5.リスタート 6

 放課後の校舎裏。そこに異性から呼び出される。


 そんなベタなシチュエーションに、ベタとわかっていても憧れる乙女は多いだろう。なぜなら、今でも少女漫画で呼び出しからの告白王道パターンが繰り返されているからである。

 だが、そんなシチュエーションにちっとも心を動かされていなかったせいだろうか。真琴の場合は告白ではなく脅迫だった。


「どうなってんだ。説明しろ」

「――何が?」


 人気のない校舎裏。真琴は怖い顔をした男達に囲まれていた。

 囲む男達の顔は知っているが、真琴は彼らとほとんど話したことがない。ということは、真琴をこころよく思っていない一派だと言える。そいつらが、真琴を逃がさないとばかりにぐるりと取り囲んでいた。


 そんな状況でありながら、真琴は冷静だった。

 怖くないわけではない。こいつらが、自分に暴力を振らないだろうとも思っていない。ただ、怯えたところを見せれば主導権を奪われる。それにメリットはないと、精一杯の虚勢を張っていた。


「何が、じゃねーよ!ユーゴんコトだよ!お前、何か知ってんだろ!」


 真琴を囲む男達、その中で一番積極的に真琴に敵意を向ける男――梅田が吠えた。


「ユーゴのコトなら、ユーゴに聞けばいいじゃない」


 敵意をしらっとスルーして、真琴が答えた。


「聞けたら、お前を連れ出してねーよ!」


 梅田は怖くて聞けない、と言う情けないことを正々堂々と大声で言い切った。それに、ウンウンと頷いて同意を示す男達。そして、続けられた言葉に、あっけにとられる。


「ユーゴめちゃくちゃキレてんじゃねーか!」


 ……はぁ?ユーゴが、キレておこってる?何を馬鹿な。


「……別に、キレてるわけじゃないでしょ。聞いたら、教えてくれ……」


「お前、あのユーゴがキレてねーって、お前の目は節穴か!」

「ずっと黙ったままで、むちゃくちゃ怖ぇーじゃねーか!」

「今日の授業が、どれほど地獄だったか……!」


 真琴の答えに、男達から一斉に反論が返ってきた。今日の授業が『地獄』だった男――塚口は、その『地獄』とやらを思い出したのだろう。ブルブルと震えだした。


 節穴と罵られた真琴は、だが、お前らの方が節穴だよ!と言い返した。


 勇吾の怒りは、辺りを燃やし尽くす炎の如き怒りだ。一度火がついたが最後、周囲を焼け野原にてきをせんめつするまで収まらないだろう。

 それがどれ程の熱か、一度間近で見た真琴はその熱さを知っていた。


 だが、今の勇吾に、熱は一切感じられない。


 だから、勇吾は別のことに気を取られて黙っているだけで、怒っているわけではないと真琴は主張したが、男達には受け入れられなかった。


「――ごちゃごちゃ言ってんじゃねー。ユーゴの異変これにお前が関わってんだろ」

「なんっ……」


 ――だんっ!


「関わってねーとは言わせねーよ。お前、最近ユーゴとツルむのやめたじゃねーか」


 人生初の壁ドンが梅田こいつか……、と、真琴はどうでもいいことを思った。イケメンと贅沢は言わないまでも、せめて口が臭くない奴がよかった。


「口、臭いんだけど。今日の昼、カレー?」

「――っ!」


 図星だったのか、顔を赤らめて梅田が距離を取る。

 口が臭いと言われたことを誤魔化すように、梅田は質問を重ねた。

「……何で、最近避け始めたんだよ」


 至近距離で睨まれるが、真琴も怯まず睨み返した。


 勇吾を避けていることがバレるのは、想定の範囲内だ。と言うか、隠すつもりはなかった。だから、いつかこうやって詰問されるだろうとは思っていた。

 想定外だったのは、詰問される相手だ。きっと、長谷川くんや有沢くんまことにこういてきなものたちが聞きに来るだろうと思っていたら、梅田くん達そのぎゃくとは。


 その時のために用意していた詭弁うそはっぴゃくは使えない。真琴は頭をフル回転させながら、とにかく時間を稼ぐために、口を動かした。


「あれ?あんた達にとって、私はユーゴと一緒にいない方がいいんじゃないの?」


 暗に、お前らが私を鬱陶しがっていることは知っていると言うと、周りの男達は一瞬怯んだ。だが、梅田だけは怯まずに、


「そうだよ。俺はお前のことが気に入らねー」


 と、真正面から真琴の言葉を認めた。


「お前が、俺らクロウニーに関わんなと思ってたけど、こんだけ引っ掻き回して、はいさよならできると思ってんのか?」


 そう言って、勇吾との間に何があったのか、吐かせようとする。

 誤魔化されなかったか、と真琴は胸の中で悪態をついた。


「できると思ってるけど?だって、これはあんたらクロウニーの問題じゃなく、私の問題だから」


「んな言い訳が通じるかよ!」


 だんっ、と怒りに任せて壁を殴る梅田。まだ、女を殴らない程度の理性は残っているらしいと判断した真琴は、負けじと言い返した。


「通じると思ってる。てゆーか、あんた達に話したところで、解決できるの?できないでしょ?だったら、野次馬根性出して女に凄んでないで、せいぜい尻尾振ってユーゴの機嫌でも取ってくれば!?」

「こ、のアマぁ……!」


 ちょっと煽りすぎたらしい。梅田の顔が一瞬でどす黒く染まる。

 一発殴られて、派手に倒れてそのままうやむやにしようと思っていた真琴は、思った以上の強さの衝撃が来るだろうことを身構えて、目をつぶった。

 しかし、振ってきたのは拳ではなく、和也の場違いなほどの明るい声だった。


「じゃー、俺は解決できるから、俺には話してくれるよね?」


「げっ、カズヤ!」

「何で、ここが……」


 男達の輪の外から、絶妙なタイミングで声をかけた和也は、ざわめく男達をかき分けて、悠々と真琴の横まで歩いてきた。


「ウメ、何、女の子相手に凄んでんの?俺ら、そんなダセーことしない約束ルールだっただろ」


 と、真琴の胸ぐらを掴む梅田の腕を、無理やり引き剥がした。その口調は軽かったが、瞳は全く笑っていなかった。仲間であるはずの梅田達から守るように、真琴の肩を抱き寄せる。


「んだぁ?邪魔すんじゃねーよ」

「俺が邪魔してるんじゃなくて、お前らがしゃしゃってんの。おわかり?」


 ぴりりっと肌を刺すような一触即発の空気が二人の間に流れる。

 坊主ユーゴ憎けりゃ袈裟クロウニーまで憎いわけではない。真琴は、仲間割れの展開に慌てた。だが、それは真琴だけではなかった。真琴を取り囲んでいた男達も、そこまで事を荒立てるつもりはなかったのだろう。

 慌てて、和也、梅田の双方を止めに入った。


「――そうだよな。和也が話聞いてくれるなら、安心だ!」

「ウメ、ここは引こう!」


 ブレイク、ブレイクとばかりに二人を引き離す。

 和也は、真琴さえ手に入れられればよかったのか、男達に特に抵抗を見せなかったが、梅田はそうはいかなかった。


「てめー、ユーゴとの付き合いが長いだけで、でかい顔してんじゃねーよ!弱ぇーくせによ!」

「……俺が本当に弱いか、試してみるか?」


 ぎりっと、真琴の肩を持つ手に力が入り、真琴は思わず痛っと呟いた。それにすら気付かず、梅田を睨みつける和也。


「馬鹿、ウメ!よけーなこと言うんじゃねぇ!」

「俺らは、お前を弱いと思ってねーよ?」

「こいつ、心配してるだけだから!」

「気にしないでくれよ!」

「おまえら、触んな!」


 結局、梅田は、事なかれな男達に無理矢理、引きられて行った。


 その姿が見えなくなると同時に、和也ははあぁ〜〜っと大きなため息を吐く。

「マコトちゃん、もう少し危機感持ってよ〜」

 心配半分、呆れ半分で、脱力したのか、真琴の肩に頭を預けてきた。

「いや……、ごめん?でも、クロウニーのメンバーだったし」

「……マコトちゃんが俺らを信頼してくれるのは嬉しいんだけどね?俺らだって一枚岩とはいかないのよ。ユーゴの理想が理解できない奴ばかもいるし、女でも容赦なく殴る奴くずもいるんだぜ?」

 思った以上に、心配をかけてしまったらしい。いつになく真剣な声色で返ってきた言葉に、真琴は今度こそ素直にごめんと謝った。


 和也は、感極まったのか、あーもーと意味のない声を上げて、真琴に抱きついてきた。

「あのまま殴られたら、どうする気だったの」

「ちょ、カズヤ、苦しっ。離せ……っ!」

「離さな〜い。……どうする気だったの?」

 ジタバタしても、腕の力が一向に緩まないのを感じて、真琴は諦めてばつが悪そうに言った。


「……一発くらい殴られてもいいかなと思ってたんだよ」


 あー、絶対怒るよな〜と、和也の怒涛の叱責に身構えたが、意に反して帰ってきたのは沈黙だった。


「…………」


「……え〜、カズヤさん?」

「……あー、これかぁ。……俺、ユーゴが怒る気持ちもわかったわ」

「何が、何、んっ、ちょっと!くすぐったい!」

 和也が真琴を抱きしめたまま、マーキングするように首元にグリグリと頭をこすりつけてきた。首筋にふわふわとした髪が当たり、真琴は思わず声を上げた。


 だが、和也は真琴の抗議の声に、全く興味を示さなかった。そしてそのまま、自分が満足するまで、マーキングを続ける。真琴は、それだけ心配をかけたのか、と、和也の気がすむまですりすり、ふわふわに耐えた。

「……は〜、こう言うとこだよな〜」

「何が?」

「うんにゃ。こっちの話」


 すりすり、ふわふわ。


 ――いい加減、されるがままに恥ずかしくなってきたところで、カズヤ?と声をかけると、


「こんなことしてる場合じゃなかった!」


 と急に叫んで、和也が真琴を解放した。

「ねー、マコトちゃん。俺とは話すって、さっき言ったよね?」

 にこ〜っと、擬音が聞こえてきそうな笑いを和也は浮かべる。その笑顔の裏に、空恐ろしいものを感じながら、真琴は肯首した。


「じゃ、男女がゆ〜っくりお話しできるところ、行こっか❤︎」

 にっこり笑った和也の言葉には、逃がさねーよ、と副音声が付いていた。

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