3.コンタクト 3

「……こういうことって、よくあるの?」

「う〜ん、たまに、かなぁ」


 勇吾達が三年と消えたあと、ずっと考え込んでいた真琴が春樹にポツリと訊ねた。


「四月だっけ?みんなが結構、怪我して学校に来たの」

「え〜?あー、連休明けじゃないかな。おっきい喧嘩って、安土高とやったときくらいだし。あとはちょこちょこ……、小競こぜり合い?」

「そっか」


 それきり、無言でてくてく歩く。先生に頼まれた資料や宿題を社会科準備室に届け、食堂の入り口に着いたところで、真琴がピタリと止まった。


「ん?どうしたの?笹原さん」

「……ユーゴ達、待っとこうと思って」

「え〜?そんなに心配しなくても、大丈夫だよ」

「う〜ん。そうなんだろうけど、さぁ」


 そう言って、真琴はうんうん唸りながら考え込んだ。胸の中がものすごくもやもやしているのに、それがうまく言語化できなくてもどかしかった。


 勉強会の時の、ちょんまげ姿のお間抜けな勇吾と、さっき三年について行った時の勇吾の姿がどうしても一致しなかった。和也もおちゃらけていたが、目は笑っていなかった。長谷川に至っては、楽しそうですらあった。


 クロウニーが、いわゆる「不良集団ヤンキー」で、喧嘩など日常茶飯事である、ということを、真琴は聞いていた。それで、わかっていたつもりになっていたが、実感はしていなかったということか。

 教室の中では見せたことがない、勇吾の鋭い気配に、正直ビビった。そして、ビビった自分が情けなかった。


 それに気付いて思い起こしてみれば、少女を助けた時、真琴は彼らが路地に入る前の気楽な笑顔しか見ていなかった。あの路地の中で彼らは、あんな顔をしていたのだろうか。私の行動は、彼らにあんな表情を強いたのだろうか。そう思うと、胸が苦しくなってくる。


 しょんぼりした真琴を見て、春樹がしょうがないなぁ、というように笑う。


「笹原さん、そこ、邪魔になるから、こっちで待ってよ?」


 そう言って、入り口が見える人通りの邪魔にならないところに誘導する。真琴はそれに素直に付いて行って、三人を待った。


「……有沢くん、先入ってて、いーよ」

「いーよ。僕も待つ」


 ニコニコ笑って隣に並んだ春樹に、真琴は申し訳ない気持ちになった。


「なんか、気を使わせてるね」

「え〜、そう?僕がいたいから、一緒にいるだけだよ?」

「でも、さっき長谷川くんにも頼まれたでしょ。私のこと」

「ありゃ?バレてた?」

「わかるよ」


 見くびらないで、と、真琴が春樹を軽くにらむ。


「――三年に声かけられた瞬間、あのでかい三人が壁になるしさ」


 真琴が言う通り、それまで廊下に広がって、だらだら歩いていた勇吾たちが、三年に声をかけられた瞬間、さりげなく真琴と春樹の前に立ち、三年の視界から二人を消したのだった。


「私、完全にお荷物だったな〜と思って。だからって、喧嘩できるかって言われたら、できないんだけど、さぁ」


 と、自己嫌悪と自己矛盾に苦しむ真琴。


「え〜、そんなこと、気にしなくていいと思うよ。僕だって、喧嘩になったら何もできないし」


 と、真琴を慰めるための方便かと思いきや、


「喧嘩なんて、やりたい奴にやらせとけばいいんだよ。僕、喧嘩になったら、隅っこで邪魔にならないように見てるだけだよ?殴るのも、殴られるのも痛いしさぁ」


 春樹はけろっとサボっていることを暴露した。


「――そうなの?」

「そうそう。逃げるが勝ち!だよ。あとはハセ達がなんとかしてくれるって」

「あはは。じゃ、私も今度からさっさと逃げるわ」


 本当にただ逃げ回るだけの人間だったら、長谷川に頼まれていないだろうことから考えて、こんなことを言いながら春樹も強いんだろうなぁ、と思ったが、その優しさに感謝し、突っ込まないでおいた。



 そんな話をしているうちに、勇吾達が悠々ゆうゆうと歩いてくるのが見えた。


「ユーゴ!」

「……どうした。まだ食べていないのか」


 遠目ではわからなかったが、近くへ来ると殴られた跡が見えた。それで、本当に喧嘩して来たんだと、当然のことを真琴は再認識した。


「大丈夫?」


 あぁ、と最低限の返事しかしなかった勇吾の後ろから和也が顔を出し、全然よゆー!とピースサインを送って来た。だが、そう笑う和也の唇も切れて血がにじんでいた。

 春樹は、長谷川の後ろに回って、背中蹴られたでしょ、足跡ついてる、と言いながら、服をはたいてやっていた。


 なぜか気まずそうに目を合わせない勇吾の顔をじっと見ていると、観念したのか、ぼそっと「怖がらせたな」と言われた。


 その言葉に、真琴は傷ついた。そして、傷ついた自分の自惚うぬぼれに恥ずかしくなる。


 あの時、私は確かに勇吾に怯えた。それは、動かしがたい事実だった。

 でも、あの時あったのは、それだけじゃなかった。

 勇吾を怖いと思う以上に、真琴の中にあった気持ち。それは――、


「心配、したんだよ!」


「……負けると思ったのか」


 あんな奴らに?と、気分を害した勇吾に、


「ち・が・う!勝つとか、負けるとかじゃなくて、友達が怪我するかもしれなかったら、心配するでしょ!」

 言葉にすると、それは非常にしっくり来た。


 いくら、自分とルールが違う世界に生きていたって、殴られれば痛い。怪我もする。それくらいはどこの世界でも同じだし、友達が傷つくかもしれなければ、心配するのもどこの世界でも同じはずだ。


 だが、勇吾は今までそういう心配のされ方をしたことがなかったのだろう。真琴の言葉に戸惑ったような表情を見せた。


 真琴は、勇吾の殴られて赤くなっている頬にそっと触れた。


「ここ、赤くなってんじゃん。痛くないの?」

「……痛い」

「でしょうね!……保健室、行く?湿布もらう?」

「いや、そんな大げさにしなくていい」


 その勇吾の言葉を尊重して、真琴は追及の手を緩めた。


 勇吾達の顔を見た途端、安心して、つい乱暴な言い方になってしまったので、彼らの気分を害したかもしれないと心配になったが、表情を見る限り、そうでもないようだ。


「マコトちゃん、俺も殴られちゃった〜」


 心配して?心配して?というオーラ全開で、和也が甘えてきたので、


「何?頭殴られたん?致命傷じゃね?」


 と言うと、目に見えてしょんぼりした。そのころころ変わる表情がおかしくて、しょうがないなぁ、と言いながら、頭を撫でて、痛いの痛いの飛んでいけ〜と唱えてやった。すると、和也はそれで満足したようだ。ニコニコと満面の笑みを浮かべた。

 もう、彼らに、さっき三年に連れて行かれた時の、触れれば切れるような気配はどこにもなかった。真琴がよく知る、「いつも」通りの彼らの姿にホッとする。



 だが、「いつも」とは、どちらのことを指すのだろうか。

 真琴はそこまで考えが至らずに、能天気に彼らとともに食堂へ入って行ったのだった。

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