3.コンタクト 4

 真琴は、下駄箱の扉を開けたまま、しばしフリーズしてしまった。そして、はぁぁと、深いため息を一つ吐くと、感情に任せて下駄箱の扉を閉めた。


 ばんっと大きな音がし、その衝撃で真琴の靴箱の中から泥がこぼれ落ちた。その瞬間、きゃーという歓声と、複数の女子の立てる笑い声が聞こえてきた。


 ばっ、と声のした方を見るが、下駄箱の陰に隠れて姿は確認できなかった。そして、パタパタと軽い音を立てて、足音が遠ざかっていく。

 偶然、ふざけあっている女子の集団が通ったと思えなくもないが、下駄箱の惨状がある以上こんなことをされては、そう思えなかった。


 教科書、ツナギときて、今日はスニーカーだ。どこで調達したのかわからないが、ご丁寧に泥まみれにされていた。


 心当たりは、ある。犯人の目星も、ついている。だが、証拠がなかった。


 真琴は、泥だらけのスニーカーの写真を一枚撮り、一番近い水道へ向かうと、蛇口をひねって勢いよく水を出した。そして、そこでザブザブとスニーカーを洗う。


 怒りで身体中熱かったが、頭は冷静だった。

 物事は、分けて考えなければならない、と言い聞かせる。

 複雑でなかなか解けない問題も、細分化し、一つ一つ解いていけば、解決できるはずだ。

 そして、汚れたスニーカーこれは、私の問題だ。他科の女子が、私に対して嫉妬しているのだ。

 そこに、私と彼女たち以外、誰も介入し得ない。

 私の問題なら、私が戦わなければならない。怒りを向ける対象、敬遠すべき対象を間違えるな、と心に刻む。をしないように。


 スニーカーの泥は、水の勢いに流され、みるみる落ちていく。

 それとともに、闘争心が湧いてくる。


 そう、もともと受け身の人間ではないのだ。逆境になれば燃える。そういう、厄介な人間だったはずだ。


 泥は落ちたが、スニーカーはずぶ濡れだった。だが、これでいい。

 不格好でも、これが私だ。

 私の戦い方は、彼らとは違う。同じように戦えないが、私には私のやり方がある。


 靴下を脱いで、ずぶ濡れのスニーカーに足を突っ込むと、水の冷たさが意外と気持ちが良かった。

 歩くたびに、水の音がしたが、彼女は気にしなかった。

 真琴は、、その日もスニーカーを履いて下校したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る