真琴の周りに積み上げて、カモフラージュを終えると、さっとその場を立ち去った。


「……今から表開けるから。メンバー入って来たら、話さない、動かない、気付かれない、オーケー?」


 カウンター越しに聞かれた真琴は、うんと言うしかなかった。


◇◇◇


 黒い布をかぶって、じっとしていると、幾分もしないうちにざわざわと人の声が聞こえて来た。その声に聞き覚えがあった。クラスメイトでもあり、クロウニーのメンバーでもある男達の声だ。長谷川や春樹の声も聞こえる。


 彼らは、何かを待つようにおしゃべりをしている。そうしているうちに、一人、また一人と人が集まって来る。

 集まって来た中に、何人も知らない顔があるのに気がついた。クロウニーは真琴が思っていた以上に大所帯のようだ。


 これから何が始まるのかと、ドキドキして待っていると、誰かが入って来た気配がして、その瞬間、ピタリとおしゃべりが止んだ。

「皆、集まったか」

 ドアを開けて入って来たのは勇吾だった。いつの間に出て行ったのか、和也がその後ろに控えている。

 勇吾は周りの注目に目もくれず、真っ直ぐに最奥のソファ席へと向かった。

 そして、最奥へ着くと、そこでぐるりと振り返り、店内を見渡した。皆、その勇吾の雰囲気に、思わず立ち上がっていた。

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